私が好きなコラムニストの一人、辛酸なめ子氏が、

 

2018年は数々の「変態事件」が発生し、そのたびに戦慄させられました。個人的に今年のホットワードを挙げるとすれば、「変態」でしょうか。まさに100年に一度の「変態豊作」といっても過言ではありません。

 

……と前置きをし、今年登場した幾人もの「変態さん」を振り返る内容のコラムを『PRESIDENT Online』に寄稿なされていた

 

たしかに、セブンイレブンの男性オーナーが女性客の前で股間のチャックから右腕を突き出す「変態セブン」、ゲップの匂いが好きな小学校教諭、女子小学生からから笛を奪った「笛を吹きたかった男」、AirDrop痴漢、コインロッカーの上段に全裸で体育座りして入っていた男……ほか、くしゃみマニア、雑巾マニア、イヤホンマニア……モロモロ、我々凡夫たちでは着眼だに及ばない奇行のオンパレードであり、辛酸氏は同コラム内で、こんな「変態天国ニッポンの背景」を、

 

もしかしたら、(日本は)SEXの回数が世界で最も少ない反面、自己完結した性の妄想に浸りがちなのかもしれません。

 

……と分析しているが、そんな「変態」という単語がザッと数えて30回近く繰り返される原稿を読んでいるうちに、「変態とはなんぞや」という根元的なテーマについて、あらためて考えさせられてしまった。

 

私は、「変態」を誤解を恐れず一言で解説してしまうならば「極少数派の性癖・嗜好を持つ人たち」のことだと思っている。そして、「少数派」と「極少数派」との線引きは人それぞれによって、多少のブレがある。たとえば「昆虫を食べる人」を「極少数派」にカテゴライズする人もいれば、そのデッドラインを「うんこを食べる人」まで上げる人もいる。ちなみに私個人の感覚では「昆虫を食べる人」は「少数派」(=変態ではない)、「うんこを食べる人」は「極少数派」(=変態)といったところで、セックス中にアダルトグッズを持ち出す人や「ア○ルを舐めてほしい」と懇願する人……など、その程度の偏りでしかない性癖をなんてもかんでも「変態」扱いして片づけてしまう、いわゆる「変態ハードル」が低い人、思考停止によって安易に自身のアイデンティティを保護し過ぎている人のことが、あまり好きではない。ちょっとだけ自分のキャパシティを超えた人のことをすぐ「天然」呼ばわりする人と同様だ。

 

もちろん、変態にも「いい変態」と「悪い変態」があって、「悪い変態」とは「通常(=多数派)の感性を持つ人を巻き込むことによって、自分の欲望を満たす犯罪(的)行為」のことである。辛酸氏も文中で、そういう犯罪(的)行為にまでいたる人たちのことを「変態」ではなく「変質者」と表現しており、

 

なぜ変質者の人は、その発想や行動力をもっと良い意味でのクリエイティブなことに使わないのでしょう……。

 

……と、素朴な疑問を呈しているが、私もそこに関しては、まったくもって同感である。

 

それにしても、なぜ日本人(男性)はこうも、辛酸氏が言う「自己完結した性の妄想に浸ること」に長けているのだろう? その正解を明確に導き出すことは、残念ながら私の頭ではできない。ただ、世界の大半の風俗産業が「本番orハンドジョブ」の二択であることに比べ、日本はヘルスやイメクラやSMクラブ……と、「本番はNG」とする“中間的かつ寸止め的なヌキのスタイル”が主流となっているあたりに、日本人(男性)の妄想力の逞しさを紐解くヒントが隠されているのではなかろうか?

情報提供元:citrus
記事名:「変態事件が多発した2018年、紐解くカギは日本人の「妄想力」!?