「現代の奴隷」 台湾の漁船ではびこる人権侵害
台湾のはえ縄漁船団の総数は世界第2位を誇り、何か月、時には何年にもわたって遠洋で漁を続け、スーパーマーケットに海産物を供給している。
しかし、船内で働くほとんどは、フィリピンやインドネシア、ベトナムからの貧しい出稼ぎ労働者だ。彼らは、過酷な労働時間、減給、何か月にも及ぶ家族との連絡途絶、日常的な殴打、さらには洋上死など、悲惨な現状を訴えている。
米国は昨年、台湾の遠洋船団が捕った魚を「強制労働によって生産された品目リスト」に初めて加えた。独裁制を脱し、アジア有数の先進的な民主主義体制を標榜(ひょうぼう)する台湾にとっては、ばつの悪い措置だった。
台湾は近年、アジアで初めて同性婚を合法化し、蔡英文総統が先住民族に歴史的な謝罪を行い、さらに、戒厳令施行下で横行した人権侵害の解明にも取り組んできた。しかし、30億ドル(約3300億円)規模の水産業で労働者が虐待されている問題に関しては、ほとんど進展が見られない。
AFPがインタビューした出稼ぎ漁船員らは、1日最長21時間労働が常態化し、言葉や身体的な虐待を受け、外界との接触も遮断されていたと証言した。ようやく賃金を受け取っても、多くの場合、あっせん業者が約束した額より少なかった。
インドネシア人のスプリさん(インドネシアでは珍しくない1語のみの名前)は、台湾漁船で船長に毛嫌いされ、何かにつけて叱責され、冷凍庫に閉じ込められたこともあれば、船長が命じた他の乗員から魚を殺すのに使用するスタンガンを体に当てられたこともあったと話す。「家に帰りたいとずっと考えていた」とスプリさん。「死にたくなかった。家族にまた会いたかった」
■「病気でも働かされる」
国際NPO「環境正義財団」は、台湾のはえ縄漁船で働くインドネシア人を調査し、昨年、その結果を発表した。それによると、はえ縄漁船の25%で身体的な虐待、82%で過度な残業、92%で減給が行われていた。
同財団に所属するインドネシア在住のモハマド・ロムドニ氏は、台湾船の労働条件は、世界最大の漁船団を擁する中国に比べるとわずかにましだが、「それでもひどい」と語る。「食べ物をかめて飲み込める船員は、病気でも働かされる」
マニラのNPO「国際海員行動センター」を率いるエドウィン・デラ・クルス氏は、台湾漁船の労働条件について端的にこう指摘した。「現代の奴隷労働だ」
フィリピン人船員のマルシアル・ガブテロさん(27)が長期操業から戻ると、妻は家を出ていた。しかも、あっせん業者が支払ったのは、月給250ドル(約2万7000円)の5分の1のみだった。
ガブテロさんは、船上ではほうきの柄でよく殴られたが、抗議はしなかったと言う。「私たちにはどうすることもできず、契約が終わるまで耐えるしかなかった」
世界の漁船上の虐待を監視するNGO連合「水産ワーキンググループ」の推定によれば、台湾の遠洋漁船では約2万3000人が働いている。
同連合は今年、米政府の人身売買年次報告書で台湾を降格するよう勧告。出稼ぎ漁船員が被っている賃金削減や強制労働、殺人、海上での行方不明事例があると指摘した。
■検査や法執行の対象外となる「便宜置籍船」
中でも最悪の事例が確認されているのは、台湾所有の遠洋漁船が、規制が少ない国から「便宜船籍」を得て台湾領海外で操業しているケースだ。台湾の遠洋漁船は、当然ながら台湾の雇用規則に従わなければならないが、便宜置籍船は公的な検査や法執行の対象外となる。
台湾政府の漁業署は、強制労働や人身売買に関する関連規則を「適時に」改定する「行動計画」を台湾政府に提出するとした。
しかし、同政府の監察院の5月上旬の報告によると、漁業署や他の省庁は漁業での人権侵害を認識していながら、何ら具体策を講じていない。
出稼ぎ船員を支援する台湾の労働組合、宜蘭県漁工職業工会の李麗華氏はAFPに訴えた。「政府は体裁を取り繕っているだけだ」
出稼ぎ労働者の船上での死亡事例が確認されているが、多くの場合は不審な状況下だ。
2015年、インドネシア人漁船員のスプリヤントさん(47)が死亡した件では、世界中で抗議の声が起きた。
当初は病死とされたが、乗員仲間の証言と動画によって痛ましい事実が明らかになった。
スプリヤントさんは、台湾人の船長に頻繁に殴打されていた。船長はスプリヤントさんに対し「(漁具で)頭を殴り、ナイフで足を切り、他の乗員に殴らせていた」と李氏は話す。
だが、この件では、まだ誰も訴追されていない。
2019年には、別の漁船で19歳のインドネシア人が死亡する事例が起きた。乗員仲間によると、前日に台湾人の職員に殴られていた。「船長が遺体を毛布でくるんで冷凍庫に入れた」と、乗員の一人は環境保護団体グリーンピースに匿名で証言している。
この船「大旺」はバヌアツ船籍だが、米政府は同船を制裁対象のブラックリストに載せた。大旺は昨年、台湾の高雄で停泊していた際に台湾検察当局の調査を受けたが、出港禁止処分を受けることはなく、1か月後に公海へ戻った。
大旺などのケースは、台湾当局が虐待を黙認している表れだと李氏は指摘する。
「船上での処遇には多くの問題があるが、彼らは誰にも助けを求められない」と李氏は話した。【翻訳編集AFPBBNews】
〔AFP=時事〕(2021/06/04-13:47)
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