はじめに


最近注目を集めている苔を楽しむ旅。実は石川県小松市には、「苔の里」という、まさに“コケトリップ”のためのスポットがあるんです。その魅力をコケ愛好家・藤井久子さんに案内していただきました。ここではどんなコケに出合えるのでしょうか?

text:藤井久子

スギ林の中の小さな集落、日用町の苔の里


北西部には日本海、東には霊峰・白山を望む、石川県小松市。美しい里山の風景が残る山間部に、日用町(ひようまち)という小さな集落があります。日用神社を中心に、スギ林の間には見事な苔庭を持つ古い民家が点在。日本の昔ながらの美しい景観は、県内外から高い評価を受け「美しい日本のむら景観百選」にも選ばれるほど。「苔の里」は、そんな日用町の住民らが長年大切に守ってきた私有地の苔庭の一部を国内外の人々にも鑑賞・活用してもらおうと開放した特別なエリアです。
日用町はもともと、年輪が細かく美しい木目が特長の銘木「日用杉」の産地でした。地元の人がスギの落ち葉を燃料として集める際、それが同時に地面を手入れすることにもなり、コケが自然と増えていったのだそうです。おそらくスギの木立がつくる木漏れ日と夏でも涼しい環境、そして谷あいならではの空中湿度の高さもコケの生育に適していたのでしょう。いまでは、コケとスギ、そして古民家から成り立つこの場所は、コケが好きな人に限らず、訪れる人誰にでも自然の情緒をしみじみと感じさせてくれる唯一無二の空間となっています。

苔の里の魅力①静寂に包まれた空間がすばらしい


では、苔の里鑑賞の具体的なポイントを紹介しましょう。最初に小さな木造の門をくぐると、土を盛り上げて作られた築山(つきやま)が目の前に現れます。その斜面をどこまでも覆うコケの大群落は“コケの海原”と呼びたくなるような圧巻の風景です。まずは足を止めて、コケのマットに木洩れ日が射す様子、曲線的なコケと直線的なスギのコントラストの妙など、この空間の美しさをじっくりと味わってみましょう。

そして、この空間特有の“静けさ”にもぜひ耳を澄ませてみてください。コケの葉は柔らかく密に茎についていることもあり、コケが一定量集まると周囲の音を吸収するクッションのような効果があるといわれています。コケが広く地面を覆う苔庭に独特の静けさがあるのはこのためなのでしょう。日常とは一線を画したこの静かな空間の中に身をおいていると、いつのまにか自分の心もほどけるように軽くなっているのを感じます。

苔の里の魅力②さまざまなコケの表情が楽しい


小道を進み、築山に近づいてみると、より一つひとつのコケの表情が明らかになってきます。この庭を構成している主なコケは、スギゴケ類、オオシッポゴケ、ヒノキゴケ、ハイゴケ、フトリュウビゴケ、コウヤノマンネングサなど、中型~大型のコケたち。また苔庭には珍しいミズゴケ類も見られます。そしてスギの足元に視線を落とすと、ホソバオキナゴケの群落がこんもりと饅頭のように盛り上がって、なんともかわいらしいこと。ぜひ、さまざまなコケの表情を楽しんでみてください。
▲ヒノキゴケの群落と、そこに点在するコウヤノマンネングサ
▲スギの足元に生えるホソバオキナゴケ

ちなみにコケは種類によって生える環境が決まっています。コケの種類に詳しくなりたいという人は、生育基物(何の上に生えているか。土、樹幹、岩など)、日当たり、コケの様子などを観察・撮影するとともに記しておくとよいです。ただし、くれぐれもコケを踏んだり、みだりに触ったりしないように注意してくださいね。

苔の里の魅力 ③日用神社でタイムスリップ



さて、苔の里はこの苔庭から車道を挟んで向かいに位置する日用神社まで続きます。
神社には白山の神が祭られ、昔から地元の人々の心のよりどころとなってきました。こちらの境内の足元は、一面ヒノキゴケが絨毯のように広がり、息をのむような美しさです。また、狛犬や灯篭などの人工物もコケに覆われて、優しい雰囲気を醸し出しています。

▲日用神社の地面に繁茂するヒノキゴケ


50年前も100年前もおそらく今と同じようにこの地を覆い、神に祈る人々の姿をそっと見守ってきたコケ。この場所でコケを眺めていると、なんだか昔にタイムスリップしたような不思議な気持ちになります。

苔の里の魅力 ④苔庭掃除、「苔ゼミ」などのイベントに参加できる


現在、日用町には7世帯が暮らしており、苔庭の維持管理に携わっているのは有志の10人ほどだそうです。2000年に有志らが設立した「日用苔の里整備推進協議会」では、より多くの人に苔の里を知ってもらい、自然と共生する日本文化の価値をグローバルに、そして次世代へ伝えることを目的とした環境教育や国際交流活動に近年力を入れています。

また、サポーター制度を設け、ボランティアサポーターによるコケの植え付けや落ち葉掃除のイベントも定期的に開催中です。県内外問わず、コケが好きな人、苔の里に興味がある人であれば誰でも参加できるので、ご興味があればぜひ。


▲Wisdom Houseの窓から見える苔庭

その他、コケ研究者によるコケ講座「苔ゼミ」や、敷地内にある築100年の古民家をリノベーションした交流体験施設「Wisdom House」でのJAZZコンサートなど、さまざまなイベントも年に数回開かれています。イベントの詳細や最新情報は、苔の里(叡智の杜プロジェクト)のホームページをご覧になってみてくださいね。

◆苔の里/叡智の杜
住所:石川県小松市日用町寅71番地ほか
アクセス:小松空港から車で約25分、JR小松駅・加賀温泉駅から車で約20分
入園可能時間:9:00~16:00。冬季以外休日なし(ただし、都合により鑑賞できない場合あり。荒天時および12月中旬頃~3月中旬頃は休園)
入園料(環境整備協力金):500円(小学生200円)

おわりに


北陸は低温多湿な気候で、じつは知る人ぞ知る日本屈指の“苔庭最適生育地”です。実際に北陸を訪れてみるとわかりますが、街角の地面や石垣などなにげない場所にもコケが青々と元気に輝いていたり、一般家庭にも立派な苔庭があったりと、コケのレベルが高くて驚かされます。

苔の里と同じく小松市内にある那谷寺や、もう少し足を延ばして兼六園(石川県金沢市)、平泉寺白山神社(福井県勝山市)なども見事な苔庭が楽しめるコケの名所。興味のある方は、ぜひ“北陸コケトリップ”に出かけてみてくださいね。


◆藤井久子
ライター/エディター。著書に『コケはともだち』(リトルモア)、『知りたい 会いたい 特徴がよくわかるコケ図鑑』(家の光協会)。岡山コケの会、日本蘚苔類学会会員。趣味はコケ散策を兼ねた散歩・旅行・山登り。




情報提供元: 旅色プラス