ロンドンのテムズ川岸に打ち上げられた男児の胴体は、頭部と両手足を鋭利な刃物で切り落とされていたばかりか、殺害後の血抜き処理によって血液も大半が失われていた。そして、消化器からマメ科植物より抽出される幻覚、興奮剤が発見されたことから、男児は人身御供の犠牲になったと考えられたのである。

 しかし、指紋や顔はおろか歯型の一部すら入手できなかったため、捜査当局は法医学的なアプローチで身元特定を試みた。その結果、男児はナイジェリアで生まれたことが明らかとなったが、その他に手がかりは得られなかった。そして捜査が暗礁に乗り上げた頃、ドイツでナイジェリアのヨルバ族に根付いた秘密結社より逃亡した女性が、極めて有力な情報を提供したのである。彼女は自分の子供が人身御供の犠牲になるところ、からくも逃亡に成功したこと、そしてロンドンで殺害された子供についても知っていると述べたのである。

 イギリスの捜査当局者はドイツ連邦警察と連携し、女性が暮らしていた部屋からオレンジの半ズボンを押収した。それは、テムズ川に打ち上げられた男児の遺体が身に着けていたものと同じで、ドイツや周辺諸国でしか流通していない、イギリスでは販売されていないブランドだった。さらに、女性とつながりのあるナイジェリア人男性「キングスレー・オジョ」なる人物も浮上した。

 捜査当局はさっそくキングスレー・オジョの自宅を捜索し、ヨルバ族の秘密結社が用いる祭儀道具などを発見した。だが、テムズ川に打ち上げられた男児の遺体に結びつく証拠は発見されず、遺伝子鑑定においても両者の関連を裏付ける情報は得られなかった。結局、オジョは国際的児童人身売買などの罪で起訴され、有罪判決を下されたが、殺人は立証できなかった。

 また、通報した女性もナイジェリアへ強制送還されたため、捜査はほぼ振り出しに戻ってしまった。

 しかし、現代社会において実際に子供が人身御供の犠牲となっていること、さらに生け贄目的の児童人身売買ネットワークも実在していることが明らかとなり、イギリス社会は非常に大きな衝撃を受けたのである。

(続く)

【記事提供:リアルライブ】
情報提供元: リアルライブ