些細な誤訳がニュートンの思惑を外していました。

米国のバージニア工科大学(Virginia Tech)で行われた研究によって、ニュートンの第一法則が、誰も気づかないまま300年に渡り、誤訳されていたことが示されました。

ニュートンの第一法則は一般に「力が働いていない物体は直線移動するか静止したままである」と解釈されています。

しかし研究者たちがラテン語の原典を調べたところ、どうやらニュートンは第一法則について「力が働いていない物体」に限らず「力が働いている物体」も含んで述べていたことが判明しました。

もちろん今回の発見により物理理論が書き換わるわけではありません。

しかし誤訳される前の、ラテン語のオリジナルを良く読んでみると、ニュートンが物理法則に対する深い理解がみえてきました。

研究内容の詳細は『Philosophy of Science』にて掲載されています。

目次

  • ニュートンの「第一法則」は間違って解釈されている

ニュートンの「第一法則」は間違って解釈されている

Credit:Canva . ナゾロジー編集部

ニュートンの運動法則は、古典物理学の基礎を築いた、重要な法則です。

ニュートン以前にも物体の運動についてはガリレオやデカルトなどによって言及されていましたが、ニュートンによってはじめて基本法則としてまとめられました。

ニュートンが考えたのは、この世のすべての運動は、物体に加わる力の合計によって説明できるというものでした。

では何も触れていないリンゴはなぜ木から落ちるのか? 落下という現象にも何か力が加わっているはずだ。こうした疑問の答えとして、ニュートンは見えない力、万有引力も発見することになります。(実際には惑星の運行など様々な現象を観察している)

こうして力学の基礎を築いていくニュートンの運動法則ですが、これには第一から第三までの法則が存在しています。

そして、私たちが中学や高校のときに習うニュートンの第一法則では一般に

力が働いていない物体は、静止しているか直線運動を続ける」

と解釈されています。

宇宙空間にボールが存在する場合、なにがしかの外力を加えなければボールは静止したままであり、ボールが一定の速度で飛んでいる場合も、外部からの力がなければ永遠にそのままの速度で飛び続けます。

そういう意味では、この解釈は間違ってはいません。

しかしこの宇宙には基本的に「外部からの力を全く受けることがない物体」は存在しません。

このことはニュートン自身が発見した万有引力からも示されています。どんな物体も何かに引かれており、そして自分自身も何かを引き付ける力を発しているのです。

リンゴが木から落ちたのは、誰も触っていないリンゴという物体にも、引力という見えない力が働いている、それがニュートンの考え方でした。

Credit:Canva . ナゾロジー編集部

そうなると奇妙なことが起こります。

どんなものにも力が働いていると考えていたニュートンが、なぜ運動法則の第一の対称として「力が働いていない(架空のありえない)物体」と読めてしまう危険な表現を行ったのでしょうか?

他にも疑問点はあります。

古くから、既存の解釈による第一法則は、循環論法に陥ると指摘されていました。

Q:力が働いていない物体は静止するか直線的に動くと言っていますが、力がかかっていないことはどうやったら解るか?

A:答えは「静止しているか直線的に移動しているか」です。

ここでも「力が働いていない物体」という表現が議論をおかしくしています。

法則を表現する言葉は法律用語のような「厳密さ」が求められることを、ニュートンが知らないわけがありません。

答えを得るためバージニア工科大学の研究者たちは、ラテン語の原典を改めて精査しました。

するとオリジナルのラテン語においてニュートンは「運動は外力によって強制される限りにおいてのみ変化する」言い換えれば「あらゆる物体の運動は外部から働く力で変化する」と記していたことが判明します。

つまり既存の解釈は「力が働いていない物体」と読めてしまうのに対し、実際の第一法則は「外部からの力が働いている物体」について述べていたのです。

ニュートンが生きていた時代は、一般の人々は物体の動きが何らかの「力」によるものであるということを考えてすらいませんでした。

当時の人々の感覚では、水桶を持ち上げるのに必要なのは「労力」であり「物理学的な意味の力」や「仕事量」によって持ち上がるとは考えていませんでした。

アリストテレスも天体はエーテルと呼ばれる物質で構成されており、円運動をしているのは重力や遠心力といった「力」のせいではなく、エーテル自身に自然に円を描く性質があるからだと考えていました。

今では誰もが当たり前に口にする「物理学的な力」という概念は、当時は当たり前ではなかったのです。

しかしニュートンは違いました。

ニュートンは一般の人々が信じていなかった「物理学的な力」の存在を確信しており、ゆえにラテン語の原典で記された第一法則は「あらゆる物体の運動は外部から働く力で変化する」としていたのです。

なのになぜ現在の私たちは第一法則について「力の働いていない物体は……」と、およそニュートンの意向を無視するような表現を使っているのでしょうか?

研究者たちは些細なニュアンスのミスが原因と述べています。

ラテン語においてニュートンは「運動は外力によって強制される限りにおいてのみ変化する」と記していましたが、1729年にアンドリュー・モットが英語に翻訳する際に「限りにおいてのみ」“nisi quatenus(英語ではexcept insofar)”という部分を「でなければ」“unless”としてしまったのです。

これにより原典のラテン語では「運動は外力によって強制される限りにおいてのみ(except insofar)変化する(つまり物体の変化には力が必要だ)」との力強い主張が、多くの人々の目にする英語版では「運動は外力によって強制されていなければ(unless)変化しない(つまり力が働かな物体には変化がない)」と控えめかつ、循環論法と誤解を誘発する表現になっていたのです。

そして残念なことに、この間違いは修正されることなく拡散していきました。

Credit:Canva . ナゾロジー編集部

ニュートンの偉大な点は、古典物理学が誕生する前から引力をはじめとした「見えない力」の存在を確信し、それを現在でも通用する高い近似性をもった数式へと一般化したことにあります。

アインシュタインの相対性理論もシュレーディンガーの波動方程式もニュートンの「見えない力」を扱った物理学を基礎に、それぞれ新たな理論を提唱しました。

そんな自分の第一法則がたった1回の誤訳のせいで、300年後の世界で妙な表現で出回っていると知ったら、ニュートンは驚くかもしれません。

今後もニュートンの第一法則の解釈は間違ったまま、語り継がれるでしょう。

ですがもし、賢い子供が矛盾点を質問してきたならば、コッソリと真実を教えてあげるのもいいかもしれません。

全ての画像を見る

元論文

Forced Changes Only: A New Take on the Law of Inertia https://www.cambridge.org/core/journals/philosophy-of-science/article/abs/forced-changes-only-a-new-take-on-the-law-of-inertia/3B1DE948FEEC58CD6EB3627F7976CB8F
情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 ニュートンの「第一法則」は300年以上も誤訳されていたと判明!