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医師の兄を殺された私は仏門に 「おにいちゃん、見てるよね?」


 医師として患者から頼りにされていた兄だった。あの日突然命を奪われ、妹は「遺族の自分にできること」を模索し、兄に代わって悩める元患者の声に耳を傾けてきた。そして今、仏門に入るという新たな一歩を踏み出した。兄のように誠実に人の心を受け止める――。そんな自分なりの覚悟だった。

「頼れる人がいなくなった」

 2021年12月17日、大阪・北新地の心療内科「西梅田こころとからだのクリニック」が放火された。院長だった西沢弘太郎さん(当時49歳)を含め患者ら計26人の命が奪われた。

 あれから2年近くがたった23年12月4日、西沢さんの妹伸子さん(46)の姿は奈良県五條市の古刹(こさつ)、生蓮寺にあった。座布団に正座して静かに両手を合わせる。「剃髪(ていはつ)」により髪の一部を切るなど、僧侶の修行に入るための儀式を終え、「奏蓮(そうれん)」という法名を授かった。

 事件についての記事は、発生直後からインターネットでよく読んだ。コメント欄には兄の患者とみられる人らが書き込んでいた。「先生に良くしてもらったのに、明日からどうしたらいいのか」「頼れる人がいなくなってしまった」。クリニックには、心身に不調を来して社会復帰を目指す人たちが通っていた。2人兄妹の伸子さんと兄は互いに家庭を持ち、正月くらいしか会えていなかった。いつも優しく穏やかに笑う兄が、親身になって患者に対応する様子が想像できた。

名前も顔も出して活動する決意

 自分ならどう手を差し伸べられるか、考えるようになった。事件から約3カ月後、元患者らが集まるオンラインサロンに参加した。兄のように心療内科医として接することはできないが、心理カウンセリングの勉強もしながら元患者らの声を聞き続けた。参加者からは「抱えていた苦しみを話せて心が楽になった」などの感想が寄せられた。

 元患者の言葉に気付かされたこともある。「支援する側が心を開かないと、(受ける側も)心を開かないですよね」。伸子さんは報道陣の取材に名前や顔を出さずに応じてきた。周りに余計な心配をかけたり、生活しづらくなったりするのではという不安があったからだ。しかし、この言葉をきっかけに23年春ごろから名前と顔を出して活動するようになった。「けじめというか、吹っ切れた。覚悟を決めた」

 僧侶になろうと決めたのは、こうした経験や活動の積み重ねによる。長い歴史のなかで人の悩みに寄り添ってきた僧侶になれば、元患者らも安心して相談してくれるとも考えた。今後は日常生活を送りながら、僧侶になるための修行を続けるという。

 法名を得て、黄色い袈裟(けさ)に身を包んだ伸子さんは「良くなかった出来事を良いものに変えることは難しい。けれど、そこから得られるものはある。それを大事にしていきたい」と語った。天国の兄が照らしてくれた道を真っすぐ歩み続けたいと思っている。「おにいちゃん。見てくれているよね」【林みづき】

北新地・医院放火殺人事件

 2021年12月17日午前10時20分ごろ、大阪市北区の繁華街・北新地にある雑居ビル4階の心療内科「西梅田こころとからだのクリニック」が放火され、院長の西沢弘太郎さんやスタッフ、患者計26人が犠牲になった。大阪府警は防犯カメラの映像などから、患者の谷本盛雄容疑者(当時61歳、発生の13日後に死亡して不起訴)が放火したと特定。孤立や困窮で自暴自棄になって大量殺人を決意したとみている。

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