世界で伸びる太陽光発電市場、日本の再エネ産業成長のためには「一度決めても変更する力」が必要だった…!(2)
伊原:2012年12月、政権交代によって1年半過ごした国家戦略室がなくなり、いまの会社、Green Earth Institute(グリーンアースインスティテュート)というベンチャー企業に転職しました。私自身は創業者ではなく、設立から1年半後に入ったメンバーです。自分が国家戦略室時代に再生可能エネルギー産業の成長戦略を検討したことを、実務でチャレンジできそうな会社ということが、入社の決め手です。
弊社は、バイオマスを原料として、微生物に発酵をさせて、いろいろな化学品、典型的にはアミノ酸やバイオプラスチックの原料となる化学品、バイオ燃料などを生産する技術を開発しています。ミドリムシの研究や製品販売で名高いユーグレナと同じく、我々もジェット燃料を作ったりもしています。ただ、現在の燃料価格が安いので、現時点で事業化のハードルは高いと思いますが、石油由来の製品に対する規制などが入ってくれば状況は変わるかもしれません。
いまは、主にアミノ酸など割と高付加価値のものの技術を開発し、それをライセンスしています。また、最近は、バイオマスからプラスチックの原料となる化学品をつくる技術もライセンスしています。よく「バイオマス発電しているのですか」と聞かれるのですが、電力でなく、石油の代替としてバイオマスからいろいろな化学品を作るこの会社に入り、早くも8年が経ちました。
いかに植物(バイオマスア)を使って化学品をつくるかがコア技術です。これは石油由来の化学品を代替することで、CO2の削減にもつながります。また、食料問題の解決に寄与すべく、トウモロコシやサトウキビのような食べ物かに代えて、捨てられているもの、たとえばコーヒーかすや古紙のようなゴミを資源に変える化学品を作ることにも取り組んでいます。
ベンチャーだからかもしれませんが、この8年で経営の大変さがわかりました。世界の競合企業と伍していくにはまだまだ遠いのですが、この4年ほどは売上も上がってきて、ようやく世界の背中が見えてきたところです。
●日本のFIT導入が成功だったと言えるワケ
白井:エネルギー政策を取り巻く状況は、入省された30年前とはまさに大違いだと思います。日本のエネルギー政策を考えるにあたり、国家戦略室で東日本大震災後の新しいエネルギー・環境政策を策定しようとされていた頃のお話をもう少しお聞かせいただけませんでしょうか。
伊原:国家戦略室に着任したときに、自分の中では、エネルギー政策は国民の理解がないと進まないということを心に戒めていました。2011年4月、国民のエネルギー行政に対する信頼は地に落ちており、国民にも諦観が漂っていました。
そういう中で新しいエネルギー・環境政策を作るのであれば、自分自身の思いを政策にするのではなく、いろいろな方法で、国民的な議論を喚起し、多くの国民が求めている政策を見極めることが必要だと考えていました。討論型世論調査といった新しい手法も使って、国民が本当に理解して納得する政策を作ることがエネルギー政策に携わる者の目的、ミッションだと思ったのです。
1年半やらせていただき、その後、国民的議論も沸き起こる中で、船橋先生にもいろいろご指導いただきましたが、できる限り、普通のサイレントマジョリティーの方の意見も吸い上げられる仕組みを考え、全国民の平均により近い答えを導き出すように努力したつもりです。政策決定プロセスを運営する過程では、反原発やグリーンといった自分なりのポリシーを実現しようとは考えず、客観的に取り組んだつもりでした。
その頃、「原発1基を代替するために、山手線内の面積分の太陽電池モジュールによる発電が必要」とか「そもそも難しい。思っているほど太陽光発電で電力を作れない。太陽光発電用の土地を、それほど用意できない」という指摘を受けました。
ところが蓋を開けてみると、九州では発電し過ぎてしまい、太陽光発電を止めるようなことも頻発しています。FIT(固定価格買取制度)という制度自身にいろいろな意見があるのは承知していますが、いざやってみると電力は作れるのです。それなりの場所を使いますが、山手線内の全てではなくても、使われていない土地だけでも相当量を作ることができるのです。
本当にあるべき姿を求めるのであれば、まずはそれを目指してみることが必要だと痛感しました。なんとなく難しそうということで終わらせるのではなく、基本的には、あるべき方向に向かって足を踏み出すことが必要です。どっちになるか分からないからやめておこうというのであれば、何も変わらないのです。
当時、多くの人の関心は原発に集中していましたが、その裏側で再生可能エネルギー産業の成長戦略を作成していました。これから世界中で再生可能エネルギー産業が伸びるということ、それはグローバルな産業であるということには、誰も異論がありませんでした。
たとえば、太陽電池は、当初、三菱もシャープも京セラもいた日本は、世界でトップを走っていました。そういう意味では、太陽電池は日本の独壇場に近かったと思うのですが、数年後には中国、ドイツに負けることになりました。太陽光発電に限らず再生可能エネルギー産業全体で、最初から世界を相手にして、世界レベルでビジネスを見て戦えるような企業が出てくる必要があります。国家戦略には、そういう視点で再生可能エネルギー産業を成長させなければいけないし、民間企業も立ち向かうべきだと記しました。
いろいろな意見がありましたが、革新的エネルギー・環境戦略では、割と野心的と言われた再生可能エネルギー目標を掲げました。原発をやめるのは無責任という意見もあったのですが、私個人としては、政府の一つの役割は、どちらかわからない、あるいは確定的でないことについては、あるべき姿を示して、そこに国として向かっていくビジョンを示すことだと思います。
必ずできることであれば、政府が書く必要はありません。国としてのあるべき姿を示すのであれば、「2030年にこうしたい」というのは野心的であっていいと思いますし、それに向けて政策資源を投入していくのは決して無責任ではないと思います。
白井:経済学者マリアナ・マッツカートは、『ミッション・エコノミー』という著作の中で、国と企業が手を携えて新しい資本主義を作るべきだ、と主張していますが、まさにそういうことですね。日本におけるFITの導入は、まさにその先駆的な実例だった、と。
伊原:FITによって新たに国民負担が増えましたが、FITを入れた頃は、皆が「再生可能エネルギーはこんなに増えない」と言っていたわけです。太陽光発電市場も伸びないと言っていたけれど、FITを入れたら大きく増えました。FITの目的は再生可能エネルギーの拡大ですので、十分目的を果たした政策だったと思います。
やり方や送配電系統についてはいろいろな議論がありますので、それは修正をしていけばいいと思うのですが、FITという政策自身が間違いだというのは、何もやらないほうがいいと言っているのと同義です。ある目標があり、それに近づけるための一手であれば、打ってみる必要があると思いますし、この太陽光発電市場の伸び自身は肯定的に捉えられるべきです。太陽光発電装置は現在、中国製が圧倒的なシェアを占めていますが、日本のものが使われていれば、日本経済にももっとプラスだったでしょう。他の政策もそうですが、一度決めたら変えないということが問題であり、状況に応じて、柔軟に変更していくことも政府の責任だと思います。
●「責任を取りたくない」日本の組織文化
白井:ここまでのお話の中で、行政が一度決めたら止められないというお話が実に興味深く感じられたのですが、どうして日本は、慣性の法則のようなモデルから一歩踏み出すことができなかったのでしょうか。
伊原:エネルギー政策、年金政策、あるいは財務政策も含めて、日本の行政は無謬性といいますか、一度始めたことを間違ったとして修正することが非常にやりにくい組織文化や体制なのです。このような組織は、安定性が求められる時代では、うまく機能するのですが、反対方向に行かなければいけない時代では、機能不全に陥ります。他国の政治は、一度決めたことも変更する力を持っているのですが、日本の場合には、民主党政権がああいう形で倒れたのも影響しているのでしょうが、より難しいと感じています。
白井:責任を取りたくなく、なすりつけ合いという組織は、第二次世界大戦時の意思決定や組織文化に似ている気がします。するべき時に、大きな決断ができないというのは、日本の組織文化に根差しているのでしょうか。
伊原:民主党政権については、短期間で終わってしまったので、評価は難しいのですが、根源的に大きく自民党と違うのかと言うと、とも言えない気もします。そういう意味では、日本の文化に根差した部分が大きいのかもしれません。民主党政権については、私もインタビューを受けましたが、船橋洋一さんの『民主党政権 失敗の検証』で、詳しく検証されています。
白井:現状維持をすることによって、誰かの利益を確保するという意図的な力が働いているというよりは、組織成員全員が、責任を取りたくないため、意思決定をしないという消極的な組織という感じですね。
日本のあらゆる組織が抱えているこの病理については、この実業之日本フォーラムでも稿を改めて論じていきたいと思います。
■実業之日本フォーラムの3大特色
実業之日本フォーラム( https://jitsunichi-forum.jp/ )では、以下の編集方針でサイト運営を進めてまいります。
(1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
(2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
(3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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