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果たして現実解として、ICEなきクルマ社会は成立するだろうか? エンジンをなくしてしまって、ホントにいいのですか? その1


エンジンなんてもう古い。時代はカーボンニュートラル。これからの自動車は電気だ——メディアの論調はいまやほぼこれ一色だ。流行を作ることがメディアの仕事だから、まあこれも仕方ない。しかし、前ばかり見ないで、立ち止まって考えてみることも大切だ。人類とエンジンの関係は本当に切れるのか。断ち切っていいものなのか……。


TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

ICEを謳歌し尽くした欧州の思惑

欧州はICE(内燃エンジン)時代を謳歌した。欧州ほどICE車を楽しんだ地域はない。1992年まで欧州には排出ガス規制がなかった。アメリカでCO(一酸化炭素)/HC(炭化水素)/NOx(窒素酸化物)を規制する大気浄化法(クリーン・エア・アクト=CAA)が成立したのは1963年、日本でCO規制が導入されたのは1967年である。日本がアメリカに倣ってCO/HC/NOxの3物質規制を導入したのは1973年だった。




しかし、欧州は1992年まで無規制状態だった。燃料に含まれる硫黄分が原因のSOx(硫黄酸化物)と高温燃焼によって発生するNOxが酸性雨を降らせ、ドイツの「黒い森(シュヴァルツヴァルト)」で樹木の立ち枯れが増えるまで、自動車排ガス規制は存在しなかった。いま思えば不思議である。

1992年に現在のEU(欧州連合)が誕生し、ここで欧州最初の排ガス規制が話し合われ、ユーロ1規制が決まった。導入は1993年。以降、規制は順次強化され、1997年にユーロ2、2001年にユーロ3、2006年にユーロ4、2011年にユーロ5、2015年にユーロ6(いずれも導入年)と、規制の基本は5回改定された。ユーロ6ではさらに細かく規制ステージが定められている。




世界中の国と地域で主に規制されている排出物は、前述のCO/HC/NOxである。また、ディーゼルエンジン車ではPM(パーティキュレート・マター=微粒子状物質)が規制され、アメリカのカリフォルニア州などでは燃料タンクからの蒸発ガスも規制されている。近年ではガソリンエンジン車でもPMが規制されるようになった。

ディーゼルエンジンで軽油を燃やすと、排気管からはどのような物質が出るのかを図1に示した。




燃料である軽油は、H(ハイドロジェン=水素)とC(カーボン=炭素)の化合物が主成分だ。日本で販売されている軽油は低硫黄軽油であり、硫黄分はごく微量。ただし硫黄はピストンとシリンダーの間の潤滑成分でもあるため、低硫黄軽油は潤滑剤を添加している。

もうひとつの燃料は大気(空気)だ。燃料だけではICEは動かない。化学反応を起こさせる酸化剤となるO2(酸素)を約21%含んだ大気がいる。大気の約78%はN2(窒素)であり、これは不活性ガスのため燃焼には寄与しない。その代わり燃焼の熱を奪う役割を果たし、同時にごく微量のN2は燃料と反応しなかった酸素とくっついてNO/NO2(これがNOx)になる。




図中の「大気成分だけの化合物」は、大気に含まれる成分がそのまま排出されるか、または燃焼時の熱で化学変化を起こしたものだ。最終的には排気管から大気放出される。

「燃焼・エンジンオイルが関係した化合物」は、図中に記入したものよりも実際はずっと種類が多いが、代表的なものを示した。SOxはSO(一酸化硫黄)、SO2(二酸化硫黄=亜硫酸ガス)などがあり人体の呼吸器への影響がある。CH4(メタン)はごく微量の排出だが、これはそのまま燃料になるほか、CO2(二酸化炭素)の21〜72倍の温室効果を持つ。

NH3(アンモニア)はほんの微量の排出だが、悪臭と土壌汚染の原因になる。C6H6もごく微量しか出ないが、造血器系疾患や発ガン性が指摘されている。じつは、排ガス規制で規制されていない物質はこのように多い。ただし、さまざまな工場の煙突から出る「けむり」にくらべれば、自動車排ガスははるかにマシだ。工場煤煙も触媒装置を備えたものがあるが、ガゾリンICE用の三元触媒やディーゼルICE車用のSCR(選択還元触媒)ほど緻密な装置ではない。

現在のディーゼル車排出ガス規制では、この図に描かれた排出物のうちNO/NO2/CO/HC/SO/SO2/PMが規制され、その排出はごく微量になった。そして燃費規制があるためCO2排出も減った。これ以外の排出物は、いま取り立てて問題にするほどのものではない。ガソリン車の場合、そもそも排出ガス成分ではディーゼル車よりも有利である、ただし、現在の高度に燃焼制御されたディーゼルICE車は、同じ排気量と同じ出力で比較するとガソリンICE車より約30〜35%もCO2排出量が少ない。

21世紀に入って以降、欧州の自動車メーカーはディーゼルICEの開発に資金とマンパワーを投入した。CO2排出の少なさを最大限に活かすため、ディーゼルICEの欠点である「排ガス」を徹底的に叩いた。排出ガス対策のため車両コストは上昇したが、CO2優等生であるディーゼルICE車は売れた。EUでのディーゼルICE車販売台数は、2006年に新車の半数を超え、2011年に最高値である55.2%に達した。




しかし、2015年秋にアメリカで発覚したVW(フォルクスワーゲン)による排出ガス不正問題により、ディーゼルICE車の販売比率が2016年から下がり始めた。その穴を埋めたのはガソリンICE車だったが、CO2優等生であるディーゼルICE車販売比率の減少はEUでの自動車由来CO2排出量を引き上げる結果になった。EUでクルマの電動化=エレクトリフィケーションが叫ばれ始めたのはこのときだった。

2017年7月6日、フランスのニコラ・ユロ環境相が「フランスは2050年までにカーボンニュートラルになるために、2040年までにガソリン車とディーゼル車の販売を終了することを目指している」と宣言した。パリ協定に定められたCO2排出目標を達成するためには「これが必要」と語った。この件はあっという間に世界じゅうに伝わり、以降、「ICE車販売禁止」発言は各国に飛び火する。7日からドイツで始まるG20首脳会議の直前の、フランス流アピールだった。

しかし、そのフランスで2018年秋、燃料価格に対する炭素税上乗せと高い生活物価に抗議する「黄色いベスト」運動が起き、これと前後してユロ環境相が辞任した。これ以降、フランス政府は「ICE車禁止」の件をほとんど口にしなくなった。その背景には、ユロ環境相が口走ってしまった(と仏メディアは書いていた)原発依存からの脱却という目標がある。

欧州での電力問題はいま、かなり微妙だ。送電網が国をまたいでいるため、何かあれば電力を融通し合うのが当たり前であり、電力需要の約73%を原子力発電に頼るフランスは、短時間での出力調整ができないという原発の欠点を長所に変え、「いつでも電力を融通できる国」として、この分野でもリーダーシップを握っている。電力融通をコントロールする企業の大手にはエナジープールなど仏企業が多い。また、北欧にはスウェーデン、ノルウェー、フィンランド、デンマークで構成する電力融通組織・ノルドプールがある。

ドイツは脱原発を進めている。そのため、とくに南ドイツで電力が足りない。この穴を埋めているのはフランスからの原発電力である。気象条件によっては環境先進国と言われるデンマークも電力が足りなくなる。デンマークはドイツとフランスから電力を買う一方で前出のノルドループからも電力をもらっている。スウェーデンは原発有効利用の国だが、その点が大っぴらに非難されることはないようだ。

ドイツは深刻だ。ロシアからの天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」に政治が絡んできたためだ。ロシアの反体制派リーダーであるナワリヌイ氏の毒殺未遂事件への関与が疑われているロシア政府に対し、ドイツはノルド・ストリーム2計画の凍結をチラつかせる牽制を行なっている。




ドイツは自国産の褐炭を使った火力発電が同盟90/緑の党をはじめとする「環境派」から非難され、発電規模を縮小せざるを得なくなった。これも「選挙で選ばれる議員」の、ある意味で木を見て森を見ない身勝手な「大衆人気獲得手段」だと筆者は思うが、褐炭発電の代わりにどんな手段で電力を得るかといえば、天然ガス発電である。しかし、天然ガス発電の比率を増やすためにはノルドストリーム2完成が必要になる。

この状況はドイツだけではない。ノルドストリーム2にはドイツ以外にもフランスなど11カ国から100社近い企業が参画している。ドイツやフランスでの報道を見れば、EU全体で天然ガス発電への期待度が高まっていることは容易に想像できる。再生可能エネルギーである風力、太陽光、太陽熱は、気象状況によっては使い物にならない。天然ガスなら設備点検時以外はいつでも稼働する。設備故障はどの方式でも起きるが、天候に左右されないという点では再生可能エネルギーより人為的エネルギーのほうが優れる。だから天然ガス発電が重宝される。

欧州全体で見ても、電力が余っている状況ではない。とくに冬場だ。天候による電力不足を補うため、欧州では以前からネガ(負の、マイナスの、という意味)ワットという制度を導入してきた。電力需給が逼迫した場合に節電に協力してくれる需要家をあらかじめ用意し、必要な場合には対価を支払って節電に協力してもらうという仕組みだ。




欧州については「再エネ発電比率が上昇」というニュースばかりが目立つが、その裏にはネガワット制度や原発大国への依存がある。同時に、EUは現在、ECV(エレクトリカリー・チャージャブル・ビークル=外部充電できるクルマ。この表現をEU委員会とEU議会は最近好んで使う)であるBEV(バッテリー電気自動車)とPHEV(プラグイン・ハイブリッド車)の普及を進めている。当然、これは確実に電力需要を増加させる。

かつて自動車排出ガス規制が存在しなかった欧州は、国境を接した陸続きであるという事情もあった。自国の都合だけで排ガス規制を導入するわけにはゆかなかった。だからドイツは、アウトバーンの速度無制限区間を徐々に減らしていった。しかしEUが誕生し、EU加盟国は同じ規制を導入する道を選んだ。アメリカに29年、日本に25年遅れての導入だったが、今度はその遅れを挽回するかのうようにCO2規制の強化を始めた。

ディーゼルゲートでECVに舵を取らざると得なくなったVWは、電動車のブランド、ID.を立ち上げた。写真はID.3。

EUの自動車CO2規制はECVに有利である。BEVは無条件に排出ゼロ、PHEVは「バッテリーだけで走れる距離」に比例してどんどん有利になる。日本では発電時のエネルギー消費を考慮しBEVといえども燃費無限大ではない。「日本の燃費表示はICE車に甘くBEVに厳しい」とEUや一部メディアは言うが、それはまったくの誤解であり、これこそはLCA(ライフ・サイクル・アセスメント)手法を取り入れた現実的な表記方法である。




EUはECVに甘くICE車に厳しい。「そんなことはない。ならばICE車は原油の採掘・運搬からガソリンと軽油への精製段階でのエネルギー消費も燃費表記に含めないとおかしい」との声をよく聞くが、ならば「発電所の建設と、そこに使われるエネルギーの精製方法まで考慮しないとおかしい」との反論も成り立つ。原子力の場合、どう評価すればよいのだろうか。

カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの発生を「プラスマイナスで実質ゼロ」「行って来い」にすることだ。まったく排出しないのではなく、「この部分のCO2はもともと自然界に存在したものだからカウントしない」とか「太陽光や風力など再生可能エネルギーを使えば、その部分はゼロ」というものだ。




現在のEUが規制している自動車排出CO2は「走行段階」だけだ。しかし、これから実質ゼロを目指すとなると、製造段階と廃棄段階も含め完全なLCA的視点が必須になる。

ダイムラーは、ポーランド南西部の都市ヤボル(Jawor)にバッテリー工場を建設している。ただし、ここで行なわれるのは、バッテリーの組み立てであって、バッテリーセルは外部からの供給に頼ることになる。

ここに到達する手段は、果たしてBEVだけだろうか。EUはICEを搭載するPHEVに対し疑いの目を向けながらもECV普及という大目標のために現在は容認している。しかし、過去に筆者が何度も書いてきたように、EU内にはECVのための電池工場がほんのわずかしか存在しない。欧州企業ノースボルトの電池工場はまだ計画段階であり、現在稼働しているのは韓国・LGケミカルのポーランド工場だけだ。中国・CATL(寧徳時代新能源科技)がドイツに建設中の工場は近く稼働するようだが、この2工場だけでは到底、電池需要をまかなえない。

EUは、電池分野を中心としたカーボンニュートラル産業への投資を誘っている。できれば在欧企業に投資してほしい。そのために「競争を阻害する」という理由で禁止しつづけてきた政府補助金を復活させた。同時に投資ファンドに対しては「EUの政策に沿って投資先企業を選別すべし」という無言の圧力をかけている。投資さえ集まれば、やりたいことができると考えている。この点ではファンド側の利益と一致するから、政府系ファンドだけでなく民間ファンドも「環境投資」への誘導を始めた。

しかし、いっぽうでこの冬の寒さが欧州の電力事情を逼迫させている。メディアは「寒波は地球温暖化が原因」という暴言を平気で吐く。CO2など温室効果ガスを悪者にしておけば、やりやすい。だから本当にCO2が元凶なのかという検証もしないしするつもりもない。エビデンスのないものに世の中が支配されつつある現状は、中世の魔女狩りに等しい。現在は「CO2狩り」である。




そこに目をつむったとしても、果たして現実解としてICEなきクルマ社会は成立するだろうか。EUは「徐々に減らせればいい」とは思っていない。今後15年〜20年で完全に自動車エネルギーの構造転換を狙っている。EUの産業競争力向上のためには絶対にBEV化が必要だと主張している。PHEVでさえ「過渡的なもの」と考えている。BEV推進となれば当然、再生可能エネルギーによる発電と、そこで得た電力を貯めておくための蓄電池が産業の中心だということになる。

しかし、前述のように、EUには車載電池を開発・量産する企業はほとんどない。さて、ここをどうするのだろうか。(つづく)

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