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マフラーの世界的ブランド「松井ニット技研」、後継者難で廃業へ


 マルチカラーのニット製品で国内外で高い評価を受けてきた松井ニット技研(群馬県桐生市)が、2024年2月末をめどに廃業すると決めた。経営者や従業員が高齢化し、これ以上の事業継続は困難と判断した。米ニューヨークにある美術館のミュージアムショップで人気を博すなど世界を魅了し、県内を代表する製品を作り出してきた企業にも、事業承継の難しさという時代の波が押し寄せた。【庄司哲也】

「西の西陣、東の桐生」

 同社は1904年に織物製造を開始。「西の西陣、東の桐生」と言われるほど織物産業が栄えた桐生市で、絹織物「銘仙」などを生産した。戦時中は機器の供出で事業からの撤退を余儀なくされたが、戦後、松井敏夫社長(80)の母で4代目の故タケさんが再開。低速ラッセル機と呼ばれる繊細な糸でも編み込める機械を使ったマフラー製造に乗り出した。

 横編みのニットを生産する業者は多いが、縦編みを手掛ける業者は少ない。その独自性はファッション関係者の注目を集め、同市中心部にある工場には故山本寛斎氏ら有名デザイナーが数多く訪れた。

海外展開で飛躍 社長の色彩感覚に強み

 大きく飛躍する契機は、2000年代からの海外展開だ。ニューヨークの美術館のショップでは03年から5年連続で売上数1位を記録し、05年にはオリジナルブランド「KNITTING INN(ニッティングイン)」も立ち上げた。

 同社の強みは、松井社長や兄で5代目社長だった故智司さんが持つ独特の色彩感覚と、それを磨き続けた努力だ。松井社長は「時間があれば美術館を巡り、街歩きでもきれいな看板があれば眺めていました。美しいものを見て参考にしていました」と語る。さらに松井社長が外国語大でスペイン語を学び、商社に勤務し実務経験が豊富だったことも海外販路を開く上で大きな武器となっていた。

24年2月、120年の歴史に幕

 一方、松井社長が傘寿を超えたのをはじめ、従業員が高齢化。親族に後継者もいないことから、ここ数年は廃業時期を模索していた。24年2月の決算期を区切りに120年の社の歴史の幕引きを決めた。松井社長は「期限を設けないといつまでも辞めることができないと考えました。借り入れも債務もなく、とても恵まれた廃業です」と説明する。

 同社の決断を受け、県は9月から、事業承継のウェブサイトで後継者募集を始めた。同社の独自技術や低速ラッセル機などの機器を引き継いでもらう考えだ。ただ、技術の習得には最低でも3年程度の時間が必要という。さらに熟練の従業員から指導を受け、特殊な機器の修理をするには桐生市周辺で事業を行う必要があり、承継されるかは不透明だ。

 松井社長は「作り出してきた製品のカラフルさとは違い、作業は地味そのもの。私たちは色彩などの感性を製品の形にしてきた。できることならば、感性を大切にしてくれる人に引き継いでもらいたい」と話している。

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