はじめに

秋の気配が漂い始め、映画を観たい気持ちが湧き上がっている方が多いのでは? “全国を旅する映画館”という、かわいくも不思議なコピーを掲げる「キノ・イグルー」は、旅するようにさまざまな映画を全国へ届ける移動映画館です。その代表である有坂塁さんに、「キノ・イグルー」を始めたきっかけや上映会、そして旅の映画について聞きました。

Text:小林未亜(エンターバンク)、Photo:菊池さとる 大好きな映画監督に「キノ・イグルー」と名付けられて16年

大好きな映画監督に「キノ・イグルー」と名付けられて16年

――まず、「キノ・イグルー」はどのように始まったのでしょう?

もともと、映画好きな人がクラブを立ち上げて好きな映画を自主上映する“シネクラブ”という文化に憧れがあったんですが、レンタルビデオ屋さんでバイトしてた時の仲間が、東京のはずれに小さな映画館をオープンして、「うちでやれば?」と言ってくれて。やるからには自分たちのブランドを作っていけたらいいなと思い、「キノ・イグルー」を始めたのが2003年です。

――そもそも「キノ・イグルー」とはどういう意味ですか?

「キノ(Kino)」は「映画」や「映画館」、「イグルー(Iglu)」は雪で作る「かまくら」を意味するフィンランド語です。一番好きな人に名付け親になってもらいたいと思って、フィンランドのアキ・カウリスマキ監督にお願いしたんです。熱い内容の手紙を書いて、チェキで自撮りした写真を同封して向こうのプロダクションに送りました。勝手にお願いしておいてどうかと思ったんですけど、一応「一月中にお願いします」と締切設定をして(笑)。

付けてもらえるって根拠のない自信はありつつ、一度だけ不安になったことがあり……。その前年に監督が来日した時、あるパーティで監督がテンション高く「焼酎」という言葉を連呼していたことを思い出して、「焼酎」という名前が届いたらどうしようって……(笑)。覚悟して待っていたら、一月の最後の日に、プロデューサー経由で届いた彼のメールに「キノ・イグルーでどうでしょうか」と。

今ではカンヌでグランプリを獲るような監督ですけど、映画監督になる原点はかつて自身がやっていたシネクラブにあると言っていて、その時のクラブの名前が「キノ・イグルー」。だから、「いいんですか!?」って感じでした。 ――託された感じがしますね。

そうなんです。しかも「焼酎」で覚悟していたから、喜びが何倍どころか頭が真っ白(笑)。だけど、まだ一回もイベントをやってない僕らに、自分にとってのスーパースターが想像以上の形で答えてくれた、その気持ちに応えるためにも、監督の名前を安売りするのは絶対にやめようと思って、オフィシャルのプロフィールにそのエピソードは入れていません。ただ、本当は話したくてしょうがない(笑)。聞かれたら喜んで話しています(笑)。自分の頭の中で考えていることよりも面白いことが起こるんだ、ということを監督が教えてくれたので、小さくまとまるのはやめようと思って16年間やっています。

――そんな名前を付けてもらったら、やめられないですね。必死に続けないと。

でも、必死とか大変なことが本当になくて、ストレスフリーなんですよ。というのも、16年間ずっと、僕らから営業をかけることは一切なくて、オファーをいただくことでプロジェクトが成り立っているんです。

好きで始めたことを求めてくれるって、本当にうれしいことで。だからこそ、求めてくれた人とは仕事を越えた距離でコミュニケーションを取って、イベントを一個一個作っていきます。そうすると、やっている人たちの熱量が、会場に必ず出るんです。結果的に、そこの場所でしか体験できない最高の映画の時間を作るのがゴールなので、そのゴールまでにどういうコミュニケーションを取れるかが一番大事かなと思います。

これまでの、そしてこれからの上映会の話

――そうやって作り上げて来た上映会の中で、印象的だったものは?

ありすぎますね。僕らとしては、いろんな場所で、いろんな新しい映画体験ができるということを、10年20年かけてやっていきたいので、なるべく声をかけてもらったら、形にする方向で進めています。なので、一つひとつがオーダーメイドのイベントになりますし、その場所のよさを引き出してイベントを設計しているので、思い入れはそれぞれあるんですけど……。

例えば、上野の東京国立博物館の「博物館で野外シネマ」は、規模的には一番大きくて、新海誠監督の『秒速5センチメートル』を上映した時は、一回で6500人が集まりました。もう、フェスみたいな感じですよね。イスは1000席しかないので、みんな空いているところにシートを敷いて座ったりして。 東京国立博物館で開催された「博物館で野外シネマ」の様子


すごいのが、普通は解放しない池のギリギリまで解放したこと。カチッとしたイメージがある博物館を自由に使っている、という見え方になるので、来ている人のマインドもより楽しい方に変わっていくんですよね。最初に、お互い心を開いて信頼関係を作っておくと、こういうこともOKになるんです。

あと、お正月に神楽坂のおまんじゅう屋さんでやる「初笑い上映会」は、もう10年以上続いています。新年の初笑いって、神楽坂の街の雰囲気ともすごく合うし、例えばチャップリンとかサイレント映画のコメディとか、自分から選んで見ないけど、初笑い上映会でおまんじゅうを食べながらだったら見たくなるとかありますよね。そうやって、イベントの外側の枠をワクワクするものにできると、自分の中のハードルも超えていけますよね。 神楽坂のムギマル2で開催された「初笑い上映会 2019」


2月に北海道の層雲峡温泉で行った、氷のドームの中での上映会もすごいですよ。マイナス13度。長編を上映するとたぶん死者が出るので(笑)、短編3本で12、3分。一生に一回の体験ですし、それをみんなで共有したと思えるまでやった方が思い出深くなるので、「強制的に3本見てもらいますけど大丈夫ですか?」と確認して、3本見てもらう形にしました。 層雲峡温泉で開催された「氷瀑祭り2018 氷の映画館」の様子


映画の楽しみ方も、こうじゃなきゃいけないというのを飛び越えて、その場所のよさを考えていくと、お客さんに強制することもエンターテイメントになったりしますし。あまり自分の経験に縛られず、場所のよさや人との関係性の中から見つけていくようにしています。 ――どれも行ってみたくなります。では、この秋の上映会情報を教えてください。 ①10/12(土)、13(日):「もみじ市 2019」@東京都調布市・多摩川河川敷

①10/12(土)、13(日):「もみじ市 2019」@東京都調布市・多摩川河川敷

<テント制作>制作: 平野由起子(pOm.)、設計: 石井大吾(gallery FEMTE)、
企画: キノ・イグルー


「もみじ市」というマルシェで、毎年、テント映画館というのをやっています。マルシェは夕方に終わってしまうので、明るいから野外上映ができないんですよ。なので、作家さんにオーダーメイドで河川敷の風景に合うようなテントを作ってもらい、その中で短編を2本上映します。買物感覚でさくっと映画を見てもらいたいなと思っています。

◆もみじ市 2019
開催日:10月12日(土)~13日(日)
開催時間:12日(土)10:30~16:00、13日(日)10:00~15:30
開催場所:東京都調布市多摩川河川敷 ②10/19(土):「星降る映画館」@滋賀県草津市・草津川跡地公園

②10/19(土):「星降る映画館」@滋賀県草津市・草津川跡地公園

毎年やっている野外シネマです。2本立ての上映で、最初は子供向けにアメリカのアニメ『ペット』の吹替版。それが終わったら大人向けで、バスター・キートンのサイレント・コメディ『キートンの探偵学入門』を上映します。

◆星降る映画館
開催日:10月19日(土)
開催場所:草津川跡地公園・イベント広場 月に一回開催:「あなたのために映画をえらびます。」@東京都渋谷区・代々木上原 hako

月に一回開催:「あなたのために映画をえらびます。」@東京都渋谷区・代々木上原 hako

一人一時間、対面でお話を聞く映画のカウンセリングを今後も月に1回開催。人間って自分でも気づいていない無意識の領域が大きいので、一時間かけてその人をそこまでがっつり掘り下げていきます。そこまで掘り下げて映画を5本選んで、その場でカードに書いてお渡しするんです。こういう映画のカウンセリングみたいな、上映しない映画イベントを、これから増やしていきたいと思っています。

◆あなたのために映画をえらびます。
開催日:月に一回
開催場所:代々木上原 hako
※メールにて予約が必要 「旅する」意味と、秋の旅映画3選

「旅する」意味と、秋の旅映画3選

――「全国を旅する映画館」と謳っていますが、「旅する」とつけた思いは?

映画館って、普通は街の中にあって通う場所ですよね。僕らは色んな意味において、映画はもっと自由でいいと思っているんです。楽しみ方の枠みたいなものがあるから、ハードルが高く感じちゃう人もいますし、音楽やファッションに比べると面白いカルチャーが生まれにくい。もっと自由でいいなと思うので、まずは僕らが全国のいろんな街に映画館として旅していきますよ、というところから伝えたいと思ったんです。


――実際、旅はお好きですか?

僕は毎日旅しているようなものなので、あえて旅をそんなにしないんですよね。でも、好きです。移動している時間が好きなので。飛行機よりも新幹線が好きで、移動中は音楽を聞いて、ビール飲んでぼーっとしています。その時間が自分にとって必要で。流れていく風景に身を委ねるという時間が心を整えているのか、そういう時にいいアイデアが出たり、ものすごくポジティブになれるんですよね。旅先では、歩ける距離なら歩くようにしたり、地元の大衆酒場でお店の人や常連さんとしゃべったりして、街の空気を感じる時間を大切にしてます。 ――最後に、秋におすすめの「旅映画3選」を教えてください!

映画を選ぶ時、あまり色をひとつにまとめたくないので、どういうバランスにしようかな……。

まずは、『モーターサイクル・ダイアリーズ』。チェ・ゲバラが医大生だった頃に、中南米の現実を知りたいと思っておんぼろバイクで旅をするロードムービーなんですけど、その旅の中で彼は革命家になっていくんです。ちょっと男っぽい世界ですけど、女性も男性の生き様を見ることで、自分の人生に生かせることはたくさんあると思います。

二本目は、『サン・ジャックへの道』。聖地サンティアゴまでの巡礼をする人たちの話で、メインは遺産を相続したいという下心から旅をする三兄弟。旅って、否が応にも自分の無意識の引き出しがオープンになっていきますよね。そういう内容的にもグッとくるメッセージがあるし、光がきれいで、見ていて気持ちのいい映像なんです。フランス映画に苦手意識がある人でもすごく見やすいと思います。

最後に、30代以上の女性に見てもらいたいのが『ボンジュール、アン』。監督のエレノア・コッポラは、『ゴッドファーザー』を撮ったフランシス・フォード・コッポラ監督の奥さんで、80歳で初めて長編映画の監督に。アンと映画プロデューサーの男とのロードムービーで、「人生そんな急いだってしょうがないよ」と言いながら、寄り道しまくって、2人は美味しいものを飲んだり食べたり。これも映像が気持ちいいですし、本当に美味しそうなものがいっぱい出て来るので、そういうものを用意しながらぜひ見てほしいです。

◆『ボンジュール、アン』

DVD発売中
DVD:3,800円(税抜)
発売元:TCエンタテインメント
販売元:TCエンタテインメント
その他:提供:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES
(C)American Zoetrope, 2016

◆有坂塁(ありさか・るい)
2003年に中学時代の同級生・渡辺順也と移動映画館「キノ・イグルー」を設立。東京を拠点に全国各地のカフェ、雑貨屋、書店、パン屋、美術館など様々な空間で、世界各国の映画を上映している。

おわりに

「好きな映画の話って“魔法”としか思えないんですけど、人の心をオープンにしてくれるんです」と話していた有坂さん。また、「僕はみんな映画が好きだと思っていて、最近見てないなあという人も、映画のスイッチがオフになっているだけ。映画の話をするだけでもそれがオンになる。そういう機会を増やしていきたいんです」とも。今回、有坂さんの話を聞いて、まんまと映画のスイッチがオンになりました。

情報提供元:旅色プラス
記事名:「移動映画館「キノ・イグルー」有坂塁さんに聞く、新しい映画の楽しみ方