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「また愛媛に来よう」他の乗客に先を譲った高校球児の振る舞いに心底彼らを誇りに思った


四国大会が行われた愛媛の坊っちゃんスタジアム(撮影・青山麻美)

その球児たちの姿を目にしながら、私はとても恥ずかしい気持ちになった。愛媛県を走るJR予讃線の、市坪駅から隣の松山駅に向かう車中の事だった。所要時間にして4分。彼らと同乗しながら、後悔の念がどんどん大きくなっていった。駅に着くまでの時間がものすごく長く感じた。

◇  ◇  ◇  ◇  

それは四国大会が幕を開けた4月下旬の事だった。午前中に降り続いた雨の影響もあり、晩春の愛媛でもとても肌寒かった。

2月に密着動画「高校球児の1日」で取材した、地元の松山商が出場することもあり、プライベートで四国大会の観戦に来ていた。

強豪が出そろった今大会は注目カードも多く、一日4試合、朝からスコアをつけながら食い入るように観戦していた。

すっかり暗くなり、照明が灯った第4試合で、高知対松山商の試合が進んでいく。2月に撮影した時よりも体が大きくなった松山商ナインに、鋭い打球で襲いかかる高知ナイン。

密着取材をすると、彼らがどれほどの思いを持って日々を過ごしているかが分かる。そして、取材をしていなくても、相手チームの選手たちも同じように日々頑張っていることは安易に想像がつく。

試合は、7対0で高知のコールド勝ち。高校野球は、春から夏にかけて一気にチームが成長するとよく聞く。敗れた松山商も、この負けを夏へのパワーに変えてくれるだろう、そして高知もこの勝利の自信を夏につなげるのだろう、そんな展望を胸に、球場をあとにした。

◇  ◇  ◇  ◇  

松山駅に向かうため、坊っちゃんスタジアムに隣接する市坪駅に入ると、ホームにはジャージーを着た球児が20人弱と、2~3人ほどの乗客が電車を待っていた。そこから次の電車が来るまでの10分間ほど、ホームはどんどんと人が増えてきた。

2両編成の電車がホームに入ってきた。松山駅行きの乗り口は、最後部の1カ所のみだ。

体も冷え、電車を待ちわびた人々が一斉に乗り込もうとドア付近に集まった、その時だった。

そこにいた、恐らく1番最初にホームで待っていたであろう20人弱の選手達が、ホームの端に寄り、乗り口を広く開けた。

他の乗客達は、足早に乗り込んでいく。

土地勘もなく、その光景をボーッと見ていた私は思った。

「ああ、この子達はこの電車ではなくて、他の行き先の電車を待っているんだな」

彼らの横を通り過ぎ、電車に乗り込んだ。

そうして空いている席に座り、電車の出発を待ちながら無意識に乗り口に目をやった。

すると、先ほどホームの端に寄った選手達が、1番最後に乗り込んできた。そして誰ひとり座ることなく、何事もなかったように立ったまま小声で談笑している。

彼らは他の乗客に先を譲ったのだ。背負ったカバンには春夏通算27回の甲子園出場を誇る強豪校、「今治WEST」の文字があった。

事実をのみ込むと、私は猛烈に恥じた。彼らの好意を当たり前のように解釈し、お礼も言わずにイスに座っている。その事が耐えられなかった。

電車を降り、悔恨を抱えながら、選手に声をかけた。最初に駅に着いていながら、なぜ最後に乗り込んだのか。

選手達は穏やかな口調で答えた。

「僕たちは体も大きいですし、人数もたくさんいるので、先に乗り込んでイスに座るのは他の乗客の方々に迷惑がかかってしまう。体力があるのに座るのもアレですし(笑い)。なので、移動の際は周りの方に迷惑がかからないように意識しています」。

これが高校球児なのだと、心底彼らを誇りに思った。

もちろん、先に乗り込むこともイスに座ることも、決して悪いことではない。そうする高校球児だって、当然いるはずだ。

ただ、誰からもお礼を言われなくても、当たり前のように順番を譲り、他人に迷惑をかけないよう振る舞った彼らは、とてもかっこよかった。

◇  ◇  ◇  ◇  

翌日、今治西の仙波秀知監督を訪ねた。

「普段グラウンドでどれだけしっかりやっていても、外に出た時に出来ていなければ、ここでの行動はうそになる。だから彼らがそういった行動を取れたことはうれしいです。その一報をいただいて、今朝選手達に『お前達、ただ電車の乗り方が分からなくて最後に乗り込んだんじゃないよな?』と聞いたら、笑いながら『違いますよ~』と言っていたので、きっと彼らなりに考えて行動してくれたんだと思います。」とうれしそうに話した。

その日は、今治西グラウンドで練習試合が行われていた。

バックネット裏の観覧席に腰かけ、泥だらけになる彼らを眺めていると、隣に座った70~80代位の男性に声をかけられた。

「誰の応援だい?ワシはもう何年もここでチームの応援をしているんだ」

そこで昨日の選手の行動を、かいつまんで話した。

男性は前のめりになった。

「そうか!!誰がそんなことをしたんだ」

1人ではなく、20人弱の3年生全員だと返すと、満面に笑みを浮かべた。

「そうか!!」

その声は、うれしそうに、そして、とても誇らしそうだった。

その気持ちは私も同じだった。

日本には、厳しい環境に身を置き、自分に厳しく、他人に思いやりを持てる高校球児がいる。それを、世界中の人に誇りたい気持ちでいっぱいだった。

自省はたくさんある。ただ、その共鳴は、私に素直にこう思わせてくれた。

「必ずまた愛媛に来よう。」【青山麻美】

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