見慣れたピクトグラム（絵文字、図記号）の中に、無意識の偏見や分かりにくさはないか――。公共空間に示すからこそ、全ての人が理解しやすいデザインを目指して、学生たちがピクトグラム作りに挑戦した。実践の舞台は、福岡市で今夏開かれた国際スポーツ大会。大学生の取り組みが投げかけたものとは。
「この台、すごく不自然ですよね？」。ピクトグラムを中心とした視覚伝達デザインを研究する九州大大学院芸術工学研究院の工藤真生（まお）助教は、標準案内用図記号で日本産業規格（JIS）に定められた「チェックイン/受付」のピクトグラムを指してこう問いかけた。
このピクトグラムの受付係側に立つ人は、女性の形だ。腰のくびれやスカートの広がりが分かるように、受付台が不自然に低くデザインされているようにも見える。工藤助教は「受付係に（『＝女性』という）どれだけジェンダーバイアス（男女の役割の固定化）がかけられているかが分かる」と指摘する。
工藤助教のほか九州大でデザインを学ぶ学生15人は、7月に福岡市で開かれた世界水泳選手権（世界水泳）の大会組織委員会から依頼を受け、会場内外で使うピクトグラムの一部を作るプロジェクトに2021年から取り組んできた。学生たちが目指したのは、国際大会にさまざまな国・地域から集まってくる人たちを意識した、公平さや分かりやすさだ。
街中で見かける多くのピクトグラムは、国際標準化機構（ISO）規格やJIS規格のものが使われている。いずれも不特定多数が目にすることを想定した分かりやすさが基本にあるが、障害のある人や子供にとっては必ずしもそうではない。
例えば、JIS規格の「案内」のピクトグラムは英語の「information」の頭文字を取った「i」のマーク。世界的によく使われるが、英単語を知らない人には意味が分かりにくい。工藤助教によると、その形から障害のある人は「ロウソク」、子供は「自分」と答えることがあるという。
また、「受付」に女性の形が使われていた一方、人物がどちらの性別でも構わないピクトグラムでは、肩幅の広さを強調した男性の形が用いられやすい傾向もあるという。プロジェクトの代表でグラフィックデザインに詳しい九州大の伊原久裕（ひさやす）教授は「ピクトグラムに求められる機能の一つは瞬間的に見て理解できるということで、男性か女性かを瞬時に見分ける形が探究されてきた。ただ『女性＝スカート』というステレオタイプが批判されてもいる」と説明する。
そこでプロジェクトメンバーの学生たちは、ピクトグラムに使う基本の人の形を検討し、男女の身体的な特徴を強調しない「ニュートラルな外形」を考えた。また、言語が障壁にならないよう「タクシー乗り場」の表示では「TAXI」の文字使用を避けた。代わりに、車の前で人が手を挙げる動作をしたイラストを入れ、タクシー乗り場であることが伝わるようにした。
「ピクトグラムを見た人が間違った行動をしない、分かりやすいと思ってもらえることが目標」と同大学院2年の星野純平さん（23）。製作途中には、知的障害や自閉スペクトラム症の人たちも含め、JIS規格の既存のものと自分たちのデザイン案を示し、理解度調査をしながら検討した。
完成したピクトグラムのうち、世界水泳の会場内外では「客席」や「タクシー乗り場」など20種類が約100カ所に掲示された。続いて8月に福岡、熊本、鹿児島3市で開かれた世界マスターズ水泳選手権でも15種類のピクトグラムが使われた。
学生たちは期間中も、会場周辺を訪れた外国人を含む約300人を対象に「バス乗り場」「タクシー乗り場」など6種類のピクトグラムについて、理解度調査を実施。その結果、4種類で学生発案のものが既存のものよりも理解度が高かったという。
公共施設のピクトグラムは、福祉のまちづくり条例の整備基準などで、JIS規格のものを使うよう明記している自治体もあり、学生が作ったものがすぐ普及するわけではない。それでも、九大キャンパスでは、今回製作したピクトグラムの一部が活用されている。
プロジェクトメンバーで同大学院2年の鈴木智畝（ちうね）さん（23）は「男性と女性で二分できない時代になっている。なぜ基本の人の形は男性なのか、受付は女性なのかなど、プロジェクトには問題提起の意味合いがあった」と手応えを語った。【宗岡敬介】
