弥生三月も半ばです。太陽の光が春めいてくると身体の中になにか躍動する心が湧き上がってきます。若芽が萌え出はじめると土も輝きます。大地が水を得て多くのものをこの世に産みだしているからでしょう。蕗の薹、芹、菜の花、こごみ、筍と春野菜や山菜がでまわります。どれもほろ苦いものばかり。昔から春の苦味を食べれば1年を健康に過ごせる、といわれています。先人の知恵にはしっかりと耳を傾けたいですね。なんといっても新芽の輝きには命がやどっているのですから。


なんで春野菜には苦味があるの?

苦味とは、そもそも植物が自分自身を守るための成分だということです。自分の力で移動できない植物が、動物に食べられてしまわないようにと、長い間かけて作りだしてきた自然界へ抵抗する力。それが、苦味やアクといった成分なのです。ですから春野菜に限らず、どんな野菜や果物でも、植物ならば、この苦味成分が存在します。とくに春は生きものにとって成長の始まりの時季。生まれたばかりの新芽の苦味はフレッシュ、まさに生命力のあかしです。
先人たちは若い芽をもとめて野山へでかけ、若草や木の芽を摘んで食べました。自然の精気を身体に取り入れていったのです。やがて夏へとすすみ草の根は大地の中で養分を蓄え、木の芽は実を結んで熟していきます。秋には大地の実りを食べて力をつけ、冬へと向かいます。循環する自然の中で恵みを得る風習は、生きる知恵の伝承でもあったわけです。植物が作りだした苦味は、人間の身体にとっても大切な抵抗力へとつながっていくのです。


「苦味受容体」これが守り神!?

「にがい!」といったら先ず「まずい!」ということです。これが植物の抵抗力。あなたには毒ですよ、だから食べてはいけません、ということです。人間の味覚は4つ、甘い、酸っぱい、塩からい、苦い、に区別されています。もう一つ日本人には昆布出汁に代表される「うま味」を含めると5種類の味覚があります。私たちは、この味覚を使って口に入れた物を飲み込んで体内に入れてもいいかどうかを判断しています。
実はこの苦味が私たちの身体を「細菌から守る」という大切な役割を果たしていることがわかってきているのです。春の苦味は身体にいい、という言い伝えが、科学でも解明されてきたということです。苦味を感じるタンパク質「苦味受容体」の働きは、侵入してきた細菌に対してそれぞれ役割をもつ細胞に指示を出します。まず線毛を働かせて外へ押し出し、殺菌のために一酸化窒素を噴き出させ、さらに抗菌タンパク質を放出させて病原菌を殺すという3種の防御反応を連鎖して実行させるというわけです。
「苦味受容体」は舌だけでなく鼻、気道、心臓、肺、腸といった器官にも存在し、体内に入ってきた物質に対して素早い反応をする見張り役なのです。この素早さは害を及ぼす可能性のあるものは早く知らさなくてはいけない、という生命の本能が発達させたということです。命を守る行動はまさに時間が勝負です。


春野菜は思いきって「生」で食べてみよう!

「え! 生で?」と驚かれるかもしれません。動けない植物が昆虫や動物を撃退しようと発達させた守りの有毒物質は、どんな野菜や果物にも低い濃度で含まれており、もちろん人間も食べて生きてきました。「苦味受容体」が体内に入ってきた細菌を撃退するのと同時に、私たちの身体の中では有毒物質にさらされた細胞が穏やかなストレス反応を起こします。このような弱いストレスに身体が適応していき、しだいに抵抗力や回復力が高められていきます。こうした過程を「ホルミシス」といい、少しの毒は薬になるといわれるゆえんです。
春野菜は苦味やアクが強いから充分あく抜きをして、とよくいわれますが採れたて新鮮なものでしたらぜひ、ほんの少しは生で食べてみるのはいかがでしょうか。植物が持つ抵抗力を私たちにも分けてもらう、そんなつもりで生命力アップを図ってみようと思います。もちろん胃の弱い方は無理をしてはいけません。大量に食べるのもかえって逆効果です。毒は薬、薬は毒です。
天と地がこれほど生き生きとする季節はありません。土の輝きは瑞々しい新緑へとつながり、目にも活力を与えてくれます。見まわせばエネルギーの詰まった芽があちこちに出てきています。寒さで縮こまっていた身体を伸ばして新鮮な息吹をしっかりと取りこんでいきましょう。

参考:
『別冊 日経サイエンス 食の未来』日経サイエンス社