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連日の徹夜仕事を怒ってくれた 知床の海から今も帰らない息子


 電話越しの口調はいつになくきつかった。「そんなに仕事したらいかんよ。趣味を作らんと」。約2年前の冬、34歳だった長男がしつこく叱ってくることに、父親(65)は驚いた。その4カ月後の2022年4月23日――。家族思いだった息子は、知床の海で行方不明となった。

 「自分がこの世を去って行くから、後のことが心配で言ってくれていたのかな……」。父親はそんな想像を巡らせながら、今も見つからぬ我が子の帰りを待ちわびている。

 知床半島沖で乗員乗客全26人が死亡・行方不明となった観光船「KAZU Ⅰ(カズワン)」の沈没事故発生から、23日で2年になる。福岡県久留米市の会社員、小柳宝大(みちお)さん(当時34歳)も旅行中に乗船し、事故に巻き込まれた。

 家族はすぐに現地へ駆けつけたが、宝大さんが発見されることはなかった。約4カ月後、両親は苦渋の思いで、法律上死亡したものとみなす手続きをとった。

 「つらかったですよ。書類を提出しに行った時は」。こみ上げる感情を押し殺すようにして父親は振り返るが、自慢の息子を水温4度の冷たい海で失った悲しみが消えることはない。特に冬になると、今もつらい気持ちにかられる。「あったかいご飯を食べてごめんね、あったかいお風呂に入ってごめんね」と。

 父親は九州でAIやロボットの開発製造会社を自営していたが、事故後は精神的ショックで仕事ができなくなり、今も休職している。「あれからずっと気力がないんです」

 事故前の数カ月間は重要なプロジェクトを抱えていたため、宝大さんに電話で怒られるほど連日徹夜で仕事に精を出していた。しかし事故後は体重が15キロ減り、精神科への通院と投薬も欠かせなくなった。現在は臨床心理士のカウンセリングを受けながら、少しずつ心身の回復に努めている。

   ◇

 宝大さんは高校卒業後、在学中からアルバイトとして仕事のやりがいを感じていた外食チェーン「リンガーハット」に入社。約7年前からカンボジアの首都プノンペンで店長を任されていた。

 職場での評価は「屈託がない」「あくがない」「仕事をものすごく一生懸命頑張る人」。カメラと魚釣りが趣味で、所属していた会社の釣りクラブでは、同僚を乗せるために自家用車を買い替え、みんなが使う道具とエサを準備した。先輩からも後輩からも慕われる存在だった。

 日本への一時帰国中に事故に遭った後、プノンペンから九州の実家に、宝大さんの荷物が送られてきた。中には宝大さんが大切にしていた釣りざおも。だが、父親は「見るのも悲しい」という。

 もともと宝大さんに釣りを教えたのは父親だった。小中学生の頃、佐賀県沖の島へ連れて行き、磯でクロダイ、メジナなどを次々と釣り上げて喜んでいた息子の笑顔が懐かしい。生前「趣味を作らないといかんよ」と言い残してくれたが、まだ釣りに行く気力は到底湧いてこない。

 とはいえ「いつまでも伏せっていたら、宝大が心配するでしょうから。ちゃんと前を向いて歩いていかないと」。そう心に決めている。家族思いで優しい宝大さんなら何を望むか、いつも考えながら行動するのが父親の癖になっている。

 今年も4月23日は家族で現地に赴く予定だ。「宝大が全然こっちに帰ってこないから、こっちから宝大のそばに行きたい」。そして、お骨のひとかけらでも戻ってきてほしい。「宝大にもう一度会いたい。もうそれだけです」【伊藤遥】

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