はじめに

2020年の大河ドラマ『麒麟がくる』の主人公・明智光秀。織田信長を討った謀反人として知られている彼のゆかりの地を巡る連載です。
最終回は、本能寺の変のその後、明智光秀にまつわる伝説をご紹介します。 「本能寺の変」は徳川家康や明智光秀と共謀していた⁉

「本能寺の変」は徳川家康や明智光秀と共謀していた⁉

言わずと知れた天下人・徳川家康。

実は、信長は家康の暗殺を光秀に伝え、光秀がその計画を家康に話し打倒信長の密約を結んでいた……とする説があります。

それゆえに、その後も3代将軍・徳川家光の乳母に明智光秀の重臣の娘である春日局を重用するなど、光秀と家康が深いつながりをもっていたと語る説があり、それが栃木県にある「明智平」にまでつながっています。
突如現れた名参謀・天海僧正が光秀⁉

突如現れた名参謀・天海僧正が光秀⁉

写真提供/喜多院

1610年徳川家康に招かれて駿府城で講義を開いた天海僧正。これに感銘を受けた家康から帰依を受け、参謀としても重用されます。この時75歳。

そして、3年後の1613年に日光山の住職となり、1616年に家康が亡くなると、以前から残されていた遺言により、天海は日光東照宮の造営に着手、1617年3月に完成します。

日光にある「明智平」、そして日光東照宮にある「桔梗紋(光秀の家紋)」、また、天海の出自に謎が多い点などから、天海僧正は、山崎の戦いで秀吉軍に破れた後にひっそりと生き延びて僧となった光秀ではないか、という説も生まれました。

史実としては否定されていますが、その秀でた才知は共通しているといえるかも知れません。 栃木県にある

栃木県にある"明智平”は光秀が命名した⁉

日光で一番といわれる展望スポットで、ロープウェイで約3分の明智平展望台からは、中禅寺湖、華厳の滝、男体山などが見渡せます。

家康・秀忠・家光の徳川3代に仕えた天海僧正が名付けたとされており、秀吉軍に敗れた光秀が生き延びて天海となり、日光で一番眺めのいいこの場所に明智の名を残したのだとする説もあります。

本能寺の変後も生き延び、江戸幕府の参謀として活躍し、家康が眠る日光の地に名前を残した……そんな、史実とは違う伝説に思いを馳せてみるのも、歴史を巡る楽しみのひとつです。

◆明智平
住所:栃木県日光市細尾町深沢709-5
アクセス:日光宇都宮道路清滝ICから約14km、東武鉄道東武日光駅からバス約35分、明智平下車徒歩すぐ
電話:0288-55-0331(明智平ロープウェイ)

おわりに

いかがでしたか?『麒麟がくる』の主人公明智光秀。謎が多い分、さまざまな噂や伝説が残されています。
嘘のような伝説や謎に迫りながら、妄想を膨らませることも歴史探訪の醍醐味。
ぜひ、そんな気持ちで歴史の旅を自由に楽しんでみませんか?

情報提供元:旅色プラス
記事名:「【栃木】"明智平”にまつわる明智光秀を巡る伝説