東京・歌舞伎町は日本一のホストクラブ街でもある。その数200軒以上。数千人のホストたちがいるとされる。
路上に立つ女性たちの取材を始め、すぐに目の当たりにしたのが、売春で得た金をホストクラブにつぎ込むケースが少なくない現実だった。
私の「ラスソン」
女性たちを支援する坂本新さんらが開く相談室にいたある日、26歳のユズ(仮名)が「見て見て」と声をかけてきた。
「こないだソラくんのラスソン取ったんだ。めっちゃ歌うまくない? まじ楽しかったー。ラスソン取ったの、ソラくんでは初めてなんだ」
スマートフォンの画面に1本の動画が映し出されている。2022年3月のことだ。
暗い空間を原色の光線が照らす。大音量の音楽の中、1人のホストが立ったままマイクを握っていた。周囲のホストは盛り立て役に徹し、主役に向かって手を振りかざし、合いの手を入れる。何本かのボトルとグラスがテーブルに並ぶ。
ユズだけが、ひざをそろえて座ったまま周囲を見上げていた。「うっとりしていた」という。それが「ラスソン」の場面だった。
ラスソンとは、ラストソングのことだ。多くの店では、その日の売り上げが最も多かったホストが営業時間の最後に好きな曲をカラオケで歌い上げる。自分の推すホストがラスソンを歌うのは客にとってうれしく、誇らしいことでもある。
動画の中で熱唱していたのは、ユズが入れ込む22歳のソラというホストだった。その日はユズが入れた何本かのボトルの代金で売り上げトップになったらしい。だから彼の歌は、ユズにとって「私が取ったラスソン」だ。
周囲から「あ、はい! いただきました! ユズさんに!」というかけ声が飛び、シャンパンを注いだグラスがカチンと鳴らされる。ソラが歌い終わる間際、グラスの酒が飲み干されて拍手が起きたところで、動画は終わった。
「あー楽しかったな。ソラくんもラスソン取ったの何度かしかないんだって」
目尻を下げてそう言い、動画を見返している。
「で、これやるといくらくらいかかるの?」
私(記者)が身もふたもなく聞くと、ユズはスマホに向けていた顔を上げた。
「え、この日はそんなしなかったよ。そもそも『あとちょっとでラスソン取れるから』ってお願いされただけだし、そんなに高い店じゃないし、シャンパンも一番安いやつだもん」
なかなか金額を言わないが、重ねて尋ねるとようやく口にした。
「5万(円)くらいだったかな」
「大丈夫だよ」
ユズは透明なスマホケースの裏側に、「ソラ」と書かれた黄色い名刺を大切に挟んでいた。スマホの中には一緒に撮った写真が何枚もあり、どれを見てもユズはうまく笑えていなかった。「緊張するんだよね」
誰かにうっとりし、後々も思い返して幸せに浸れる数時間に5万円、10万円をかける。それが高いか安いかは人それぞれだ。ただ、その日もユズは「昨日から食べてない」と言って相談室に置いてある菓子を取り、「金がない」とこぼしていた。
少し後ろめたいのか、彼女は弁解するように言った。
「大丈夫だよ。ソラくんは支払いのこととかすごく気遣ってくれるから。店にいる途中でも『今いくらくらいだよ』って教えてくれるし、ボトル入れてとか頼まれることもないし。『無理しないでいいからね』って言ってくれるもん」
ちょうどユズが昼の仕事をしてアパートに住みたいと坂本さんに相談をしていた時期だった。実際に昼間に働きだしたら、ホストクラブに行く余裕も金もなくなる。ホストへの思いと介護の仕事にどう折り合いを付けるのか、周囲の大人たちは気をもんだ。
そんな心配をよそに、彼女の頭の中はどんどん、ソラへの思いで埋め尽くされていくようだった。
「ソラくんに会いたいな」「ソラくん、ホスト上がらないかな(辞めないかな)」
そんな言葉をいつまでもつぶやき続けていた。【春増翔太】
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2023年、新宿・歌舞伎町の路上に立つ売春女性が急増しています。1年半にわたる取材で接したその素顔と歩みから、彼女たちがこの街を「居場所」にする背景を探ります。