西武は13日、投手育成アドバイザーの清川栄治(きよかわ・えいじ)さんが悪性腫瘍のため5日に都内の病院で死去したと発表した。62歳。京都市出身。広島と近鉄で救援左腕として活躍し、438試合連続救援登板の当時の日本記録を持っていた。引退後は99年から広島、07年からはオリックス、14年からは西武で1軍、2軍の投手コーチ、育成担当などを歴任。幅広い知見を持ち、西武では現在1軍で活躍する高橋や今井、昨季支配下登録されて好投した豆田らの育成に従事するなど手腕を見せてきた。
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清川栄治さんは、広島時代をともに過ごした「炎のストッパー」津田恒実さんと兄弟のような関係だった。清川さんが1学年下。津田さんは現役時代に脳腫瘍を発症し、過酷な闘病も実らず93年に32歳で他界した。津田さんの晃代夫人(60)は突然の知らせに「信じられません」と絶句。「私にグチを言わない主人が清川さんにはグチをこぼしていたみたいです。キヨ、ご飯行こうって」と懐かしんだ。
津田さんがこの世を去ったあとも、清川さんはいつも近くにいた。山口県周南市にある墓前を頻繁に訪問。「お墓参りの際は、近くで1人暮らしをしていた主人の義父のところにも必ず立ち寄ってくれていました。義父もそれが楽しみで『今日、清川くんが来てくれたよ』と報告してくれました」。清川さんが自身の母を連れて墓参りに来たこともあったという。「本当に律義な方でした」。コーチ転身後は丁寧で、親身な指導で知られた清川さん。どこまでも情に厚い人だった。【柏原誠】