2006年に秋葉原にオープンして以来、クラシカルなメイドが出迎えてくれて、落ち着いた雰囲気の館内が「宝箱」のような存在として旅人(来館者)に親しまれてきた『私設図書館 シャッツキステ』。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響だけでなく、総メイド長の有井エリスさんが家族の事情で海外で暮らすことになったためもあり、2020年11月15日に惜しまれつつ閉館となりました。

今回、有井さんに『シャッツキステ』と秋葉原の日々の思い出を振り返ってもらい、自身の今後についても語って頂きました。

--学生時代からメイドカフェでの勤務やコスプレの経験もなさっています。その頃に 「メイド」への魅力についてどう感じていらっしゃったのでしょうか?

有井エリスさん(以下、有井):コスプレは、衣装作りを通して自分の手で再現したり、2次元のキャラを3次元で感じられるのが好きで、中学生くらいからオタク友達と楽しんでいました。その流れで大学生時代はステージマジックでオリジナルの世界観を作るのにハマって。その後に手品をやっている友達と「秋葉原にメイドカフェというのがあるらしいぞ!」とメイリッシュさん(2002年オープンの老舗メイドカフェ)にはじめて行き、そこで「常設の場で2次元的な世界観を作っていること」「それを受け入れて楽しんでくれるお客様がいること」に衝撃を受けて、メイドカフェにハマりました。また、時代的に「オタク=犯罪予備軍」のイメージをもたれることが多く、女子校でもカースト底辺で育ったので、「可愛い女の子が、私のオタク話を気持ち悪がるどころか話に乗ってくれる……!」という事にも感激しました。なので、最初はメイドという存在そのものよりも、メイドカフェという「場」に魅力を感じて働き始めました。その後、自身の布フェチや英国・ファンタジー作品育ちと融合して沼にどっぷり浸かっていきました。

--『シャッツキステ』は19世紀英国的な世界観が濃い印象です。2006年に開店した際の動機は?

有井:メイリッシュさんで衝撃を受けて、その後別のお店でバイトしてみたものの、「世界観」よりも「女の子」をウリにする経営者が多くて、メイドカフェという特殊な業種の可能性を生かせていないようなモヤモヤした気持ちがありました。
大学卒業を機にバイトは辞め、普通の会社に就職したのですが、何かを作りたい欲が抑えきれなくなって仕事に身が入らなくなってしまったため、1年弱ほどで退職しました。「何かを作りたい!」と思った時に、メイドカフェについてモヤモヤしていた事を思い出して、そこを自分なりに作り込んでみようと思ったのと、会社員生活をしていた時に、学生時代のようにふらっと集まってオタク趣味の話をできる場が無い事が悲しかったので、そういう場所を作りたいと思いました。

--コンセプト作りはどうされたのでしょう?

有井:「常設の2次元的な世界」「ふらっと立ち寄って趣味(オタク)の話ができる、放課後の部室のようなところ」がコンセプトの根幹です。これはずっと変わりませんでした。
メイドカフェという業種なので、世界観はメイドの物語にしようと考え始めたところ、元々好きだった作品や世界観とマッチしていきました。建物や小道具など世界観が好きだった『名探偵ポワロ』や『世界名作劇場』『ロードス島戦記』、布や手袋などの衣服やそれを纏った仕草で私の性癖を撃ち抜いた森薫先生の『エマ』、物語におけるメイドという存在を好きになった『アンジェリーク天空のレクイエム』……。物心ついた時から好きだった世界観が結集した感じです。
開店当初は好きな作品や雰囲気が多すぎて自分の中でうまくまとめられず、わりとふわっとしたファンタジー的な世界観だったのですが、そこから徐々に19世紀英国的な雰囲気にしぼっていきました。

--19世紀イギリスの文化に、ご自身がどのような魅力を感じていらっしゃるのでしょうか?

有井:デザインなども好きですが、「自然と工業化」「ファンタジー(2次元)と現実(3次元)」の存在感のバランスが好きです。専門家ではないので、あくまで個人的なイメージではありますが……。

--開店当時は、森薫先生の『エマ』が連載されていて、『シャッツキステ』でも『シャーリー』の原画展が開催されています。森薫先生の作品の魅力をどのように感じていらっしゃるのでしょうか?

有井:森薫先生の、好きなものを突き詰める力や表現する力を本当に心の底から尊敬し憧れています。
作品の魅力はあり過ぎて、とても1日では語れないのですが……。たとえば布フェチ的にたまらない点にしぼって挙げさせて頂くと……メイドが着替える様子がただひたすら描かれたシーンがあるのですが、5Pほぼ無音のはずなのになぜか「しゅっ」という布の擦れる音が聞こえてくるんです。おそらく最新のASMR技術が本に内蔵されているのだと思います。ハキムの肌と手袋のコントラストは色気があり過ぎて、興奮の鼻息でページがめくれるほどです。細部の模様まで丁寧に描かれながらも、ふんわりと空気を含んだ繊細で柔らかなレースや、重労働に耐える力強いエプロン……。同じ「白い布」が無限の表情で描かれていて、何度読み直しても飽きる事がありませんし、巻を追うごとに密度や表現力がメキメキ高まっていく様子に、最終回ではスタンディングオベーション! そして次作品の『乙嫁語り』では中央アジアの装飾を全て手 描きという神の領域にお達しになったことに、1巻1ページ1コマ目から毎ページ涙を流し、拍手喝采し拝みながら拝読しています。

--『シャッツキステ』では、さまざまなイベントを開催されてきていますね。

有井:はい。イベントは主に5つの傾向に分けて開催していました。『けものフレンズ』『トライナリー』『世界樹の迷宮』『アキバズトリップ』、それにVRなどの2次元と繋がれたもの。
森薫先生、土林誠先生、開田裕治先生、大槍葦人先生や、あきまん先生、同人音楽ユニットbinariaといった、尊敬するクリエーターさんの展示。
ゾンビ、インド映画などの自分の趣味を全開にしたもの。
人工衛星、英国文化、球体関節人形、鉄道など、誰かの趣味を共有したもの。年越し、新聞など、旅人さまと一緒に作った思い出……。
どれもあまりに思い入れが深すぎて……。当館のような個人経営から始めたカフェがとんでもない贅沢な機会をたくさん頂いてしまいました。関わって下さった全ての方に感謝の気持ちでいっぱいです。

--秋葉原のメイドカフェ文化についての変遷についてお聞きします。大手チェーンは 「萌え」文化として語られることが多いですが、他にも「魔法」や「戦国」「男の娘」など、さまざまなコンセプトの店舗が2010年ごろに開店しています。そのような多様化をどのように捉えていらっしゃったのでしょうか?

有井:秋葉原のカフェ文化に自分が興味を持った点は「世間一般的にちょっと変わっていると言われる趣味や嗜好を、受け入れてくれる風土(もちろん人に迷惑のかからない範囲で)」なので、店舗のテーマよりも、個人的にはそのあたりが生かされているかが気にな ります。その風土を生かしつつ、従業員やお客様が安全に楽しめる場が増えてくれたらと思いますが……。カフェに限らず、秋葉原全体の雰囲気としてその感じは続いて欲しいと思っています。

--オタク文化が以前より格段に認められるようになったことについて、ご自身どのようにお考えなのでしょうか?

有井:「オタク」の意味は人によって解釈が違うので、まず前提をお伝えしておくと、 『シャッツキステ』のサイトにもずっと書いている通り、「ジャンルを問わず一日中でもその趣味について語れる」ことがオタクだと私は考えています。漫画やアニメ、ゲーム、アイドルといった一部のエンタメにお金を浪費する事がオタクとは思っていません。
周囲に左右されることなく、好きなものが好き。それにかける情熱や探求が止まらない。 私にとっての「オタク文化が認められる」は、一部のエンタメに「お金を浪費する事をヘ ンに思われない」という事ではなく、「誰かが熱量を注いでいること」に対して、「え~そんなのが好きなの?」と茶化されず、「へー!そういう世界もあるんだね!」と前向きに受け取られる世になる事です。少しずつそうなってきているのではと思いますし、もっとこの風潮が進んでほしいと思います。
『シャッツキステ』で毎月収録を開催してきた、二次元を哲学するトークバラエティ音声マガジン『熱量と文字数』は、まさに「他人が熱量を注いでいることを聞き、知って、一緒に楽しむ」もので、携われた事をとても嬉しく思います。

--ご結婚、子育てなど、ご自身を巡る環境も変わったとお聞きしています。新型コロナの流行以前に、どのような体制にしようと模索されていたのでしょうか?

有井:開店から7年くらいは生活=仕事というくらい、全ての時間を仕事場にいられたの ですが、10年経ったあたりで病気になって緊急入院し、翌年に1人目の出産子育て、2人目の出産子育てを経験して、仕事場で指揮を取る事ができなくなりました。なので、ここ6年ほどは、自分がいなくても回る組織作りを模索していました。『シャッツキステ』の運営方針に合った人に長く働いてもらえるような仕組み作り、給与や評価体制の改善、マニュアル作り、マニュアルのWEB化……。どれも当たり前の事なのですが、『シャッツキステ』のような小規模のお店だと、人や仕事内容の入れ替わりのスピードに対し、事務作業にかかる労力のバランスが難しかったです。また女性のみで運営していた事もあり、安全面の改善には色々悩みました。
6年ほどかけて昨年ようやく目指していたものに近くなり、中心となるメイドが4名ほど正社員になってくれて、去年末に私が海外移住する事になったものの、「この体制と今ま で培ってきたノウハウがあれば続けられそう……!」と前向きに考えていたところでした。そんな流れがあったので、メイドには本当に申し訳なく、また自分自身も「せっかくここまで作ったのに」という思いがあり、とても悩んだのですが、やはり自分不在でこれからの困難にメイドやお客様をさらすわけにはいかない……と思い、閉館を決めました。

--新型コロナによる「三密」の回避によって、メイドカフェのあり方にも影響を与えています。その中で、この文化が好きな人がどのように活動していけばいいのか、お考えをお願いします。

有井:そこに答えを出せず廃業を決意した面もあるので、お答えが難しいですが……。東京都の感染拡大防止ガイドラインを完璧に守るとなると、30席を6~10席にしなければならず、従来の運営は難しいので、一部オンライン化するなどコンセプトや内容をゼロから作り直すか、土地の値段が大幅に下がるのを待つか、ガイドラインや感染をあまり気にし過ぎないか……のいずれかになってしまうのではと思います。『シャッツキステ』のコンセプトでは、「オフラインの場での体験、交流」を重視しておりましたので、継続は困難と判断しました。

--「『シャッツキステ』は作品」という発言もされています。今後、どのような表現活動をしていきたいとお考えなのか教えてください。

有井:今の『シャッツキステ』を楽しみにして下さっている方が求めているものとは外れてしまうかと思いますが……。14年間やってみて、勉強不足を痛感する事が多くありま した。特に世界観を表現するための、絵・写真・デザイン・WEB・文章力・メニュー作 りで歯がゆい思いをたくさんしたので、しばらくは育児の合間にそれらをゼロから学びつ つ、ほそぼそと個人誌作りをしようかなと思っています。『シャッツキステ』の「場作り」はすごく楽しかったので、10年後くらいに1人でできるような小さな規模でまたカフェを作りたいなと思っています。開業資金が貯まれば、ですが(苦笑)。
自分はスプラッタホラーが好きなくせに、作るものは「ヘイトのないのんびり穏やかな世界」が好きなので、同人誌や場作りを通して今後もそういったものを作っていきたいと思っています。

--閉店に関して、惜しむ声も多数上がっています。そのことについて、ご自身が今、どのようにお感じになっていらっしゃるのでしょうか?

有井:こんなにもたくさんの方に楽しんで頂けた事、そして世界観を愛してくれたメイドたちと過ごせて、本当に幸せでした。
これ以上運営を続けようとすると、かえってお客様やメイドたちを苦しめる事になると分かっているからこそ、そうなる前に物語を閉じたいと思います。名残惜しくはありますが、このような幸せな終幕を迎えられ、感謝の気持ちでいっぱいです。14年もの間、本当にありがとうございました。

『シャッツキステ』では、所属メイドによる4コマやゆかりのある人からの寄稿などを収録した106Pの『お疲れさま本』を発行。価格は1000円で、2020年12月24日より公式ストアでダウンロード販売を開始。また『COMIC ZIN』で委託販売もあるとのことなので、『シャッツキステ』の物語の“あとがき”まで見届けたいという旅人はぜひチェックを。

『私設図書館 シャッツキステ』(公式サイト)
https://www.schatz-kiste.net/ [リンク]

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情報提供元:ガジェット通信
記事名:「惜しまれつつ閉館に…… 『私設図書館 シャッツキステ』有井エリス総メイド長に聞く思い出とこれから