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東芝エネルギーシステムズ:高温超伝導を用いた粒子加速器用電磁石の機能実証に成功


京都大学、東芝エネルギーシステムズ、高エネルギー加速器研究機構、量子科学技術研究開発機構は、このたび、資源の枯渇が心配される液体ヘリウムを使わずに冷却できる加速器応用に向けた高温超伝導電磁石を開発し、その機能を調べる実証実験を重粒子線がん治療装置(HIMAC)にて行った。その結果、銅線を使った電磁石では発生できない2.4テスラという高い磁界によるがん治療用炭素イオンビームの誘導を実証し、粒子加速器の運転上の支障を想定した高温超伝導コイルへの粒子ビームの直接入射を行っても超伝導状態が破れず電磁石が安定して動作し続けることを実証した。さらに、発生する磁界を繰り返し速く変化させても電磁石を安定して運転できることを確認した。

 超伝導線[*1]には銅線の数百倍の密度の電流を無損失で流すことができる。そのため、超伝導線でコイルを巻いて電磁石を作れば、銅線で巻いたコイルを用いた電磁石では発生できないような高い磁界を発生することができ、また、省エネとなる。




 おもな超伝導線には10K程度[*2]で超伝導になる低温超伝導線と100K程度で超伝導になる高温超伝導線がある。高温超伝導線は超伝導を維持できる温度が高いため、液体ヘリウム温度4Kよりも高い10K~20K以上の温度で運転できる。さらに、なんらかの理由で熱が加わり温度が上昇しても、超伝導状態が破れにくいという利点を有している。これは、安定した運転が強く要求される医療用粒子加速器などへの応用を考えた場合、大きなメリットだ。


 しかし、高温超伝導線を構成する超伝導材料は脆いセラミックスであるため、コイルに巻くためには高度な技術が必要で、高温超伝導線を用いた粒子加速器用電磁石[*3]は実用化されていない。



図2 高温超伝導電磁石内のコイル配置

図3 超小型重粒子線がん治療装置(回転ガントリー)*量子科学技術研究開発機構 関西光科学研究所提供

 本研究グループは、高温超伝導線でコイルを設計・製造する技術を開発し、これを用いて、小型で軽く省エネで高い磁界を発生できる粒子加速器用電磁石を作るための技術の研究開発を進めてきた。このような電磁石が実現できれば、がん治療[*4]や核廃棄物の有害度低減[*5]などに用いるための粒子加速器を小型化、省エネ化することができる。




 今回、液体ヘリウムを使わずに、極低温冷凍機という装置を用いて熱伝導でコイルを冷却する加速器応用に向けた高温超伝導電磁石を開発し、その機能を調べる実験を量子科学技術研究開発機構放射線医学総合研究所の重粒子線がん治療装置(HIMAC)にて行った。主な成果は以下の三つ。




● 2.4 T(テスラ)の磁界によるがん治療に用いる炭素イオンビームの誘導を実証


 図1に示すビームダクトという粒子ビームを通すための穴に430 MeV/uというエネルギーの炭素イオンビームを通し、高温超伝導電磁石によって発生した最大2.4 Tという大きさの磁界で、計算により予測した通りに粒子ビームが偏向、すなわち誘導できることを実証した(図4)。


 2.4 Tという大きさの磁界は銅線を使った電磁石では広い空間に発生できず、銅線を使った電磁石に比べて粒子ビームの軌道を大きく曲げることができた。これは粒子線がん治療装置の小型化に貢献する。



図4 高温超伝導電磁石による炭素イオンビーム誘導の実証:コイル電流を大きくすると発生磁界が大きくなりビームの偏向角度が大きくなる。ビームスポットは、蛍光板で観測した炭素イオンビームの形状。

● 炭素イオンビームを入射しても高温超伝導電磁石が安定に動作を継続することを実証


 重粒子線がん治療に用いられる炭素イオンビームを意図的に高温超伝導コイルに入射し、これに伴う発熱による温度上昇があっても超伝導状態が破れず電磁石が安定して動作し続けることを実証した(図5)。


 粒子加速器においては、このような粒子ビームのコイルへの入射事象の可能性を排除できず、これにより電磁石の超伝導状態が破れると加速器の運転を長時間にわたり中断しなければならない。今回の実験結果は、安定した運転が強く要求される医療用粒子加速器などへの応用を考えた際の高温超伝導電磁石のメリットを示すもの。



図5 炭素イオンビームを入射したときのコイルの電圧:電圧、すなわち電気抵抗が発生しておらず、超伝導状態が安定に保たれている。

● 発生する磁界を繰り返し速く変化させても高温超伝導電磁石を安定して運転できることを確認


 電磁石が発生する磁界を最大2.4Tまで120秒で上げ120秒で下げることを繰り返しても、高温超伝導コイルの温度が変化せず、電磁石を安定して運転できることを確認した(図6)。


 磁界が変化すると超伝導線には交流損失と呼ばれる発熱が生じるため、MRI用電磁石、NMR用電磁石など、これまで実用化されていた超伝導電磁石のほとんどは一定の磁界を発生するものだった。しかし、粒子線がん治療装置などにおいては磁界を変化させても安定に運転できる超伝導電磁石が望まれており、今回の実験結果は、このような応用に向けて高温超伝導電磁石が持つ高いポテンシャルを示すもの。

図6 コイル電流を毎秒1.67Aで200Aまで、すなわち、磁界を毎秒0.02Tで2.4Tまで繰り返し変化させたときのコイル温度の変化:コイル温度は18Kに安定に保たれ、超伝導電磁石を安定に運転できている。

 今後、高温超伝導電磁石の高磁界化や磁界を変化させたときに超伝導線の内部で発生する交流損失の低減などの研究開発に取り組み、粒子線がん治療装置の超小型化、省エネ化の実現を目指す。これにより、粒子線がん治療装置の一般病院への設置が可能になれば、健康長寿社会に大きく貢献できると期待している。




 また、今回の成果は、粒子線がん治療装置に限らず、多様な粒子加速器の小型化、省エネ化につながる大きな波及効果をもつもの。




 さらに、本成果を発展させ、高温超伝導電磁石を用いて交流高磁界、すなわち時間的に変化する高磁界を発生する技術が創生されれば、広範な分野における実現技術として大きな波及効果が期待できる。

研究者からのコメント

粒子線がん治療用の粒子加速器は、超伝導状態の安定性に優れた高温超伝導の利点を生かせる応用であると考え研究に取り組んできました。今回の成果は実用化に向けた重要なマイルストーンであると考えています。また、時間的に変化する交流高磁界を発生する高温超伝導電磁石は様々な点で学術的にも興味深いものです。これまで、超伝導体の交流応用の研究に長年取り組んできた研究者として、この成果を足掛かりに交流高温超伝導電磁石技術を様々な分野の実現技術(enabling technology)にできればと考えています。(京都大学 大学院工学研究科・教授 雨宮 尚之)

1.「超伝導」と「超電導」:意味は同じ。本稿では、原則として「超伝導」という表記を用いたが、固有名詞に関しては元の表記に従った。


2.絶対温度:○○Kは絶対温度。0Kは摂氏マイナス273度に、273Kは摂氏0度に等しい温度。


3.粒子加速器用電磁石:高い速度(高いエネルギー)まで炭素イオンや陽子などの荷電粒子を加速する円形粒子加速器では、これらの粒子を円に近い軌道で周回させる必要がある。磁界によって粒子の軌道を曲げて周回させるために、強い電磁石が用いられる。


4.粒子線がん治療:高速の炭素イオンや陽子をがん病巣に狙いを絞って照射する最先端の放射線治療法であり、治療効果が高く副作用も少ないという特徴をもっている。しかし、炭素イオンや陽子を高速に加速し、多方向から病巣へ照射するために大規模な粒子加速器システムが必要であることが普及の拡大の妨げになっている。


5.加速器駆動核変換システムによる核廃棄物の有害度低減:高速の陽子によって作った中性子を用いた核変換により放射性廃棄物の有害度を低減できる。このための加速器駆動核変換システムを実現する上で、省エネで小型の粒子加速器がひとつの鍵となっている。
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