【ロサンゼルスAFP=時事】ボクシングの元ヘビー級世界王者で、1978年にはモハメド・アリ氏に勝利してベルトを獲得したレオン・スピンクス氏が、5日に67歳で死去した。同氏の広報が発表した。(写真は1978年の世界ヘビー級タイトルマッチでモハメド・アリ氏<左>からベルトを奪ったレオン・スピンクス氏)
 プロモーション会社のファームPRが米ネバダ州ラスベガスのテレビ局KVVUに話したところによれば、がん闘病を5年間続けていたスピンクス氏は、昨年12月から入院していた市内の病院で、夫人にみとられながら息を引き取ったという。
 同社は「彼はそれまでの人生で経験した数多くの挑戦と同じように、巧みに、優雅に、粘り強く最後の闘いに臨んだ。病との闘いから何度も立ち上がり、代名詞の笑顔を決してなくさなかった。スピンクスらしい本物の決意を見せ、最後までタオルを投げなかった」と発表した。
 現役時代に26勝17敗3分け(14KO)の成績を残したスピンクス氏は、後年はなかなか結果を残せなかったが、キャリアの序盤にはアリ氏撃破というボクシング史上最大級の金星を挙げた。
 1976年のモントリオール五輪でライトヘビー級の金メダルを獲得したスピンクス氏は、その半年後に23歳でプロに転向した。そしてプロでまだ7勝1分けだった1978年2月15日、ラスベガスのヒルトン・ホテルで米ボクシングの象徴アリ氏との一戦に臨み、判定で36歳の同氏を破ってタイトルを奪取した。
 プロデビューから13か月でのヘビー級王座獲得は史上最速。また、アリ氏がリング上でベルトを失ったのはこのファイトだけだった。
 しかし結果的に、これがスピンクス氏のキャリアの絶頂だった。
 その7か月後には、7万人の観衆を集めたルイジアナ州ニューオーリンズのスーパードームでアリ氏との再戦に臨んだが、今度はコンディションの整った難攻不落のアリ氏の前に判定で敗れ、同氏にヘビー級史上初となる3回目の王座返り咲きを許した。スピンクス氏が指名相手を無視してアリ氏との再戦に臨み、WBCのベルトをはく奪されていたため、この試合にかかっていたのはWBAのベルトだけだった。
 次の試合にも敗れたスピンクス氏は、1981年に再び王座に挑戦するが、ラリー・ホームズ氏相手に3回TKO負けを喫した。その後は5年を費やして世界戦のチャンスを再度つかみ、ドワイト・ムハマド・カウィ氏との世界クルーザー級タイトルマッチに臨んだが、6回TKOで敗れた。
 そこからは10試合でわずか1勝1分けとスランプに陥り、最後は8試合中5試合に敗れた後の1995年に現役を引退した。【翻訳編集AFPBBNews】
〔AFP=時事〕(2021/02/08-12:05)

情報提供元:時事ドットコム ワールドアイ
記事名:「アリ氏からベルト奪った唯一の男、スピンクス氏死去