世界中の市販車用エンジンに搭載されているエンジンを紹介する——無謀とも思える企画が立ち上がったのは2011年のこと。以降、塗炭の苦しみを味わいながら絶え間なく毎年刊行を続けているワールド・エンジン・データブック。今回は制作に携わったスタッフの筆により「どんなふうに作っているのか」をお伝えしよう。

TEXT:三浦祥兒(MIURA Shoji)

 数字だけ見ても物事の本質は掴めない、という意見がある。データというものは抽出の仕方によって恣意的な結論を導くこともできるから、政府が経済成長率が○○%上昇した……と発表しても、自分の財布を眺めてみれば「ほんまかいな?」ということが往々にして起きる。けれども、何らかの結論を出すつもりもなくただひたすらにデータを集めてその後に、息を一旦吐いてから眺めてみると、案外本質が見えてくることもあるのだ。



 今年もモーターファン・イラストレーテッドの別冊「World Engine Databook(EDB)」の編集を手伝わせてもらった。

 ページ構成からすると順序が逆になるのだが、作業はまず、巻末のスペック集のデータを洗い直すことから始まる。実に辛気くさい作業であり、日常の仕事に追われる編集部員には負担が大きい作業でもあるので、外国メーカーのデータ精査は自分が一気呵成にやることで了解を得た。



 「外国車」と限ったのは、国産車より作業量が桁違いに多く、かといって分担して調べると後述するように最後に辻褄が合わなくなって、校正の時に泣きを見ることがわかっているからだ。



 国産車と違って海外メーカーのデータを調べるのは異常に手間がかかる。国産メーカーはウェブカタログであっても必ず、国土交通省に届け出た詳細な数値をエンジンに限らず記載している。ところが、海の向こうにそういう律儀な風習はないようで、公式なエンジンスペックが公表されないことが多い。イタリアやフランスのメーカーはラテン気質丸出しで、車種によって単位が違ったり、同じエンジンを積んだ別の車種の排気量の記載が違うなんてことがザラだ。



 単位、つまり度量衡はエンジンデータ調べの鬼門で、馬力の表記がメーカーによってkWだったり、ps(英馬力)だったり、hp(仏馬力)だったりする。もちろんトルクも未だにkg・mが平気で使われているし、メートル法の埒外にあるアメリカではft-lbが基準となっていたり……。もっとヒドいのは総排気量で、インチ換算の誤差で下一桁が狂うのは当たり前。フォードは北米設計の車種とイギリス設計の車種で度量衡が違うため、同じエンジンを積むフォーカスの排気量が違う、という事態に陥ることになる。



 こうした誤差や不明を、ありとあらゆる情報を吟味・精査して着地点を見つけるのが仕事の主体となり、面倒臭いことこの上ない。けれども、EDBのような年鑑は、やはりこうした地道な作業を経て紙の上に残してこそ意味があるのであり、webのように情報が日々消費され続けるようなメディアにはそぐわない。世界的に見ても希有な本の制作に関わることは、睡眠時間や食事の質を落としても没入する価値があるのである。



 都合一週間以上、作業場にこもりっきりになって何とかデータを仕上げた。消耗はしたが、甲斐もあった。イマの自動車業界がどんな状況にあるかがデータを整理することで一目でわかるようになったのだ。

 仕事柄、電動化やら自動運転やら、自動車技術を巡る環境が激変していることは理解しているつもりだった。だが、それはあくまで表層の部分であって、各国の事情やメーカーの内部を詳しく知っているわけではないので、所詮半可通レベルの理解だった。ところが出来上がったデータ集からは、エンジンのスペックだけではない、市場や経済がもたらす様々な自動車業界の動向が、数字の羅列を俯瞰するだけで明らかになるのだった。

 これからの長文は、現在の自動車用エンジンの種別と構成から見た、主要自動車メーカーと地域市場の展望である。(続く)

情報提供元:MotorFan
記事名:「 ワールド・エンジン・データブック 2019-2020:from inside(1)