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親日家、日本と深い縁=東京で「引退試合」―ペレさん死去


 親日家として知られたペレさんは日本サッカーの功労者でもある。1976年にニューヨーク・コスモス(米国)の一員として来日。77年には東京・国立競技場で「引退試合」と銘打たれた親善試合が行われ、7万人を超える大観衆を集めた。  この興行から日本サッカー協会が得た収入は約7000万円。協会の黒字化につながり、ペレさんは84年に開催された釜本邦茂氏の引退試合にも駆け付けた。80年代から日本協会に携わり、後に会長を務めた小倉純二氏は「協会が潤沢になるきっかけになった方。感謝している」と悼んだ。  「王様」は93年5月15日の華々しいJリーグ開幕戦にも訪れた。Jリーグ初代チェアマンを担った川淵三郎氏は試合後、感激のあまり涙を浮かべながらハグしてくれた場面を懐かしみ、ツイッターに「夢見る気分だった」とつづった。ペレさんの支援で東京ガスが創設した「東京ペレフットボールクラブ」はF東京の下部組織の礎になった。  東日本大震災後の2011年10月には被災地を訪問し、児童にサッカーボールを贈るなどして励ました。ペレさんが育ったサンパウロ州バウルーは農業移住者の日本人や日系人が多く住む町だった。3度結婚し、最後の妻となったマルシア・アオキさんも日系人。生涯を通じ、日本とは深い縁があった。 (了) 【時事通信社】 〔写真説明〕釜本邦茂(左から3人目)の引退試合に招待選手で参加したペレ(同4人目)=1984年8月、東京・国立競技場 〔写真説明〕東日本大震災の津波で被災した小学校を訪れ、サッカーボールをプレゼントしたペレさん(中央)=2011年10月17日、宮城県名取市
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