地球温暖化の影響でサンショウウオが大型化!?
1. 概要
東京都立大学理学研究科の岡宮 久規日本学術振興会特別研究員と草野 保助教(当時)らは、近年進行する地球温暖化に伴い、絶滅危惧種トウキョウサンショウウオの体サイズが40年間で最大2割増加していることを発見しました。また、一個体のメスが一度の繁殖期に産む卵数についても調べたところ、こちらは40年間で最大3割も増加していました。温暖化によって冬眠から覚める時期が早まり、成長に割ける期間が長くなったことがこれらの変化を促したと考えられます。気候変動が生物に与える影響についてはまだ不明な点が多く、特に研究例の少ない両生類についてその影響を明らかにした重要な研究成果です。また、今回の成果は40年以上にわたる長期観測データから得られたもので、気候変動の影響を知るうえで長期観測を継続していくことの重要性を示しています。
本研究成果は2021年1月22日(金)に英国のロンドン・リンネ協会が出版する国際誌Biological Journal of the Linnean Society誌のオンライン版に掲載されました。
2. ポイント
■進行する地球温暖化に伴い、過去40年間でトウキョウサンショウウオの体サイズと産卵数が大幅に増加していることを発見
■地球温暖化によって、冬眠から覚める時期が早まり、成長に割ける期間が長くなったことが、これらの変化を促したと示唆
■気候変動に対する生物の応答を理解し、保全に活用する上で重要な成果であり、気候変動の影響を評価する上での長期観測データの重要性を示す成果
3. 研究の背景
進行する地球温暖化が生物に与える影響を評価することは生態学の重要な課題の一つです。動物の体の大きさや産むことができる仔の数は温度と強く関係していることから、地球温暖化はそれらに強い影響を及ぼす可能性があります。いくつかの分類群で、温暖化に関係した体サイズの変化が報告されていますが、その効果の大きさや方向性(体サイズを大きく変化させるか小さく変化させるか)についてはよくわかっていません。また、サンショウウオ類のような小型の陸生動物についてはこれまで研究例がほとんどありませんでした。
4. 研究の詳細
トウキョウサンショウウオは福島県と関東地方(群馬県を除く)の丘陵地に分布する体長(頭からしっぽの付け根までの長さ)が5~8cmほどの小型サンショウウオの一種です(図1)。普段は森林の林床に暮らしており、早春に越冬から覚めると繁殖活動を開始し、小さな池や田んぼなどの水中に数十個の卵が詰まった卵嚢(らんのう)を産み出します(図2)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202102040652-O1-cxNcda8Y】
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202102040652-O4-wxnzjV69】
著者らが所属する東京都立大学理学研究科では、東京都内にある繁殖地で繁殖に来た個体数や一個体のメスが産んだ卵嚢内の卵数(クラッチサイズ)を1976年から現在まで継続的に観測しています。今回、このデータを解析したところ、ここ40年の間に繁殖集団の平均クラッチサイズが増加していることがわかりました(図3)。一地点の情報だけではその場所だけの特殊な現象の可能性があるため、調査範囲を拡大してトウキョウサンショウウオの分布全域から成熟個体の体サイズとクラッチサイズのデータを収集しました。61地点から成熟個体1904個体、96地域から卵嚢5025クラッチのデータを集め、1970~1980年代と2000~2010年代でデータを分けて、緯度勾配に沿って両者を比較しました。その結果、分布全域を通して、体サイズもクラッチサイズも現在の方が大きくなっていることが分かりました(図4)。また、両者の増加率は特に高緯度(北側)地域で高く、体サイズは最大約2割、クラッチサイズは最大3割程度も増加していました。
次に地球温暖化の影響を推定するために、気象庁の1980年代と2010年代の気温データを取得し、そこから各年代の平均気温と有効積算温度(トウキョウサンショウウオが生育可能な気温の合計値)を算出したところ、トウキョウサンショウウオの分布全域で両者ともに上昇していることが分かりました。
これらの結果から、「地球温暖化による気温上昇の影響により、トウキョウサンショウウオの体サイズとクラッチサイズが増加した」と結論付けました。今回観察された増加率は、世界中で報告されている他の様々な生物の研究結果と比較してもかなり大きな値でした。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202102040652-O3-Qmmsu36C】
図3トウキョウサンショウウオの成熟個体(左上)。計測のために水中から取り出した卵嚢(左下)。都内のモニタリング地点における繁殖集団の平均クラッチサイズ(一個体のメスが生んだ卵嚢に含まれる卵数の集団平均)の年変化(右)。計測を開始した1976年から現在まで増加傾向にある。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202102040652-O2-Hciho868】
図4トウキョウサンショウウオの分布全域における体サイズとクラッチサイズの平均値(丸)とその信頼区間(縦棒)を地点ごとに緯度上にプロットしたもの。丸の大きさはサンプル数を示す。1970~1980年代に取られたデータは水色で、2000~2010年代に取られたデータはオレンジ色で示してある。回帰線はデータの傾向を表しており、ほとんどの地点でオレンジの線が水色の線よりも上に来ていることから体サイズ・クラッチサイズともに2000~2010年代の方が大きくなっていることが分かる。
では、気温が高くなった結果、どのようなメカニズムで体サイズとクラッチサイズは増加したのでしょうか?これまでの研究から、トウキョウサンショウウオが冬眠から覚めて繁殖活動を開始する季節が地球温暖化の進行に伴って1か月程度早くなったことがわかっています。このことから、冬眠期間の短縮により採餌活動に割ける期間が長くなったことで、成長や繁殖のための資源を今まで以上に蓄えることができるようになり、その結果として体サイズとクラッチサイズが増加したと推測しました。
気温上昇率は分布域全体で変わらなかったことから、高緯度地域ほど体サイズとクラッチサイズの増加率が高くなった理由は今回の研究で明らかにすることができませんでした。今後はトウキョウサンショウウオの地域ごとの遺伝的な違いや温度耐性などを比較することで、集団によって温暖化に対する応答が異なる理由を明らかにしていきたいと考えています。
本研究はJSPS科研費19J10846の助成を受けたものです。
5. 研究の意義と波及効果
地球温暖化が生物に及ぼす影響を理解することで、今後も進行が予想される気候変動のもとでの生物集団の未来を予測し、将来の保全計画に役立てることができます。トウキョウサンショウウオは生息地の開発や外来種などの影響により近年その生息数を減らしており、各地で積極的な保護活動が行われています。今回得られた知見をもとに生息数の将来予測などを行うことで、保全策の計画立案に貢献することが期待できます。
地球温暖化に伴う体サイズやクラッチサイズの増加はもしかすると生息数の回復に寄与するかもしれません。一方で、これまでの種内・種間関係を変えてしまうことで予期せぬ影響を及ぼす可能性もあります。例えば体サイズが大きくなることで目立ってしまい捕食者に狙われやすくなることなどが考えられます。また、サンショウウオは高温に弱い生き物なので、今後温暖化が進行して気温が上がりすぎると、今度はトウキョウサンショウウオにとって致命的な結果を招く可能性もあります。この希少なサンショウウオを守り、未来に残していくために、今後もモニタリングを継続し、その動態を注意深く見守っていく必要があります。
今回の研究成果は40年以上続く長期観測データを解析することで明らかになりました。過去の状態を知り、気候変動に対する生物の応答を理解するためにはこのような長期観測データは不可欠です。生物多様性を保全し、私たち人類の未来に役立てていくためにも、今後も様々な生物種の長期観測データを充実させていく必要があります。
【論文情報】
掲載誌:Biological Journal of the Linnean Society
タイトル:Increasing body size and fecundity in a salamander over four decades, possibly due to global warming
著者:Hisanori Okamiya, Nagatoshi Hayase, Tamotsu Kusano
DOI: 10.1093/biolinnean/blaa201
アブストラクトURL:https://academic.oup.com/biolinnean/advance-article-abstract/doi/10.1093/biolinnean/blaa201/6105042
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