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いま再びマツダの水素ロータリーエンジンへの期待「REは水素燃料と相性が良いのか?」


自動車のエネルギーとして水素=H2を利用しようという動きが活発化している。それはFCEV(水素燃料電池車)だけではない。いま水素を燃料とするロータリーエンジンへの期待が再燃している。その背景を解説する。


TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

水素を使うe-FUELやe-GASの研究は世界的に進められている。PHOTO○BOSCH

自動車のエネルギーとして水素=H2を利用しようという動きが活発化している。再生可能エルギーで水を電気分解してH2を得る「e-fuel」や、同様に再生可能エネルギーを使ってCH4(メタン)燃料を生成する「e-gas」などがすでに実証実験の段階に入っている。こうして得たクリーンなH2燃料を使って通常の内燃機関エンジン搭載車を走らせる。あるいは水素を使って発電するFCEV(燃料電池電気自動車)に使う。使用段階での排出物はほぼ水だけ。というシナリオだ。




このなかで内燃機関へのH2利用は、現在の技術を持ってしても難物である。最大の理由はH2の「燃えやすさ」にある。H2の最小点火エネルギー、最小限これだけのエネルギーがあれば周囲のO2(酸素)と反応して燃焼を始めるというエネルギー量は0.02J(ジュール)だ。ガソリンは0.24J。「着火しやすさ」はガソリンの12倍である。すぐ「カッとなって燃える」のがH2である。だから扱いが難しい。

1992年のマツダHR-X2
とその水素ロータリーエンジン
RX-8に水素ロータリーを積んだクルマ。

しかし、この「着火しやすさ」というH2の性格を穏やかにしてくれるエンジンがある。ロータリーエンジン=REだ。世界で唯一、自動車用REを実用化し200万基以上の生産実績を誇るのがマツダは、30年以上も前にH2とREの相性の良さに気付いていた。そして1989年にH2燃料REの研究を開始し、過去に何台ものプロトタイプを製作した。すでにマツダは、余分なエネルギーを消費しないでH2を安定的に製造できる方法とH2燃料の流通手段さえ整えば、あまり時間をかけずにH2REを実用化できるだけの技術と知見を持っている。




なぜREはH2燃料と相性が良いのか。これを手短に説明する。筆者のH2知識の基礎は、1988年に武蔵工業大学の古浜研究室で試乗させていただいたH2燃料車「武蔵8号」についての古浜教授へのインタビュー、1990年当時のマツダ技術系役員だった南さんをはじめ、その後にRE開発に携わった柏木さんその他の方々へのインタビューと、マツダやBMW、ロベルト・ボッシュなどが発表した論文である。




ピストンの上下運動を回転運動に変えるレシプロエンジンの場合、吸気、圧縮、燃焼は同じシリンダー内で行なわれる。前行程での「燃えかす」を排気行程で追い出し、カラになったシリンダーに吸気行程で新しい空気を入れ、燃料と空気をあらかじめ混ぜておくか、あるいは圧縮行程で混ぜるか、いずれかの方法で混合気を作る。しかし、燃焼しやすいH2は、前行程の排気を追い出した直後のシリンダー内に入れた途端、筒内の「熱を帯びた場所」に触れて自然に燃焼してしまう。これを異常燃焼=バックファイアと呼ぶ。

かつてBMWも水素を直接内燃機関で燃やすエンジンを開発していた。当時の7シリーズに搭載した実験車でテストも重ねていた。

2008年。水素インジェクターの筒内イメージ。PHOTO○BMW

ガソリンエンジンでも、圧縮比が高い場合などにはプラグ点火前にガソリンが筒内で自着火してしまう不整着火=ノッキングという現象があるが、H2燃料の場合、最小点火エネルギーが極めて小さいだけでなく、空気と混ざって混合気になったときの層流燃焼速度もガソリン混合気よりすこぶる速い。ガソリンはλ(ラムダ:理論空燃比)=1で40cm/秒、H2はλ=1で265cm/秒というのが2008年時点でのマツダのデータである。H2はサッと燃えてしまう。




層流燃焼速度が速いと、バックファイアを起こさずにプラグ点火燃焼できたとしても、アッという間に燃焼火炎はピストン冠面やシリンダー内壁に到達する。ピストンを押し下げる作業と同時にシリンダー壁面とピストン冠面を充分すぎるほど温めてしまう。エンジン内部を温めるのに使われたエネルギーは冷却水を温めるだけで走行エネルギーにはならない。つまり冷却損失が増える。




ガソリンの場合、プラグ点火したあとの燃焼火炎の広がり方は比較的ゆっくりしている。プラグ電極近傍にある混合気に電気エネルギーが与えられ、その場所から燃焼が始まり、火炎はその隣の燃料分子、さらに隣の燃料分子……と徐々に燃え広がる。これを「火炎伝播(でんぱ)」と呼ぶ。




ディーゼルエンジンの場合は、圧縮されて温度が高くなったシリンダー内の空気に燃料を噴射すると、噴射するそばから同時多発的に燃焼が始まる。プラグ点火はいらない。火炎伝播は起きるが、すぐ隣でも燃料分子がすでに燃焼を始めているからガソリンエンジンに比べて伝播距離が短い。そしては、厄介なほど燃焼速度が速い。これが熱効率追求の妨げになる。

H2を燃焼に使う場合、バックファイアを防ぐ手段のひとつはリーンバーン(希薄燃焼)である。ガソリンと軽油は理論空燃比(ストイキオメトリー)が14.7前後。これは燃料1グラムを燃やすのに必要なO2を得るためには14.7グラム程度の空気がいるということだ。H2のストイキは34.3グラム。1グラムのH2を完全に燃やしきるには34.3グラムの空気に含まれるだけのO2がいる。この数字だけを比べても、はガソリン/軽油に比べてリーン燃焼であると言える。




ストイキよりも空気(つまりO2)が過剰な状態で燃やすことがリーンバーンだ。ストイキの場合はλ(ラムダ)=1。空気過剰の場合はλ≧1、空気が少ない「燃料リッチ」の燃焼はλ≦1。水素の場合、ロベルト・ボッシュが2020年のウィーン内燃機関シンポジウムで発表した論文では「λ=1.8〜1.5の間で、DI(ダイレクト・インジェクション=筒内直噴)とPFI(ポート噴射)の両方を使ってを供給し、運転状態に応じてDIとPFIを使い分ける」方法が示されていた。




しかし、4気筒2ℓターボ過給エンジンをロベルト・ボッシュがH2仕様に改造した実機では、λ=1.8でも2000rpmやや下で18bar程度のBMEP(正味平均有効圧)にとどまり、λ=2.2の場合は低回転側でさなざまな制御を行なってもBMEPは15bar弱がやっとだった。H2を濃いめに使うとNOx(窒素酸化物)が多く出てしまう。同時にバックファイア領域に近くなる。空気中のN(窒素)と、H2と反応しなかったO2がくっ付いてNOxになるという現象は、ガソリン/軽油の場合と同じである。だからといって排ガスに気をつかうと、発進トルクの薄いエンジンになってしまう。

では、REはどうか。




REは吸気ポートから取り入れた空気がローターの回転に合わせて移動する。吸気/圧縮/燃焼のそれぞれの行程は、べつの部屋で行なわれる。そのため、H2と空気を混ぜて圧縮していった先でも、バックファイアが起きるような「熱い場所」がない。レシプロエンジンの場合は排気バルブ周辺がホットスポットであり、ここで水素が自着火してしまう。しかし、REはホットススポットができない。




このREの仕組みは、ガソリンを燃料に用いる場合は欠点だった。圧縮することで吸い込んだ空気を温めたいのだが、部屋が移動するため壁面がつぎつぎと新しく出現し、なかなか暖まらない。しかしH2を燃料とする場合は、これが吉と出る。




いずれH2REについては細かく解説したいと思う。今回はその序章である。マツダがRX-8ハイドロジェンREの試作に着手したのは、すでに15年前のことだ。内燃機関についての新たな知見と、REに利用できるデバイスの自由度は、当時と現在とでは比較にならない。だからREに期待する。




それにしても、なぜが自動車燃料としてふたたび注目され始めたのか。大きな背景はBEV(バッテリー電気自動車)に代表される電動車両普及に潜む問題点だ。「大量にBEVが普及すれば、ガソリン/軽油という化石燃料を使う場合に比べて劇的にCO2排出を抑制できる」と言われていたが、逆にBEVを運用するために増える排出があるため「差し引きそれほど劇的な削減にはならない」との指摘がある。




また、BEV普及を進めている欧州では、もっとも高価な部品である電池をアジア勢(日本、韓国、中国)に握られていることと、その電池の資源リサイクルシステムの構築が中国の電池価格攻勢によってコスト面で成立しにくいことのなどが問題視されている。「BEVでは雇用を確保できない」という認識は産業界では常識化した。




再生可能エネルギーでH2を精製し、それを自動車で使う。FCEVの場合は99.99%という高純度H2が求められるが、内燃機関で使うなら純度70〜80%で充分という点も、利用研究が加速している背景だ。




エネルギーには政治が付き物であり、EUでの中国でも、BEV普及は政治の選択である。この点を忘れてはならない。H2燃料とH2REについては、回をあらためて解説しようと思う。

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