【ハンユニスAFP=時事】中東のパレスチナ自治区ガザ地区の自宅で、生後間もない息子をあやしながら母親のイマン・クドラさんは思いをはせる。この子、ムジャヒドちゃんが父親に会うのは何年も先のことだろう。(写真はイスラエルで収監中の夫との間に体外受精で授かった子どもを抱くイマン・クドラさん。パレスチナ自治区ガザ地区南部ハンユニスにある難民キャンプで)
 夫のモハンマド・クドラさんは2014年からイスラエルで収監されている。イマンさんが妊娠するためには、彼の精子を刑務所から秘かに持ち出し、体外受精(IVF)を行う必要があった。
 ここ数年、ガザ地区やイスラエル占領下のヨルダン川西岸では何人かの女性が、服役中の夫の精子を用いた体外受精に頼ってきた。難しい試みで、成功は保証されていない。イスラエルの刑務官らは、そんなことが可能かどうかさえ疑っていた。
 モハンマドさんの場合、同じ刑務所に入っていた別のパレスチナ人に託した。彼は出所日にモハンマドさんの精子を秘かに持ち出し、イスラエルに封鎖されているガザ地区の境界線を通り抜けた。
 仏トゥールーズ大学病院のリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)専門家、ルイ・ブジャン氏は、凍結保存の条件にかかわらず、精子がそのような移動に耐えることは「あり得ます」とAFPに語った。
 「すべてを左右するのは精子の質」で、精液を容器の中で24時間以上保管しても精子は生存可能だという。

■「男の子が欲しかった」
 3回の体外受精の試みの末、イマンさんは2020年に身ごもった。刑務所にいる夫と最後に面会を許可されてから、5年がたっていた。
 「夫が釈放される前に、妊娠できる年齢を越えてしまうのが怖かったのです」とイマンさんはAFPに打ち明けた。3人の娘は全員、モハンマドさんが収監される前に授かった。
 体外受精では男女の産み分けが可能だが、彼女は「男の子が欲しかったんです」と言った。
 ガザ市でイマンさんの体外受精を担当したのは、専門医のアブドルカリーム・ヒンダウィ氏だ。同市内で受刑者の妻たちの体外受精を何度か手掛けたという。
 「普通はペンや小さな瓶に精液を入れて隠し、面会の際に手渡します」とヒンダウィ医師は述べた。釈放される同房者がこっそり持ち出す場合もある。ただし「12時間以内にここに持って来ないと使えません」。
 クリニック到着後、精子は凍結保存される。体外受精1回につき、かかる費用は2000ドル(約22万円)。貧困がまん延するガザでは相当な金額だ。
 ガザ南部ハンユニスにあるクドラ家の壁には、軍服姿の若々しいモハンマドさんが旧式の武器を持つ写真が飾ってある。
 ガザ地区はイスラム原理主義組織ハマスの実効支配が始まった2007年から、イスラエルによって封鎖されている。ハマスの軍事部門の一員だったモハンマドさんは2014年、ガザでの戦闘中にイスラエル軍に捕らえられ、同組織に属していた罪で11年の禁錮刑を言い渡された。

■「たくさんの女性に希望を」
 ヨルダン川西岸に住むダラル・ジベンさん。息子のサラーフッディーンさんとムハナド君の兄弟は、一度しか父親に会ったことがない。それも刑務所の面会でだ。当時、兄は5歳、弟は生後2週間だったとダラルさんはAFPに語った。
 ダラルさんによると、イスラエルに収監されているパレスチナ人男性の精子による体外受精で初めて生まれたのが息子たちだ。担当したパレスチナ人の医師、ゴッソン・バドラン氏もそう認めている。
 「一番目の例になれて、とても誇らしいです。子どもを持つのは私たちの権利ですから」とダラルさん。「たくさんの女性に希望を与えることができました」
 夫のアマルさんはハマスの一員として対イスラエル攻撃を計画した罪で、1997年から終身刑に服している。
 夫に体外受精を提案されたときは、それが何か理解できずにためらったが、医者にも説得され、2012年にやってみようと決意した。夫が投獄される前に娘たちを授かっていたが、息子たちも欲しいと思った。
 精子を秘かに持ち出したという話について、イスラエル刑務局は懐疑的だ。
 刑務局の広報を担当するハナ・ヘルブスト氏は「そのような証言を裏付ける情報や証拠は持ち合わせていません」とAFPに語った。「生殖医療に必要十分な精液をどうやって渡すことが可能なのか、分かりません」

■「依頼者に質問しない」
 パレスチナ人受刑者を支援する非政府組織(NGO)「パレスティニアン・プリズナーズ・クラブ」の推計では、すでに同じ方法で、受刑者を父とする子ども96人が生まれている。
 その母親たちの多くは、西岸のナブルスにあるラザン・センターで出産した。バドラン医師によると、同センターは高齢出産の女性と長期受刑者の妻だけを受け入れている。
 しかし預かった精子が、獄中の夫のものであることを検証するのは難しい。バドラン医師によると、体外受精の施術の前に、夫婦両方の家族の宣誓陳述書が必要だ。
 「(精子の)受け渡し方法は分からないし、私たちは詳細を尋ねません」とバドラン医師はAFPに語った。多くの依頼者にとって体外受精による出産はイスラエルに対する「勝利」だとしても、医療チームは「政治に関わらない」ようにしていると言明した。
 ガザ地区のヒンダウィ医師も、依頼者への質問は「自分の仕事ではない」と言う。「信頼があるから、DNAのことなど誰も聞かない。これを持ち込むのは妻たちだ」
 幼いムハナド君にとって大事なことはただ一つ。早く父親に会い「ハグして、一緒におもちゃを買いに行きたい。他の子たちのように」と言う。【翻訳編集AFPBBNews】
〔AFP=時事〕(2021/05/06-11:55)

情報提供元:時事ドットコム ワールドアイ
記事名:「獄中から父となるパレスチナ人 「精子持ち出し」体外受精