中国と台湾のIT系大手が相次いで自動車への参入を表明した。2020年11月にディディ(滴滴出行)、2021年1月にバイドゥ(百度)とホンハイ(鴻海)、さらに3月にシャオミ(小米科技)。商品はもちろんBEVである。その一方で、既存の中国メーカーはHEV開発を進めている。2020年10月に中国政府が2035年の目標として「NEV(新エネルギー車)50%、HEV50%」という方針を打ち出したためだ。習近平政権は自国の自動車社会の行く先を見定めている。この点が「カーボンニュートラル」のひと言しか言わない管政権との大きな違いである。


TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

IT系企業がBEVに参入する理由

滴滴 (DiDi)は2020年11月、BYDと共同開発した配車サービス用にカスタマイズされた専用EV「D1」を発表。車体サイズは、全長4390mm X 全幅1850mm X 全高1650mm、ホイールベースは2,800mmでBYDのブレードバッテリーを搭載する。

IT系企業がBEVに参入する理由のひとつは、パソコン、タブレット、スマートフォンといった商品が将来的に「頭打ちになる」ことへの保険である。自動車はあらゆる電子機器、IT機器を包括できる巨大な製品プラットフォームであり、これを自前で持つことへの「憧れ」が根底にあるように思う。




もうひとつの理由は排出権ビジネスである。お手本はテスラだ。2015年にテスラは、当時アメリカでカリフォルニア州ZEV(ゼロ・エミッション・ビークル=無排出ガス車)規制を導入している8州で1年間に1億6900万ドル(1ドル=109円換算で184億2100万円)の「排出ガスクレジット」を販売した。これはテスラの正式発表である。その後の決算データを調べると、四半期売上高の6〜8%がクレジット販売だったことも少なくない。その額は四半期での本業(自動車の製造・販売)での利益を上回っていた。

カリフォルニア州のZEVに賛同する州が13州に増えた現在、クレジット販売の利益はさらに大きくなった。純利益を大きく上回る利益を、テスラはクレジット販売から得ている。言い換えると、クレジット販売がなければテスラはいまだに赤字と黒字の間を行き来する会社である。




中国では、NEV規制導入と同時に自動車メーカーに対し政府がNEVクレジットのノルマを課し、そのクレジット目標が未達成だった場合は「クレジットを満たしている他の会社から買う」ことを求めた。カリフォルニア州など米国各州およびEU(欧州連合)加盟国では「当局への罰金支払い」または「他社からのクレジット購入」のどちらかを選択できるが、中国には罰金という選択肢がなく、必ず同業他社からNEVクレジットを購入しなければならない。

中国国営系では、広州汽車は合弁相手であるトヨタにNEVクレジットを販売している。民営の江淮汽車はVW(フォルクスワーゲン)とNEV生産専門の合弁会社を持っており、この会社のクレジットはVWが優先的に買い取っている。比亜迪汽車(BYDオート)、北汽新能源などもNEVクレジットを他社に販売している。

中国でのクレジット売買の相場は明らかにされていないが、筆者が知る例では、米国のZEVクレジットに比べれば非常に安い。具体的な例をあげることはできないが、いくつかの例から言うと1台10万円には届かない。




いっぽうテスラは昨年、5億9400万ドルのクレジット売上を計上した。これは米国でのZEVクレジット、欧州でのCO2排出クレジット、中国でのNEVクレジットの販売額合計だが、ICE(内燃エンジン)車を1台も生産・販売していないテスラは販売台数がそのまま販売可能クレジットになる。BEVを販売して得られる利益に、必ずクレジット販売の利益が付いてくるのだ。

旧知の中国メディア記者や金融ビジネス系の知人たちは「米国がパリ協定に復帰し、ZEV規制が全米で実施される可能性も出てきた。クレジット販売はビジネスになる」と語っている。テスラがクレジットを販売している相手は、欧州ではホンダとFCA(フィアット・クライスラー・オートモビルズ=今年3月に仏・プジョーと経営統合しステランティスになった)がある。米国ではGMも州によってはテスラからクレジットを買っている。

現在、アメリカでZEV規制を導入しているのはカリフォルニアをはじめニューヨーク、マサチューセッツ、メリーランド、コロラドなど13州だ。2015年にZEV販売義務がそれまでの州内販売台数の「12%相当」から「14%相当」へと引き上げられた。2017年9月からは、全販売台数の「16%相当」へと引き上げられた。次の段階ではこれが「20%相当」になるだろう。




「相当」と表現している理由は、台数カウントではなくクレジット・カウントであるためだ。BEVよりもFCEV(燃料電池電気自動車)のほうがクレジット率がいい。

まだ中国・台湾のIT系企業はBEVの実車を披露したわけではなく、当面の事業アウトラインを少しだけ披露したに過ぎない(表参照)が、もしアメリカでBEVを生産(あるいは生産委託)すれば、アメリカでクレジットビジネスに参入できる。欧州向けに輸出すれば欧州でもクレジット販売が可能になる。




アメリカとEUでは、BEVを販売すればクレジット販売のチャンスが転がり込む。中国国内でも同様であり、政府の思惑どおりには普及が進まないNEVは、まだまだクレジット販売のチャンスでもある。

BYDの電動プラットフォーム

前述の商品プラットフォームとしてのBEVは、コネクテッド(外部の情報ネットワークとの接続)や自動運転、カーシェア、ライドシェアといったビジネスの発展性を抱えている。5G通信機能、レーダーやライダー(LiDAR)といったセンサー類、自動運転AI(人工知能)、信号処理チップ、半導体メモリーなど、一般家庭に家電製品を押し込む以上の密度でクルマを電子の要塞にすることができる。

ここでの売上高と利益率は、まさに「努力次第」である。鋼やアルミの板材を成形してボディを作る作業は利益率が低い。電動モーターも利益率は高くない。LiB(リチウムイオン2次電池)は単価が高いが原材料人加工費も高い。したがって利益率は低い。日本のパナソニックや韓国のLGケミカルは並々ならぬ努力を10年以上続けてやっと車載LiB事業を黒字化した。

それに比べ、演算装置とソフトウェアの世界は利益率が高い。うまくゆけば排出権クレジットでも稼げる。自動車としての基本的な部分の設計と車両実験はマグナ・インターナショナルのような会社が請け負ってくれる。量産もどこかの自動車メーカーに依頼すればいい。中国と台湾のIT系企業はこれを狙っている。BEV普及は中国政府が推奨しているから、BEV参入は国家政策の支援になる。

同時に、中国政府が「NEV以外はHEVが望ましい」と公言したことで、HEV開発も活発になった。将来、年間3000万台の国内需要の半分をNEV(ここにはBEV/PHEV=プラグイン・ハイブリッド・エレクトリック・ビークル/FCEV=フューエル・セル・エレクトリック・ビークルの3カテゴリーが含まれる)、もう半分をHEVでまかなうとなれば、電動モーターはBSG(ベルト・スターター・ジェネレーター)のようなものも含めて年間3000万台分が必要になる。この大半を中国製でまかなおうとしている。もちろんLiBも3000万台分が必要で、これも中国製でまかなう。できるかぎり国内で完結できる方向を中国は狙っている。これが、習近平政権が言う「国内大循環」なのだろうか。

ホンダが上海モーターショーで発表したPHEV、「BREEZE PHEV」。広汽Honda初となるプラグインハイブリッド車として、今年の後半に中国での発売を予定している。

HEV普及では、トヨタが2019年4月に「プリウスなどHEVに関する特許を無償で提供する」と発表、同日付けで特許公開に踏み切った。対象特許件数は2万3740件におよび、パナソニックと協業する電動車用2次電池(バッテリー)を除くほとんどの技術を解放するという大型特許解放だった。これに吉利汽車や広州汽車が反応し、中国版THS(トヨタ・ハイブリッド・システム)の実現が現実味を帯びた。ただし、その後の詳細は明らかにされていない。

中国のエンジニアリング会社もHEVを提案している。欧州企業も売り込みを活発に行なっている。中国では、通常のICE(内燃エンジン)を搭載する「伝統能源車」の生産に対しては1台ごとに「マイナス1」というペナルティ・クレジットが与えられるが、HEVのような低燃費車はこれが0.5倍、つまり0.5台=2分の1台ぶんのペナルティとして計算される。この倍数が来年は0.3、2023年には0.2となる予定だ。0.2ということは、5台作って1台分のペナルティであり、かなりの優遇である。

習近平国家主席の「カーボンニュートラル」発言の意味を取り違えてはならない

国内需要の半分がNEVになり、残り半分がHEVになれば、中国の石油消費量は激減する。これが狙いだ。原油の輸入に頼らない国内完結型のエネルギー需給を中国はめざしている。BEVに充電する電力は原子力発電所の増設でまかなう。結果的に「CO2(二酸化炭素)排出削減」になる。習近平国家主席は国連での演説で「カーボンニュートラル」発言をしたが、その意味を取り違えてはいけない。すべてはまず、中国都合なのだ。




日本では管総理が官僚と経済界にろくな相談も根回しもなく、独断でカーボンニュートラル発言を行なった。官僚が積み上げた「実現可能な数値」は無視した。仕方なく各省庁は追従した。

霞が関周辺を取材すると、「日本としてのあるべき姿」の議論が盛り上がり始めていることを感じる。欧米が狙う「投資呼び込みのための環境政策」ではなく、日本の経済成長や社会の姿に適合した方法の模索である。「軽自動車までBEVにすることが正義ではない」とは、経産省内部でもささやかれていることだ。




中国は、原発で発電した電力でBEVを動かし、ICE車はHEVに向かわせることを決めた。フランスは1980年代に稼働開始した原発の耐用年数を50年に延長した。アメリカは多くの原発が60年運転への認可申請を行なう方針だと伝えられている。いまの時点での電力需要にBEV分を上乗せしなければならない以上、電力の確保は最重要課題であり、各国とも原発に頼らざるを得ないというのが現状だ。

陸続きのEUでは、たとえば脱原発を政策として決めたドイツも、電力が足りないときはフランスから買う。ほとんどの国が隣接する国と送電網を共有し合っているからこれができる。EU全体では約25%の電力を原子力がまかなっている。この事実が中国にとっては原発増設の免罪符である。「石炭をやめて原子力にします」は、国際的には立派なCO2削減策なのである。




ESG投資とやらで、海外企業は日本に「台風にも耐えられる海上風車」を売り込んできた。ビルの屋上に太陽光発電パネル設置を義務付けるべきだなどと小泉環境大臣が発言している。あれ? 屋上緑化を言い出したのはいつでしたっけ? 閣僚の思考レベルはこの程度だ。

お隣の一党独裁国家よりもマシな選択が日本には求められる。電気料金が1kWh=100円になってもいいから脱原発を進める覚悟はあるのか。その場合、代替手段は国内企業で完結できるのか。内政干渉に近いESG投資圧力(その根拠はきわめて曖昧)を振りかざすEUやアメリカに対し、日本の富を海外流出させない方法で電力需要増を乗り切れるだけのプランを作ることはできるのか。




現時点で日本と中国の政策をジャッジすれば、中国の勝ちだ。筋がとおっているし目標も明確だ。一党独裁国家として正しい指針の示し方である。世界に対しては「ウソも方便」を使っている。いっぽう、民主主義国家として日本は、国民も国際社会も説得できていない。

日本が優っている点は、世界で唯一LCA視点を取り入れた電費計算方法をBEVに適用していることと、政治ではなく純粋に技術要件から決定した燃費基準を策定していることだ。省エネと政治を日本はきちんと分離してきた。これは今後も貫くべき点だ。




日本に足りないのは「知らしめる」努力だ。しかし、ここは政治家にも官僚にも任せられない。優秀な日本企業が結束すべきだ。産業横断で民間宣伝省的な組織と活動が必要だと筆者は考える。

情報提供元: MotorFan
記事名:「 「カーボンニュートラル」の裏を読め。CO2クレジット商売は金になる。日本はどうすべきか?