今年も花の便りが届きはじめました。どんな時でも季節が巡ると規則正しく開花する桜は、私たちの心を和ませてくれますね。
3月20日は春分の日。春分の日とは、どんな意味があるのでしょうか。この時期をお彼岸というのはなぜなのでしょうか。今回は春分の日にまつわる風習と暦との関係についてご紹介します。


春分の日と秋分の日は、重要な国家の祭日だった

春分の日とは1948年(昭和23年)に法律で定められた国民の祝日で、「自然をたたえ、生物をいつくしむ」日とされています。このような趣旨の日だったと、はじめて知る人も多いのではないでしょうか。
国民の祝日となる以前の春分の日は、「春季皇霊祭(しゅんきこうれいさい)」という国家の祭日でした。宮中で歴代天皇、皇后、皇族の神霊を祀る儀式が行われていました。
春分の日と対になるように、秋分の日も国民の祝日と定められています。秋分の日の趣旨は、「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」日。秋分の日も以前は「秋季皇霊祭(しゅうきこうれいさい)」という国家の祭日で、同様の儀式が宮中で行われていたのです。これらの儀式は、伊勢神宮をはじめ各地の神社で現在も執り行われています。
遡ると、春分と秋分の日の頃に先祖を供養し故人をしのぶ「お彼岸」の仏事は、日本独自の風習として古来行われていました。このような仏事は「彼岸会(ひがんえ)」といわれ、最古の記録は平安時代の806年のこと。その後、庶民の間でも先祖供養の日として浸透していきました。


自然崇拝と先祖供養。日本古来の風習「お彼岸」

春分、秋分の日をそれぞれ中日として、前後3日間を含めた計7日間が「彼岸」と呼ばれる時期です。彼岸とは「向こう岸、対岸」を意味し、仏教では悟りの境地、極楽浄土を指します。太陽が真東から昇って真西に沈むとされる春分の日と秋分の日は、彼岸に通じる最短の日。そのため、先祖を供養するための特別な日とされていたのです。
また、春の彼岸は種蒔きの頃に、秋の彼岸は収穫の頃にあたることから、彼岸は自然の恩恵に感謝する日でもありました。自然崇拝と先祖供養を合わせた大切な時期として、彼岸の風習は現在まで受け継がれてきたのですね。

◆2020年の彼岸
【春彼岸】
彼岸の入り:3月17日(火)
中日(春分の日):3月20日(金・祝)
彼岸の明け:3月23日(月)
【秋彼岸】
彼岸の入り:9月19日(土)
中日(秋分の日):9月22日(火・祝)
彼岸の明け:9月25日(金)


日付が変動する!天体の運行に導かれる祝日

天文学上の「春分」は、太陽が黄経0度の春分点を通過した時を意味します。太陽が真東から昇り真西に沈むとされ、昼と夜の長さがほぼ等しくなり、この日を境に太陽が出ている時間が長くなっていくため、本格的な春の到来を告げる日とされていました。一方、「秋分」は太陽が黄経180度の秋分点を通過した時。昼間がだんだん短くなり、冬に向かって寒さが増していく時期になります。春分と秋分はそれぞれ季節の変わり目にあたります。「暑さ寒さも彼岸まで」といわれますが、「季節の変わり目」が彼岸の時期にあたるからなのですね。
春分の日、秋分の日は、年によって異なります。それは、地球の公転日数が365日ちょうどではなく、実際には365日5時間48分45.147秒と6時間弱のずれがあるため。閏年が入っても、春分の時刻は4年前と全く同じになることはあり得ないのです。そのため、長期的に見ると春分の時刻は少しずつ早まっているそうです。4年後の2024年からは、閏年を含む3年間は3月20日が春分の日で、残りの1年が3月21日という組み合わせになります。さらに、2056年からは毎年3月20日になると予想されています。秋分の日も同じ理由で変動しています。毎年9月23日となったのは1980年のことで、2012年からは4年に一度9月22日が秋分の日になっています。
このように日付の変動が予想されるため、国民の祝日のなかでも春分の日と秋分の日は、「国民の祝日に関する法律」に具体的な日付が記載されていません。前年2月の最初の官報に暦要項を掲載して発表されているのです。春分の日と秋分の日は、天体の運行によって決められる祝日だったのですね。

現在、日本をはじめ世界中の多くの国で使用されているグレゴリオ暦では、キリスト教の宗教行事のために春分の日は重要な日でした。日本でも古より春分の日の前後はお彼岸の時期として、自然をたたえ祖先を敬ってきたことに不思議な繋がりを感じますね。


参考文献
岡田芳朗・松井吉昭 『年中行事読本』 創元社
参考サイト
国立天文台