『日刊ゲンダイDIGITAL』が「コロナで大打撃 夜の社交場現場リポート」なるタイトルの特集を、(上)(下)の2回にわたって配信していた。

 
今回、日刊ゲンダイが「夜の社交場」としてクローズアップしているのは「銀座のクラブ」──そこで働くホステスさんやら店長さんやらママさんやらへの聞き込み取材を行なったところ、コロナ以降は

「予約が入ったときだけ担当ホステスが出勤するようにしているクラブが増えてきた」だとか、

「そのほうが衣装代や美容院代が節約できて合理的だけど、収入は3分の1になった」だとか、

「収入が減ったホステスが、その肩書きを利用し、飲み会に参加することでギャラが発生する“ギャラ飲み”をしている」だとか、

「“ギャラ飲み”は、本来だとお店を通さないご法度行為だが、こういう状況なので店側も黙認している」だとか、

「早い時間にお店でホステスと待ち合わせしてから食事に行く“逆同伴”が流行りつつある」だとか、と

……そんなようなことが書いてあって、とあるクラブのオーナーママは、

 
「(閉店が相次ぐ店舗ビルを)中国資本が物色していると聞きます。これも時代の流れかもしれないけど、古き良き銀座の文化が失われるようで悲しいわね」

 
……と嘆き、特集の最後は

 
12月の銀座のタクシー乗り場は常に長蛇の列で、終電後は1時間待ちもザラだった。しかし、今はタクシーの方が列をなしている。「夜の社交場」は瀕死だ。

 
……と〆られていた。だが、こうした「瀕死」な現状に対する世間の声は冷ややかで、たとえば同記事のヤフコメ欄をザッと眺めてみたら、

 
「水商売はそもそもハイリスクハイリターンが当たり前」

 
「今まで甘い蜜も散々吸ってきたでしょ?」

 
「銀座の文化が失われて寂しい人は、ホンの数%だけ」

 
……みたいな“お決まり”の非同情的なコメントが大半を占めていた。

 
それにしても、こんな風に叩かれるのはすでに学習済みなはずなのに、多くのメディアは、なぜ懲りずに何度も何度も「銀座のリアル」にスポットを当て続けるのか? まあ「批判も反響のうち」って発想で、とくに潜在的なメイン読者層はもはや60〜70代の高齢者男性だとも言われている日刊ゲンダイのような媒体では、この手のネタが良くも悪くも目に止まりやすいのだろう。

 
私は、銀座のクラブには、とある大手出版社のお金で一度お供させてもらったことがあるだけで、おそらく死ぬまでに自腹で行くことはまずないと思われる、「銀座の古き良き文化」をまったく体感できていない、まごうことなき「90数%」の人間である。ゆえに、銀座のクラブが「瀕死」であっても、このまま消滅しようとも、正直申して“対岸の火事”程度の感情しか抱くことができない。そして、このようなゴルゴ13クラスの冷徹な第三者的視点から「銀座のクラブの未来」を予測してみると、やはり“衰退”に歯止めをかけるのはむずかしいのでは……と考える。

 
まず、日本における年代別人口比という数字の面でも、「古き良き文化」を愛するおじ(い)さん世代がリタイア、もしくはお亡くなりになる比率が、若い世代が「銀座」に“新入学”する比率を圧倒的に上回っているのが致命的だ。しかも、いまだ収まる気配の見えない新型コロナウィルス騒動が「席に座るだけでン十万円→その対価は会話のみ」といった“究極の非合理性”を“無駄”としてスポイルする、コミュニケーションインフラ整理化の風潮に、ますます拍車をかけるのではないか? いくら「その対価」を提供する側が外見も会話も洗練され尽くされたプロフェッショナルな女性であっても……である。

 
この流れは「席に座るだけでン万円」と一桁リーズナブルなキャバクラも決して例外ではなく、近い将来、キャバクラは「仮に、ついたホステスさんがハズレでも、会話にプラスされる“保険”があるライト系の風俗」へと、ほとんどが姿を変えていく……のかもしれない。

 
ただ、「水商売」という業界が“斜陽”にはなっても、5年や10年で“完全消滅”まではしない……ような気もする。おそらく「フィルムカメラ」のごとく、一部のお金持ちにとっての“趣味的な遊戯”として、来年からのより過酷な生存競争で過半数以上が淘汰されながらも、しぶとく生き残っていくのではなかろうか?

 

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情報提供元:citrus
記事名:「日本の「水商売」は新型コロナウィルスの猛威が収まっても斜陽の道を経てやがて消滅する…という説について考察する