出典:「少年革命家ゆたぼんチャンネル」より

 

ここ数日、小学生の「不登校ユーチューバー」がメディア上で話題になっている。その少年のことをネット版の琉球新報は、以下のように紹介する

 

「俺が自由な世界をつくる」。自由を求めて学校に通わない選択をした10歳の男児(※記事中では実名を公開)が「少年革命家 ゆたぼん」と名乗り、ユーチューバーとして活動している。大阪生まれ、沖縄在住のゆたぼんは「ハイサイまいど!」で始まる楽しい動画を提供しつつ、いじめや不登校に悩む動画を提供しつつ、いじめや不登校に悩む子や親に「不登校は不幸じゃない」と強いメッセージを発信している。

 

ゆたぼんが学校に通わなくなったのは小学校3年生の時。宿題を拒否したところ、放課後や休み時間にさせられ不満を抱いた。担任の言うことを聞く同級生もロボットに見え「俺までロボットになってしまう」と、学校に通わないことを決意した。現在も「学校は行きたい時に行く」というスタイルを貫いている。

 

(中略)人気作家や編集者、お笑い芸人などと共演を重ね「ノートに書くだけが勉強じゃない。いろんな人に会うことも勉強だ」と、学校ではできない学びに自信を深めている。

 

活動していると「死にたい」という子どもから相談が寄せられることもある。そういう時は友達になり「死ぬな。苦しむな。学校なんて行かなくてもいい」と言い続けている。

 

(中略)5月4日にインターネットラジオ「ゆめのたね放送局」の最年少パーソナリティーに就任。(中略)ラジオでは苦しんでいる子に向けて勇気を与えるメッセージを発信するつもりだ。

 

じつは、citrusの編集長殿から、

 

私は、(彼に対して)好意的な意見が大多数を占めるだろうと思っていたのですが、意外や意外、「義務教育をなんだと思ってる」「自由をはき違えている」「やることはやるべき」といった“正論”が目立ちます。ゴメスさんはどう思いますか?

 

……と、ふられてしまったので、“やむをえず”こうパソコンをカタカタ叩いている。正直、あまり触れたくはない、できればスルーしたい案件だった。もはや、この不登校小学生ユーチューバーを批判する人と称賛する人、どっちが正しいのか私にはよくわからないからである。

 

5月12日に放送された『サンデー・ジャポン』(TBS系)に出演した編集者の箕輪厚介氏は、番組中で

 

「時代がAIやロボットの影響で学校教育の教える画一的な社会性より個性を重視する世の中になっている。そのうえで(教育が)多様であるべきで、学校に通わないって選択肢もありだと思うし、1個の選択肢になればいいんじゃないかなと思う」

 

……と指摘する。たしかにそのとおりだと、箕輪氏の持論には私もほぼ同意する。が、いっぽうで「宿題くらいで不登校?」「ちゃんとやっている子たちをロボット扱いするのってどうなのよ?」……なんて定番的な小言をつい吐きたくなる自分もいる。いずれにせよ、集団教育にインターネットを駆使して異論を唱える、この手の早熟な在宅型チャイルドモンスターって人材は、今後どんどんと世に出てくるんだろう。そんな彼ら彼女らがどこまでその姿勢を持続できて、どんな風に成人していくのか……それを見届けるまでは迂闊な発言もできない。だから「私にはよくわからない」のだ。

 

ただ一つだけ。現時点での「正論で批判する大人たち」のリアクションは間違っちゃいないと思う。そういった逆風に刃向かってこその「革命」、イマっぽい言葉を使えば「イノベーション」ではないのか? 旧体制側の世代にあるはずの者(=大人)たちが、妙に広い理解を示し、手放しで称賛する必要はない。説教するなり、ビジネスとして利用するだけ利用したのちに使い捨てするなり、「立ちはだかる壁」として堂々と“悪役”を演じればいい。いくら子どもとはいえ、ユーチューバーとしてデビューを果たしたかぎりは、一人の大人として無差別的に扱うことこそが、せめてもの“教育”となるのではなかろうか。

情報提供元:citrus
記事名:「不登校ユーチューバーに我々大人がしてあげられる「教育」とは