中赤外量子カスケードレーザーによる分子選別の新たな原理を発見
2022年11月16日
豊田工業大学
学校法人トヨタ学園 豊田工業大学(名古屋市天白区)大学院工学研究科 レーザ科学研究室工藤 哲弘 講師と(以下、同)Anna Statsenko PD研究員、Yoshua Albert Darmawan PD研究員、藤 貴夫 教授らは、中赤外レーザーで物質固有の分子振動を励起することで、その物質のみを選択的に光輸送することができる新しい仕組みを発見しました。この研究成果を起点に、本原理をさまざまな物質へ展開することで、分子構造に応じた光選別が可能になると期待されます。本研究成果は、2022年11月16日(日本時間)アメリカ物理学会の学術誌『フィジカル・レビュー・アプライド』(英語:Physical Review Applied)に掲載されました。
本発表の詳細は、豊田工業大学の公式ホームページでもご覧いただけます。
https://www.toyota-ti.ac.jp/news/checktti/002043.html
発表のポイント
■中赤外レーザーでシロキサン結合として知られているSi-O-Siの伸縮振動を励起することで、シリカ(ガラス)微粒子を選択的に光輸送することに成功。
■近年報告された理論研究を実験的に初めて実証したもので、中赤外領域のレーザーを用いた光物質操作の実験そのものが世界的にも報告事例がない、初めて明らかになった実験事実。
■中赤外レーザーの水への吸収が大きな問題であったが、吸収を最小限に抑えることができるエバネッセント波を利用することで達成。
■本原理を起点に、分子構造に応じてナノ材料を選別することができる中赤外輻射力クロマトグラフィーへの応用が期待。
研究概要
微小物質を自在に操作できる技術は物理や化学、生命科学などさまざまな分野における科学技術水準を次の階層へ押し上げる根幹的、革新的な技術と成り得る。本研究グループは中赤外レーザーを用いて分子種を自在に操作、選別する新たな原理を発見した。今後、この発見を起点に次世代の分子操作技術が誕生すると期待される。
原子レベルで観察してみると、あらゆる物質は分子振動していることがわかる。その物質固有の振動の速さ(振動数)は、原子の種類(C, O, Siなど)やその並び方(分子構造)に応じて異なる。一方で、同じ速さで振動する光(この光がちょうど中赤外領域に存在する)が物質に照射されると、振動数が同じ分子構造を激しく揺らすことができ、結果として光が吸収される。つまり、中赤外領域(波長2.5~25μm)における光の吸収を観察することで、どの分子構造がそこにあるのかがわかり、例えば、この方法により大気中の二酸化炭素濃度などを知ることができる。これは赤外分光法として知られており、中赤外領域における光は分子を同定、識別するためにこれまで普遍的な技術として利用されてきた。
実は光を物質に照射すると吸収されるだけではなく、光の力(輻射力や光圧)でその物質を押したり捕まえたりすることができる。過去にノーベル物理学賞に選ばれた、レーザー冷却(1997年受賞、原子を極低温に冷やす技術、基礎物理学へ貢献)や光ピンセット(2018年受賞、細胞を非接触に操作する技術、生物学へ貢献)はこの代表例であり、輻射力により物質を操作する技術は、新しい研究領域を開拓するために必要不可欠な根幹的技術としてさまざまな領域で活躍してきた。これらの研究では可視や近赤外領域のレーザーを用いるのが一般的であるが、それよりも波長が長い中赤外領域のレーザーに着目した。
本研究では中赤外光で物質固有の分子振動を励起することで、その物質のみを選択的に光輸送することに成功した。具体的には波長9.3 μm(波数1075 cm-1)の中赤外量子カスケードレーザーを用いて、シリカ(ガラス)微粒子の振動モード(シロキサン結合として知られているSi-O-Siの非対称伸縮振動)を励起することで、ポリスチレン微粒子との混合溶液の中から、シリカだけを選別して押し出すことができる機構を世界で初めて発見した(図1参照)。ポリスチレン微粒子の固有振動は他の周波数(波長)帯にあり、レーザーを吸収しないため輸送されない。今回の実験はシリカの選択操作を遂行したものであるが、原理的には如何なる物質に対しても、レーザーと物質の固有振動が一致することで可能となり、さまざまな分子を自在に操作する技術に利用できると期待される。
今後の展開
本件は近年報告された理論研究の実証実験に成功した研究成果であり、中赤外レーザーを用いた輻射力の実験自体が、世界的にも報告事例が全くなかった独自の試みである。この発見を起点に、本原理をさまざまな物質へ展開することで、分子構造に応じた光選別(クロマトグラフィー)が可能となり、また輸送による選別技術だけに留まらず、特定の分子構造の捕捉や配向制御も原理的に可能となるため、分子科学や物質科学、生命科学における新たな研究領域を開拓するための根幹的な技術として活用が期待される。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210128023-O1-TnggOluQ】
図1 シリカ(青)とポリスチレン(黄緑)微粒子の混合溶液があり、中赤外エバネッセント波によって選択的に輸送されるシリカ微粒子の様子。波長9.3 μmのエバネッセント波により、シリカのSi-O-Si振動が励起され、輻射力がシリカ微粒子に働く。ポリスチレン微粒子はこの波長に吸収がないため押されない。
論文の詳細情報
タイトル:Mid-infrared optical manipulation based on molecular vibrational resonance
著者名:Anna Statsenko, Yoshua Albert Darmawan, Takao Fuji, and Tetsuhiro Kudo
雑誌:Physical Review Applied
DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevApplied.18.054041
研究支援
本研究は 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST(JPMJCR17N5)及びJSPS科研費21K14555、公益財団法人井上科学振興財団(井上リサーチアウォード)、公益財団法人豊田理化学研究所(豊田理研スカラー)、などの支援を受けて行われたものです。また、本研究グループが所属している「スマート光・物質研究センター」(文部科学省私立大学等経常費補助金特別補助「大学院等の機能の高度化」の対象となる本学の研究センター)の研究成果の一つです。
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