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ネタバレ箇所あり:是枝裕和監&坂元裕二が早稲田大学の人気授業 「マスターズ・オブ・シネマ」で『怪物』を語る


是枝裕和監督、脚本・坂元裕二、音楽・坂本龍一による映画 『怪物』 が、大ヒット公開中です。出演は、安藤サクラ、永山瑛太、田中裕子ら変幻自在な演技で観る者を圧倒する実力派と、二人の少年を瑞々しくかつ情感豊かに演じる黒川想矢と柊木陽太。その他、高畑充希、角田晃広、中村獅童など多彩な豪華キャストと、まさに怪物級の才能が一堂に集結。

先日開催された第76回カンヌ国際映画祭では、コンペティション部門の公式上映後には9分半ものスタンディングオベーションで称えられ、さらに授賞式では坂元裕二が脚本賞を受賞の栄誉に輝き独立部門「クィア・パルム賞」と合わせて2冠を獲得しています。

多彩な映像制作者たちをゲストに招き、制作にまつわる様々な事柄を語る早稲田大学の人気授業「マスターズ・オブ・シネマ」に、是枝裕和監督と、脚本の坂元裕二さんがゲスト登壇し、聞き手:岡室美奈子さんのもと、約350名もの生徒たちの前で作品が生まれた経緯や制作エピソードについて語りました。

【※ネタバレ注意※】記事の中盤以降、作品の内容に関する記述が多く出て来ます。その箇所前にも注意書きいたしますので、まだ映画をご覧になっていない方はご了承ください。

◆映画『怪物』の企画発端について

坂元;2018年に東宝の川村元気さんと山田兼司さんから映画の開発に誘われました。これを言うと川村さんが違うって言われるんですけど、僕が記憶しているのは「坂元さんは連続ドラマの脚本家だから、その良さを出してほしい」という風に言われた記憶がありまして。そこから始まったという感じなんです。

(会場にいらっしゃった川村さん):坂元さんの一方的なファンだったので、「連続ドラマの脚本家だから」と表現したつもりは無かったのですが、ドラマの様に「45分走り切った作品を3本立てというのはどうですか?」とお話させていただきました。

岡室:この映画の3つの視点というのはそこから発想が?

坂元:それも大きいですね。連続ドラマというのは、「来週どうなるんだろう?」という期待感と不安を持つこと、これをクリフハンガーと言いますが、それが非常に大切。撮影が進む中で反響を耳にしながらテレビドラマの台本を書きあげていく作業を35年間続けているので、映画という、フィードバックがない状態でやるということは、私にとっては特殊なんです。
書くっていうのは、問題について考えることだと思っているんですよね。何か答えが見つかったからそれについて書きたいじゃなくて、何が問題なんだろうっていうことを登場人物と一緒に生きながら、同じ時間を過ごしながら、連続ドラマだと数か月間、登場人物と一緒に過ごしながら、この問題について考えていこうっていうことが私自身にとっての書くということ。

映画の場合は、その問いに答えをある程度想定しないと、なかなか書きづらいというイメージがあったんですが、(是枝)監督の場合は以前から撮りながら台本も作られていたり、あるいは演劇なんかだと稽古をしながら台本を作るっていうこともよく聞きますし。そういう方法もあるかとは思うんですが、今回の場合はラストを見据えないといけなかった。そこがとても大きな課題でしたし、かなり終盤まで頭を抱えていた問題でしたね。

◆是枝監督との作品作りについて

坂元:2017年に是枝監督と早稲田大学の大隈講堂で対談をさせていただいたのですが、『怪物』の企画が始まったときに、どこか是枝さんの名前は自分の中にあって。でもそれを言うと、何か悪いことをしてしまうような、悪いことというか、自分の中で控えめにしている部分を超えてしまう。不躾な人間になってしまうような気がして少し控えていたんですが、3人で監督をどなたにお願いしようかってお話ししている時に、たぶん僕の中からこぼれてしまって、お願いすることにしたんだと思うんです。

是枝:2018年に川村さんから「坂元さんのプロットを読んでほしい」というメールがきました。プロットを読む前に、坂元さんだからやろうと思いました。2017年の対談の時って、僕が8割くらい質問しているんだよね。ほとんど僕からの一方的なファンレターみたいに」と対談を振り返り、坂元さんは「監督の映画を全部見て。世の中から埋もれているドキュメンタリーも全部探し出して全部見たんですけど、対談はほぼ僕の話で終わってしまって。その時の気持ちが今回に引き継がれたような思いです。

◆是枝監督から見た、坂元さんの脚本について

是枝:何となく自分が関心を持っていたモチーフがそこに含まれていたり。時期をずらしながらですけれども、ネグレクトの問題や犯罪の加害者家族の問題など、なんとなく同じものがテーマとして引っかかっているなと。特に2000年以降ですけれども、同時代で同じものが引っかかっている作り手が一人近くにいるっていうことを常に意識しながら、僕は坂元さんを見てきました。

坂元:一番びっくりしたのは『さよならぼくたちのようちえん』というドラマを作ったときに、監督が『奇跡』という映画を作られて。それはどちらも子供たちが子供たちだけで旅をするお話で。別に社会的な問題でもなんでもなくて。でも僕の中で「これは必要だ」と思って作ったものだったんですが、その時はお会いしたこともないですから。もちろん示し合わせたわけではないですから、「同じモチーフを是枝監督と思いついたんだな」と思ったら嬉しかったです。

是枝:(『怪物』のプロットが)とにかく面白かったんですよ。読み進めていく行為自体が非常にスリリングだった。かなり攻めている。これを映画でやるってかなり挑戦的だなと思ったのでワクワクしました。子供たちの視点になって「ああ、なるほど。僕の名前が出たのはたぶんここだろう」と。この構成を受け止めて自分がどういう風にこの複数構成を作っていけばいいのかというようなことを読みながら考えたので、その段階で演出家の目で読んでいると思うんです。まだ細かく台詞が書き込まれているものではなかったと思いますが、非常に批評性がある。いろんなことに対して。今の時代に対してもそうですし、ものを作るということ、作って伝えるということに対しても、非常に批評性の高いものだなと思いました。

坂元:以前車を運転していた時に、前にいたトラックが青信号になってもしばらく進まないのでクラクションを鳴らしたところ、そのトラックが車椅子の人の横断を待っていたことを知って、とても後悔しました。見えなかったせいで、車いすの方にある種の加害性を持ってしまった。そのことをとても後悔していて。それをどのように落とし込めば、作品としてお客さんに、下世話な言い方をすると体験してもらえうことができるだろうか。その形として、自分が加害者としての主観を持ったものを作りたかった。

◆キャスティングについて

是枝:脚本化していくプロセスと同時に、キャストの名前を出していく作業をしました。坂元さんは一つのシーンの変更で着地(結末)が大きく異なる「誠実な書き方」をしていますが、前半が大体固まってきて、「じゃあキャスティングを…」と話が進んでいくなかで、徐々に徐々に具体的に台詞が書き込まれていきました。キャストが決まって、ぐっと(キャラクターの)フォーカスが合っていくっていう過程を、そばで見させていただきました。

坂元:難しかったです。テレビドラマをやっている時みたいにはいかないし。やっぱり映画を作るときは、キャラクターで描くよりもコンストラクションの方を重視しているので。テレビをやっているみたいに自由自在に登場人物が動き出すということはなかったですけど、できるだけ、できる範囲で人間らしくなるようには努力しました。

【※ネタバレ注意※】以下より作品の内容に関する記述が多く出て来ます。まだ映画をご覧になっていない方はご了承ください。

◆少年2人の描き方について

是枝:プロットを読んだ段階で勉強するべきだと考えました。これまではオーディションで会った子どもに無理がないよう、役を演じる子役に合わせていったり、台本を事前に渡さずに現場で口渡しでセリフを伝えてきましたが、今回はそれをやめた方がいいなという気持ちがあったので、きちんと相談ができる専門の方たちに入っていただき、坂元さんの本を読んでいただき、この描写の時にはこういう感情で齟齬がないかというようなことも含めて相談させていただきました。演じる本人のキャラクターに乗っかるというよりは、湊なら湊という役を一緒に作っていく。大人の役者さんと同じアプローチをしました。

子供たちが役柄を理解するため、身体の変化に関する保健体育の授業を受けてもらい、LGBTQの子供たちを支援している団体のスタッフから様々な性自認があることを教えていただきました。インティマシーコーディネーターにも台本を読んでもらって、役を演じるだけではなくて、演じていない時間も含めて、子供たちがどんな感情的なストレスを抱えているか、抱えていないかということは、なるべく観察しながらの撮影というのを心がけたつもりです。ただ東京を離れて地方ロケ、ずっとホテルで長く生活をしながらの撮影だったので、色々大変なことはあったと思いますが、なんとか無事に撮影は終えられたと、僕から見ている範囲では思っています。

◆黒川想矢さん(麦野湊 役)と柊木陽太さん(星川依里 役)について

是枝:クラスメートも含めていろいろ役を変えながらオーディションのプロセスでお芝居したんですけども、最終的にはこの二人以外はありえないなというのは、たぶん立ち会ったスタッフみんな共通だったと思います。そのくらい特別な二人でした。

坂元:3部は自分の子供時代や秘密基地を作っていた友人との関係を思い出しながら書いたのですが、自分が黒川君の役になったような気分になりながら映画を見て、ふって柊木君を見たら…僕の記憶の中にいるその友達が柊木くんと同じ顔をしていて。名前も忘れて顔も何となく忘れていたんですが「あ、この子だったんだ!」と。同じ子なんじゃないかって思うくらいの、すごく不思議な感情が動いて。ちょっとびっくりしたことがありました。

是枝:友人から、カンヌで僕と坂元さんが並んでいる姿が、「あの男の子二人が大きくなったみたいに見えた」って言われて(笑)。大きさのバランスでそう見えたのかなとかいろいろ考えてましたが(笑)、ちょっと不思議な感じはしました。

岡室:私も『GQ』に「最後のシーンの2人が、未来にむかっていく是枝さんと坂元さんの様だった」と書かせてもらったので、同じことを考えている方がいて嬉しいです(笑)。

◆これまでの作品と『怪物』

坂元:これまで描いてきた加害者の物語も、今作での少年二人の話も、僕は自分の経験をベースにしていて。このドラマとお前の人生に何の関係があるんだと言われるようなものも、自分の経験と自分がその時に感じたことをベースに作っているので、とにかく自分の中にあるもの、それを誰かこの人に届けたいという一人の人を想定して、その人に向かって届ける。それが全てなんです。だから自分の中では嘘はついていないし、自分が子供のころに感じた感情、小学校から中学校の間に出会ったいくつかの出来事や友達との関係や、そんなものをすべて思い返しながら書いたので。勇気というよりは、自分のことをいつものように書いた。それは他の人から見ると「この話のどこがお前なんだ」と思うかもしれないし、僕が黒川くんって言うと「そんなかっこよくないよ」って言われるんですけど(笑)。やっぱり自分は彼に投影したりしながら書いていました。

岡室:本作を羅生門スタイルと称する人もいますが、私は違うと感じているのですがいかがですか?

坂元:『羅生門』っていうのは伝言ゲームというか、話者によって話が変わっていくという「人の話は当てにならないよね」みたいなところかと思うのですが、(今作は)ファクトは一つで、それが視点によって見えるものが変わっていくというお話という方が近いので。似ているところもあれば違うところもあるかなという風には思っています。最近だと『最後の決闘裁判』のほうが、この作品に近いのかなっていう気はしました。

是枝:坂元さんは、突然視点を変えて、別の人の目線で語りなおす、気になった人を掘り下げて別の角度から見ていくっていうことが、『カルテット』とか他のドラマでもたびたびあって。それを今回は1本の映画の中でされたのではないかという風には思っています。だから『羅生門』構造というよりは、坂元裕二(構造)のような。

坂元:自分のさじ加減で悪い人に見えるように描くっていうのは、作っている人間は、実はちょっと罪の意識は感じているんです。「本当はこっち(別の角度)もあるんだよね」って。『Mother』の8話とか。『それでも、生きてゆく』とか『カルテット』もそうですけど、見えていないところにこういうのがあるんだけどなっていうのは、出したくなってきますよね。

◆学生からの質問「脚本を書き直さないで撮影する場合と書き直しながら撮影する場合で、どんな違いが生まれますか?」

是枝:今回は2018年に僕が参加してから(脚本の)決定稿に至るまでに、ある程度というか、かなり試行錯誤を坂元さんもされながら、これしかないという形にたどり着いているので、まず納得度が高かった。それで現場がもし楽しくなかったり窮屈に感じたりしたら、つまんないなと思っていたんだけど、全然そんなことはなかったです。映画の中に窓ガラスの泥を拭くシーンがありますが、窓ガラスの向こうに何があるのかを、二人で手でかき分けながら、その先に何があるかっていうのを探っているような状況が、ずっと続くんですよ。映画の現場って。窓を開けたら何もない時もあるんだけど、その作業自体は変わらずにありました。今回の現場も。それは自分としてはとても発見というか、楽しいなと思いました。

坂元:監督が書いたセリフって少ないのですが、どれもオセロをひっくり返すような素晴らしさでした。例えば、ジャングルジムで宇宙の話をするシーンでの「じゃあ準備をしなきゃね」というセリフは是枝さんが提案してくれました。(学生の中に)脚本の勉強をしている方がいたら、このセリフについて考えてほしいです。このセリフがあるのとないのとではどう映画が違うのか考えてみてほしいです。

(脚本には)そんなに注文を出されなくて、ここがいいよねっていうお手紙をくださるんですけど…ちょっと意地悪な言い方をすると、すごく手のひらの上に乗せられているというか。「ちょっとここのボタンを押すだけで、お前の書いたものは全部変わるんだぞ」みたいなものをね、マジックを見せられたような気分を味わいながら、いつもやっていました(笑)。是枝さんを語るときに、ドキュメンタリータッチとか、即興ということをよく言われるんですけど、こんなに日本一脚本がうまい映画監督は他にいないと思っています。是枝さんの台本を何冊も読んだことがあるんですが、めちゃくちゃ脚本がうまいんですよ。「(脚本を書く上での)教科書的なものが全て網羅されていて、こんなにしっかりとした脚本はないんです。

是枝:(照れ笑いをしながら)そろそろ終わりますかね。裏でとても不自然なことをいろいろやらないと、自然には映らないんですよね。もちろん役者もそうですけど、子供たちが自然に見えるのはしっかり演じているから。もし作り手目線で見るのであれば、そう思っていただいて。好きにしてくれって言って撮れば自然に見えるかって言うと、絶対そんなことはないので。そこは注意しながらやっています。

講義の最後には、カンヌ国際映画祭での受賞を祝し、花束が贈呈されました。

(C)2023「怪物」製作委員会

【※ネタバレ注意※】以下より作品の結末に関する記述が多く出て来ます。まだ映画をご覧になっていない方はご了承ください。

岡室:Twitterなどで感想を検索していると、最後のシーンで死のイメージを持っている人が多いことに驚きました。私は希望的なシーンだと思ったので。映画というのはもちろん観る人に委ねられていると思うのですが、聞いてもいいですか?

坂元:このシーンの撮影にいなかったので、僕が話しても良いなかな?という気がしますが、いちスタッフの意見として、僕の認識は一択で彼らはこのまま生きている。

是枝:彼らが自分達の性を肯定して終わろうというのは共通認識にありました。映画を深読みをすることは否定しないし、悲劇的な話が好きな人もいるのも分かるのですが、最後のシーンの光がそう思わせている部分がある様で、実際に撮影の近藤さんと「そう見られないように光を減らしますか?」という相談もしました。

坂本龍一さんの『Aqua』という曲を使わせていただいていますが、オフラインからこのシーンに『Aqua』を当てていて、なにかを寿いでいる曲だと思ったんですね。祝福して終わる話だと思った。僕ら大人は嵐の中にとりのこされているけれど、2人には光がある。そんな事をと思って作っているので、その部分は(黒川さんと柊木さん)2人にちゃんと伝えました。柊木くんは役について何も質問してこないけど、黒川くんは湊の役をしかり作って挑みたいタイプ。「湊はどう思って、どう役作りしているんですか」と、僕にもサクラさんにも瑛太さんにも毎日毎日聞いていて。「湊は生きていますか?」と聞かれたので「生きているよ」と明確に答えました。

岡室:是枝監督が「僕ら大人は嵐の中にとりのこされているけれど、2人には光がある」とおっしゃっていましたが、映画の中の大人の希望はいかがですか?

坂元:里織という母にも、保利という先生にもどこか罪があって、その罪について考える時間がこれから生まれるので、それが映画を観た人にも伝わればいいと思います。

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