はじめに


吉祥寺で写真集を中心にアートブックやリトルプレスを扱う書店「book obscura」。店主の黒﨑由衣さんは自他ともに認める写真集オタクで、好きな作品はページを開かずともどこに何の写真があるのか鮮明に覚えているのだとか。写真史、カメラに写真家の深層心理まで、あらゆる作品と出合い分析してきた彼女に、旅気分になれる写真集を選んでもらいました。一緒にページをめくっているような心地で、脳内トリップを楽しんでみて。

Text&photo: 黒﨑由衣

①Studio Journal knock 7: Ephemeral Paradise 2,750円(税込)


写真家の西山勲さんが1人で写真も文章もデザインもこなして、自らの手で毎号作っているインディペンデントマガジン「Studio Journal knock」。西山さんが世界のアーティストのStudio(=アトリエ)をJournal(=訪ね)して、knockしに行くというコンセプトで、毎号「ヨーロッパ」、「南米」、「タイ」など国ごとに分かれて特集されています。7号目となる本書では、モロッコ・チュニジア・エジプトと北アフリカにいる詩人やコラージュアーティストを訪ねています。
旅に行く前は、どうしても観光やショッピングなどの情報ばかりインプットしてしまいますが、本誌には、現地で暮らし、現地で表現するアーティストの姿があります。彼らを知ることで、旅に行く国の土地や風土がより理解できるのではないでしょうか。
洋書と勘違いしてしまうほどのクオリティーに見えるのは、やはり爽やかなテイストの西山さんの写真の存在感があってこそだと思います。ぐっと被写体に寄り添い、関係性を築いたからこそ撮れる距離感が、読者の私たちとアーティストたちを優しく繋げてくれます。「Studio Journal knock」と心地よい音楽があれば、ゆっくりと彼らと対話させてくれる空間が生まれる、そんなオフの時間にぴったりのマガジンといえるかもしれません。


②AMERICAN PROSPECTS / Joel Sternfeld (ジョエル・スタンフェルド)10,450円(税込)


1930年代からカラーフィルムが発売されていたのにも関わらず、美術の世界がカラー写真を「良い!」と認めたのは1970年代後半の話です。新しくカラー写真の時代が来た! ということで、その時代はニューカラー時代と呼ばれています。そのニューカラー時代を代表する写真家の1人なのが本書のJoel Sternfeld (ジョエル・スタンフェルド)です。
大判カメラという鮮明に撮影できるカメラで撮影したからこそ、アメリカの広大で美しい風景が余すところなく焼き付けられている写真集。彼の写真の面白さは、一見美しい世界なのだけどよく見るとビックリする環境であったり、驚くような物が写っているところです。近頃の私たちも、面白いものを見つけるとすかさずスマホで写真を撮ってしまいますが、さすがアメリカ、そのスケールが違います。思わずクスっと笑ってしまうスタンフェルドの写真は、70年代後半から80年代にかけて彼が車で全米を周り撮影していたものたちです。
アメリカの魅力の1つは、「荒野」であること。日本とはまた違う自然環境の「むき出しの岩」や「砂地」などの写真を見ていると、ロードトリップや放浪などの映画になりそうな旅をしている気分になります。スタンフェルドが見つけた面白いものを見つけながら、彼が辿った全米の旅を一緒に回ってみてください。

③Saskia サスキア / 鈴木理策(Risaku Suzuki) 5,500円(税込)


こちらは日本の写真家・鈴木理策さんの写真集。アメリカ西海岸で暮らすご友人の結婚式を訪れた際に撮影した写真たちが纏められています。空港なのかどこかのラウンジで招待状片手に撮影した1枚から始まり、ジャイアントセコイアのような森林の木漏れ日が差し込む風景写真が続き、やっとタイトルページに辿り着くと、そこから結婚式の風景が広がります。
新婦を見守る両親、お父さんと歩くバージンロード、神父さまが微笑む前での誓いの言葉。教会ではなく自然の中で行われる結婚式の様子は、美しい光につつまれ、桜や雪など自然を撮影したら類を見ない作品になる理策さんらしく、やわらかさと力強さが細部まで現れています。 結婚式の終わりを悲しむように夕暮れが辺りを赤く照らし、翌日も結婚式当日と変わりない青空が新郎新婦を照らしています。
リラックスモードの新郎と新婦さんの笑顔を見ていると、彼らの生活が始まったのだな、これからなんだなと新鮮な気持ちになります。 集まった客人が帰る中、最後の風景は本書1枚目の写真に写っていた招待券の絵柄と構図が一緒です。 その絵は紛れもなく、結婚式の会場である森の風景だったのです。ロードトリップのような、短編映画のような編集になっているので、いつでも表紙を開けば幸せのお裾分けをもらいに行ける、そんな1冊です。

④NatureBoy(ネイチャーボーイ)創刊1号 特集:西表島 2,640円(税込)


本書は沖縄本島よりもっと西、石垣島の隣にある亜熱帯の秘境・西表島が特集テーマ。番外編ではヒマラヤや屋久島、そして海の中まで、圧倒的な自然が340pカラーという分厚い冊子の中に詰め込まれています。小学生の時に夢見た冒険心を呼び寄せて、自然に没頭することができます。読み終わった後は、まるで南の島へプチ移住した気分になるから不思議です。
現地の人と一緒に暮らし、文化を体感することでわかることもあります。そんな体験がありありと綴られており、観光ではない、本当の旅とはこういうものなのだと気づかされました。
南の島と聞くと夏をイメージしてしまいますが、筆者いわく西表島のおすすめ時期は3~4月なのだとか。暑くなくて台風も来ず、天気のいい景色を堪能できるからだと。今から計画すれば間に合いそうですね。本書を読んで西表島の本質を知って、その心と体で体感しに行ってみてはいかがでしょうか。
◆book obscura(ブックオブスキュラ)
住所:三鷹市井の頭4-21-5 #103
アクセス:JR・京王井之頭線「吉祥寺駅」から徒歩10分
電話:0422-26-9707
営業時間:12〜20時 
定休日:火・水曜日 ※火・水曜日が祝日の場合、翌日が定休日
HP:www.bookobscura.com ※公式サイトから写真集の購入も可能です


◆黒﨑由衣
青山一丁目にあった旅の本屋「BOOK246」、神保町「小宮山書店」を経て、吉祥寺・井の頭にて写真集専門書店「book obscura」を夫である編集者・小林昂祐さんとともにオープン。店内のギャラリーでは不定期で写真展も開催している。筋金入りの写真集ヲタク。


情報提供元: 旅色プラス