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建築史家・倉方さんとひも解く大阪。西洋建築の物語に触れる中之島へ




はじめに


大阪・中之島は、明治から大正にかけて建てられた建物が集まって残る、全国でも有数のスポットです。街を流れる川が、二手に分かれた中に浮かぶ島だから、中之島。太い道路と川面の広がりのおかげで見晴らしがよく、風格ある建物が映えます。大都市の真ん中で、建築さんぽへでかけましょう。建物の美しさを際立たせる写真家・下村しのぶさんの写真とともに、旅気分を味わってみて。

Text&Photo:倉方俊輔(建築史家)
【1】西洋建築を学び取り入れた「日本銀行大阪支店」/辰野金吾

【1】西洋建築を学び取り入れた「日本銀行大阪支店」/辰野金吾


JR大阪駅から南に1駅、地下鉄御堂筋線の淀屋橋駅を降りれば、目の前にあるのが中之島です。淀屋橋の名は江戸時代の初め、豪商の淀屋が最初の橋をかけたことに由来します。

中之島には江戸時代、全国の藩の蔵屋敷が建ち並び、商人が出入りしていました。「天下の台所」と呼ばれた大阪の繁栄を支えた場所です。淀屋橋駅の近くに淀屋橋がかかっています。すぐ北に大江橋があり、そこまでが中之島です。東西方向に長く、南北が短い中洲だとわかります。

二つの橋の間にある、立派な建物から眺めてみましょう。「日本銀行大阪支店」です。1903(明治36)年に完成しました。設計したのは辰野金吾。日本で最初の「建築家」の一人で、東京・日本橋の「日本銀行本店」(1896年)の設計者でもあります。こちらも負けないくらい堂々としたつくりで、しかも幅の広い御堂筋に面しています。

正面に立てば、全体が左右対称なのが一目瞭然。国の中央銀行の建物にふさわしい安心感があります。さらに細かいデザインも安定感を生み出していますので、見てみましょう。

真ん中に突き出した玄関を、左右2本ずつの柱が支えています。柱の形は、紀元前5世紀頃の古代ギリシアの神殿に由来します。その高さと幅のバランスや、一番上の装飾の形、「エンタシス」といって上のほうが少し細くなるようにカーブをつけた繊細なデザインも、西洋建築の原点とされる古代ギリシアからの系譜にのっとっています。その上の三角形は「ペディメント」とよばれる神殿の屋根を正面から見た形がもとになっています。

△中央のドーム下に位置する記念室/Photo:下村しのぶ

「日本銀行大阪支店」は、いわば西洋建築の歴史の教科書。古代ギリシアで誕生した美しさのお手本を、古代ローマの人々が取り入れ、さらにルネサンス期からさまざまな施設に使えるように応用された建築のルールを、開国した日本は学ぼうとしたのです。それはなぜか? 銀行や図書館、公会堂といった江戸時代まではなかった建物を建てる際には、使い勝手だけではなく、人びとの気持ちを変革するデザインも、西洋化された社会にふさわしいものでなくてはならないと考えたからです。

△記念室の隣の階段室。丁寧な装飾と品のあるステンドグラス/Photo:下村しのぶ

最初に本格的に学んだ人物が辰野金吾でした。「日本銀行大阪支店」は、古代ギリシアに始まる西洋建築の王道のデザインを駆使して、金融システムを支える安定感を表現し、江戸時代からの中之島の風景を塗り替えています。これを次の世代がさらに展開します。そんな西洋建築の歴史の教科書が今も、街の中に大きく広げられています。

◆日本銀行大阪支店
住所:大阪府大阪市北区中之島2丁目1-45 【2】知の殿堂の風格漂う「大阪府立中之島図書館」/野口孫市

【2】知の殿堂の風格漂う「大阪府立中之島図書館」/野口孫市


川沿いを東に歩くと見えてくるのが「大阪府立中之島図書館」で、設計を行った野口孫市は辰野金吾に建築を習った教え子です。日本銀行大阪支店が建てられた1年後に、中央部分が完成しました。
△ここにもペディメントが/Photo:下村しのぶ

古代ギリシアに由来する4本の柱が、正面のペディメントを支えています。引き締まって見えるのは、例えば柱の間隔を中央だけ少し広くして、奥の壁にある半円アーチの形と対応させるなど、各部分の関係の取り方が巧みだから。

△中央ホール下の劇的で迫力のある階段/Photo:下村しのぶ

内部に入ると広がるのは、ドームの空間です。左右対称に上昇する階段が、縦の空間の広がりを強調しています。配された装飾や彫刻も、知の殿堂の風格。住友家15代当主・住友吉左衛門友純が、建物と蔵書の購入費を寄付しました。

左右の部分は1922年(大正11)年に増築されました。右手2階にはレストラン「スモーブローキッチン・ナカノシマ」が入っていて、デンマーク生まれのオープンサンドを楽しめます。

◆大阪府立中之島図書館
住所:大阪府大阪市北区中之島1丁目2-10 【3】若干29歳の建築家によるデザイン「大阪市中央公会堂」/岡田信一郎

【3】若干29歳の建築家によるデザイン「大阪市中央公会堂」/岡田信一郎


お隣にある「大阪市中央公会堂」は、大阪生まれの実業家が生んだ名建築です。岩本栄之助は両替商の家督を継ぐと、すぐに事業の才能を発揮。1909年(明治36)には32歳の若さで、民間の実業家からなる渡米実業団の一員に加わりました。アメリカで社会的成功者が公共的な事業に財産を投じていることに感激し、帰国後、大阪市に100万円の寄付を行うと発表しました。現在の貨幣価値でいえば数十億円の巨額で、目的は人々に役立つ公会堂の建設と定められます。
△1.2階の大部分を占める大集会室/Photo:下村しのぶ

建設にあたっては建築顧問に辰野金吾を迎え、気鋭の建築家13人にデザイン案を提出してもらいました。提出者が相互に点を入れる方式で、岡田信一郎の案が選ばれました。岡田は辰野金吾に建築を学び、当時はまだ29歳。遠くから眺められるのにふさわしい伸びやかなアーチの岡田案をもとに辰野らが設計を行い、1918年(大正7)年に開館しました。
△窓からは隣の「中之島図書館」のドームが。タイムスリップしたかのような心地に/Photo:下村しのぶ

◆大阪市中央公会堂
住所:大阪府大阪市北区中之島1丁目1-27

おわりに


大阪・中之島には、西洋建築の歴史が連なり、人間の物語が息づいています。建築の数々が今も活用され、市民の憩いの場となっていることも特徴です。大都会の中で、川沿いの風景を眺めながら、ふと目線を遠くに向けてみませんか。
◆倉方俊輔(くらかた・しゅんすけ)
1971年東京都生まれ。大阪市立大学准教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行なっている。著書に『東京レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)、『東京建築 みる・ある・かたる』(京阪神エルマガジン社)、『伊東忠太建築資料集』(ゆまに書房)など、メディア出演に「新 美の巨人たち」「マツコの知らない世界」ほか多数。「東京建築アクセスポイント」と「朝日カルチャセンター」で、建築の見かたをやさしく学ベるオンライン講座を開講している。

◆下村しのぶ(しもむら・しのぶ)
北海道生まれ。写真家。ポートレート、雑貨や料理、そしてビルまで、雑誌、書籍、広告等で幅広く活躍中。著書に『おばあちゃん猫との静かな日々』(宝島社刊)、共著に『東京レトロ建築さんぽ』『東京モダン建築さんぽ』『神戸・大阪・京都レトロ建築さんぽ』(すべてエクスナレッジ刊)などがある。
『神戸・大阪・京都レトロ建築さんぽ』
1,800円/エクスナレッジ

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