日本の食用貝類のうちもっとも高級食材とされ、海士(あま)漁業 の最重要種でもあるアワビ。秦の始皇帝に仕え、船団で日本列島に渡ってきたとされる伝説の人物・徐福の目的は不老不死の仙薬を求めてだった、ともされますが、この仙薬こそ日本の海辺の岩礁に数多く生息するアワビであったとの説があります。生命力に満ちた身は滋養とうまみに富み、まさに仙薬の味わい。中でもクロアワビは、味や歯ごたえなど、もっとも美味しいとされる超高級貝です。また希少な超高級種としてクロアワビ以上の高値のつく大型のマダカアワビ。それらアワビの旬がはじまるのが初夏5月です。


お皿のような形をしているのに実は巻貝。アワビの不思議

アワビ(鮑 鰒 蚫 abalone/ ear shell)古腹足目ミミガイ科アワビ属に属する巻貝。え?巻貝?と思われる方もいるかと思います。人間の耳の形にも似ている楕円形の貝殻は、むしろ一見ハマグリやアサリなどの二枚貝の仲間に思われがち。でも貝殻は二枚貝のように上下二枚はなく片側だけです。さらに貝殻には螺塔と呼ばれる螺旋のでっぱりが存在し、螺塔を中心に渦を巻くような模様も見られ、サザエやカタツムリなどと同じ巻貝の仲間だとわかります。平ための皿のようなアワビの形状を、さらに巻きを強く、出入り口をすぼめて螺旋形の深い洞窟を作って身を守るように進化したものがサザエやイボキサゴなどのいわゆるよく知られる巻貝です。逆にここから重い殻を退化させ、機動性を高める方向に進化したのがウミウシやクリオネなどになります。

アワビの仲間のミミガイ科の貝は世界に80~100種ほどいますが、このうち食用とされる大型の貝を「アワビ」と言い、クロアワビ、メカイ(メガイ)アワビ、マダカアワビ、エゾアワビの四種が知られています。同じく食用にされるアワビをこぶりにしたようなトコブシもアワビ属で、広義ではアワビの一種とされます。藻食性で、ワカメやアラメ、カジメ、マクサなどの海藻を、ヤスリのような歯舌でなめ取って食べます。このあたりも、カタツムリなどの巻貝とよく似ていますね。

産卵はどの種もおおむね海水温が20℃で始まる事が分かっており、このため房総半島以南の暖海に住むクロアワビ、メカイアワビ、マダカアワビは、水温が下がり20℃を下回った晩秋から冬にかけてが産卵期。茨城以北の寒冷帯に適応したクロアワビの亜種エゾアワビは、水温が上がって20℃を超える夏から秋が産卵期となります。これらの繁殖産卵期はほとんどの地域で禁漁となるため、クロアワビ、メカイアワビ、マダカアワビは冬が過ぎた4~5月ごろに漁が解禁となり、初秋の9月ごろまで漁期が続きます。エゾアワビはこれとはずれて、冬から春の初めが漁期。日本国内で流通するアワビは東北などで産するエゾアワビがもっとも多いのですが、最高級品はクロアワビとされ、英語でもJapanese Abaloneとも言われるほどのアワビの代表種。市場の値段もエゾアワビより高くなります。アワビの仲間でももっとも筋力が強く、速い速度で這い回ることが出来るため、その味も濃くなります。

クロアワビの主な産地は、紀伊半島、長崎県五島列島、伊豆半島、淡路島などの太平洋沿岸や暖流の影響を受ける外洋に面した磯場ですが、中でも千葉県外房~南房総のアワビは絶品の最高級品とされています。

この他、加工品としては山梨県の「アワビの煮貝」や伊勢の「参宮アワビ」、伊勢神宮に奉納する「熨斗鮑」などがあります。

そして、加工品の中でも知る人ぞしる珍味こそ、岩手県の名産「としる(としろ)」です。

実は巻貝の仲間なんです


「ネコの耳が落ちる」「肌や目がきれいな子が生まれる」アワビのキモにまつわる言い伝え

アワビのキモ(ツノワタ)は、流通量があまり多くなく、アワビの取れる漁場の町や漁師間で消費されてしまうものがほとんどですが、身と同様、風味や食感がよく、珍味として知られています。エゾアワビの漁獲量が多い岩手県では、アワビのキモを「としる」または「としろ」と言い、刺身や水貝、煮物にするほか、塩辛として瓶詰め商品となっています。としるの塩辛は非常に濃厚な磯の風味で、酒のアテとしてはこれ以上のものはない味わいですが、塩辛のラベルにも、食べ過ぎると皮膚炎や光を眩しく感じるなどの光過敏症になることがある、と注意書きされています。これは、アワビの餌である海藻類の葉緑素であるクロロフィルが体内で分解され、マグネシウムなどが切り離されたフィオフォルビド(pheophorbide a)が生成されて中腸線(軟体動物の消化管の中腸に開口する、盲嚢状の器官。肝臓・すい臓・消化管の機能がある)に蓄積され、まれに光過敏症を起こすことがあるため。日光に当たりやすい部分が皮膚炎を起こしたり、瞳孔が開き気味になり光を眩しく感じたりなどの症状が現れるとされています。重症になることはめったにありませんが、ネコの場合、毛が薄く皮膚が日光に当たりやすい耳に症状が現れ、かいてただれ、体が小さいこともあって時に耳が壊死してしまう、というようなことがあったようです。特に春先から初夏のアワビのキモにはフィオフォルビドが多いともされています。その時期に紫外線が強くなり、症状が出やすくなる、と言うこともあるのかもしれません。

反面、アワビの貝殻は石決明(せっけつめい)という名の漢方としても用いられます。アワビ、トコブシなどの貝殻を洗浄・乾燥させたもので、肝機能の改善やかすみ目・疲れ目、視力回復や眼病などに薬効があるとされます。光を感受する感覚器官である目や、その目や皮膚の機能と関連の深い肝臓と、アワビに含まれる成分とは、古くから関係があることが経験的にわかっていたようで、妊婦がアワビを食べると目のきれいな(視力のよい)子が生まれる、肌の美しい子が生まれる、という言い伝えは日本各地に残り、それも特にキモを食べるとよい、とも言われていました。まさにこれは光過敏症を引き起こす成分が、逆に胎児の目や皮膚の形成発達に寄与する成分でもあるということを示唆しています。


伝説の大アワビ、その名は「器械根アワビ」

さて、最高級クロアワビが採れる外房は、乱獲や環境汚染により今では希少になってしまった天然のマダカアワビの産地でもあります。

いすみ市の沿岸、大原漁港から東へ十数キロ沖合には「器械根」と呼ばれる水深20~30mほどの岩礁群があります。房総半島や神奈川県の三浦半島沿岸の海底の各地には方言でネ=根と言われる岩礁地帯があり、「ネ」の付近の海面は良漁場として知られていました。この中でも器械根は広大な岩礁群で、北上する暖流の黒潮と南下する寒流の親潮がぶつかりあう箇所に当たり、世界的にも有数の好漁場となっています。器械根という呼び名は器械潜水が各地で行われるようになった明治後期ごろからで、かつては「大根(おおね)」「中根」などと呼ばれる東西、南北にそれぞれ8kmにも及ぶ範囲に広がる大岩礁群です。九十九里浜の南端の大東崎から東方の海中に延びた第三紀層の泥炭岩で、カジメが大森林のように生息し、イセエビ、ヒラメ、タコ、タイ、イワシ、イサキ、サザエなどが豊富な餌で大きく育ちます。そして「鮑礁」とも呼ばれていたほどのアワビの大繁殖地。ここで育つマダカアワビは特に巨大になることでも有名で、全国からこの漁場を目指して漁師が集結し、アワビをとりつくした明治期の乱獲がたたり、特産の器械根アワビ、つまり特大マダカアワビは、現状漁を解禁したり禁漁にしたりを繰り返しており、2017年より漁が中断されています。重量5kgにも迫ったといわれる幻の器械根アワビが復活してほしいものです。特大マダカはめったにお目にかかれなくなりましたが、今でも2kgに迫る大物が時折上がるようです。

獲れたてのアワビ

アワビの踊り焼き(残酷焼き)や生きたまま切断してこりこりとした食感を作り出す食べ方は残酷ですが、アワビに限らず美味しい貝をいただくには、生きたものを調理する以上の方法はありません。でも、貝を殺して食べることに悼みを感じる心がなければ、仮に資源が復活してもかつてのような無闇な乱獲がまた繰り返されるでしょう。アワビのお造りのあのこりこりの食感は、神経を切断されたアワビの強い痛みからくるもの。貴重な命を、ありがたくいただきたいものです。

目八譜 第十一巻(武蔵石寿 国立国会図書館デジタルコレクション)

アワビ類の漁獲動向

光酸化的溶血反応を用いた光過敏症防御物質の探索

情報提供元: tenki.jpサプリ
記事名:「 母親が食べると目と肌のきれいな子が生まれる…?アワビ伝説の真相とは