ダイエットの成否を決定する脳内神経機構を解明
2022年10月19日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
ダイエットの成否を決定する脳内神経機構を解明 摂食中枢神経シナプスの不可逆変化による食欲・体重リバウンド
【本研究のポイント】
・食事制限により誘導される、摂食中枢“ニューロペプチドY(NPY)→Y1受容体→オキシトシン(OXT)神経シナプス電流抑制”経路による摂食量と体重の増加の機構を明らかにした。
・食事制限の後、自由摂食で長期観察すると、50%食事制限は持続的な体重減少を誘導した。一方、100%食事制限は晩発性の摂食量増加と体重のリバウンド増加を起こした。
・50%および100%食事制限後1日目のシナプス電流抑制と摂食量増加の全データの解析から、シナプス電流抑制と摂食量増加の関係は飽和曲線を取り、不可逆的変化(ヒステリシス 1))の特性を示した。
・適切な強度の食事制限により、シナプス変化がヒステリシスを起こさないことが、体重リバウンドを起こさずにダイエットを成功させる鍵である。
【研究概要】
岐阜大学医学系研究科客員教授・関西電力医学研究所統合生理学研究センター長の矢田俊彦らのグループは、自治医科大学所属時(2018年3月まで)から継続した研究において、食事制限(ダイエット)後に体重リバウンドを起こすかどうかを決定する脳視床下部の神経機構を発見しました(図1)。
本研究では、食事制限したマウスから取り出した脳スライスで神経細胞活動を測定する実験で、24時間の100%食事制限は、視床下部ニューロペプチドY(NPY)のY1受容体を介した作用により、室傍核 2)OXT神経への興奮性入力(興奮性シナプス後電流(EPSC) 3))が抑制されました(図1)。24時間の食事制限の後、自由摂食条件にすると、このシナプス電流の抑制および1日摂食量の増加が3日間継続し(図1, 図2a)、続いて、晩発性(自由摂食後7日以降)の摂食量と体重の増加(リバウンド)を起こしました(図2a,b)。一方、24時間の50%食事制限の後2日間は同様の効果を示したが程度は小さく(図1)、その後は持続的な摂食量と体重の減少を示しました(図2ab)。
100%と50%の食事制限後1日目のデータをまとめて解析すると、EPSC抑制-摂食量増加の間の関係は飽和曲線を取り、不可逆的な変化(ヒステリシス)が示され、これがリバウンドの原因と考えられます(図3)。ヒステリシスを起こさない適切な強度の食事制限を用いることが、リバウンドを起こさないダイエットの鍵であることを見出しました。
本研究で、ダイエット後に摂食量増加をもたらす脳神経シナプス機構を解明し、さらに、強すぎるダイエットはOXT神経シナプスを不可逆的に変化させ、摂食・体重リバウンドを起こすことを明らかにしました。
食事制限(ダイエット)の強度を適正域に設定し、シナプス変化を可逆的に作動させることにより、体重リバウンドを起こさないダイエットの成功につながり、肥満症の予防・治療のための優れた食事療法への応用が期待されます。
本研究成果は、日本時間2022年10月19日(水)15時にFrontiers in Nutrition誌のオンライン版で発表されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210148185-O8-QeK82urU】
図1.食事制限による興奮性シナプスの抑制と摂食量の変化の機構。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210148185-O7-Ep92Bw79】
図2.24時間の100%食事制限(24h FR)および24時間の50%食事制限(50% FR)の後の1日摂食量(a)と体重(b)の変化。50% FRの後、3日目以降1日摂食量と体重の低下が持続する。一方、24h FRの後、7日目以降1日摂食量と体重は増加に転じリバウンドを示す。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210148185-O9-yDwbytVm】
図3.24h FRと50% FR後1日目のデータをまとめた、興奮性シナプス抑制と1日摂食量の増加の関係(a)。飽和曲線と不可逆的変化(ヒステリシス)の特性(b)による、4-12日目の1日摂食量のリバウンド増加(c)。
【研究背景】
肥満症や糖尿病の治療のための食事制限(ダイエット)において、種々の強度の食事制限が用いられています。食事制限の後の、急性(短期間)の摂食量増加は低下した生体エネルギーの補給に必要ですが、しばしば晩発性の過食と体重の増加(リバウンド)を生じます。しかし、リバウンドの機構はよく分かっていませんでした。脳内で食欲を作り出す神経物質の1つに視床下部弓状核 4)ニューロペプチドY(NPY)があり、Y1受容体を介して摂食を促進することが知られています。視床下部室傍核の食欲抑制性のオキシトシン(OXT)神経は興奮性シナプス伝達により活性化され、摂食を抑制します。弓状核NPY神経はNPY分泌を介し室傍核OXT神経を抑制性に制御しています。
【研究成果】
食事制限したマウスから取り出した脳スライスで神経細胞活動を測定する実験で、24時間の100%食事制限は、視床下部室房核OXT神経への興奮性シナプス後電流(EPSC)を抑制しました(図4a,b)。24時間の食事制限の後、自由摂食条件にすると、このシナプス電流の抑制および1日摂食量の増加が3日間継続しました(図4c,図1)。24時間の50%食事制限も同様の効果を示したが、程度は小さく継続期間は1-2日と短い効果が示されました(図1)。
次にシナプス電流の抑制と1日摂食量の増加の機序を解析しました。食事制限によるシナプス電流入力抑制(図4a,b)と急性の摂食量増加(図4c)はY1受容体阻害剤の脳室内投与で打ち消されました。さらに、単離した脳スライスをNPYで短時間処理すると、OXT神経のシナプス電流は抑制され、その作用はY1受容体阻害剤の投与で打ち消されました(図5)。以上の結果より、“食事制限→NPY→Y1受容体→OXT神経シナプス電流抑制→摂食量増加”の経路が明らかとなりました(図1)。
食事制限の後、自由摂食で長期観察すると、100%食事制限は7日目以降に晩発性の摂食量と体重のリバウンド増加を起こしました(図2ab,)。一方、50%食事制限は持続的な摂食量と体重の減少を示しました(図2a,b)。
100%および50%食事制限再摂食後1日のデータを解析すると、OXT神経への興奮性シナプス電流と摂食量増加の間の関係は飽和曲線を示し、ヒステリシス(不可逆的な変化)が示唆されました(図3)。
これらの結果から、食事制限後にエネルギー不足を補うために摂食量を増加する脳内機構として、“NPY―Y1受容体を介したOXT神経へのシナプス電流の抑制”(図1)を発見しました。さらに、シナプス電流抑制→摂食量増加の関係がヒステリシス(不可逆的変化)を起こさない適正な強度の食事制限を用いることが、体重リバウンドを起こさず食事制限(ダイエット)を成功させる鍵であることを見出しました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210148185-O11-2ApabbBt】
図4.マウスを24時間100%食事制限すると、興奮性シナプス後電流を抑制し(a,b)、1日摂食量の増加(過食)を起こす(c)。それらの変化は脳室内へのY1受容体阻害剤の投与で消失する。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210148185-O10-hC8O83gh】
図5.分離した視床下部スライスを3時間NPY処理すると興奮性シナプス後電流は抑制される(中段)。この作用は、同時にY1受容体阻害剤を投与しておくと消失する(下段)。
【今後の展開】
食事制限(ダイエット)後の摂食量増加の脳内神経経路が解明され、ダイエットの強度を過度ではなく適切にし、脳内神経経路を可逆的な範囲で作動させることにより、体重リバウンドを起こさないダイエットの成功につながることが明らかとなりました。この知見を取り入れた食事療法を考案することにより、肥満症・糖尿病の優れた予防治療につながると期待されます。
【論文情報】
雑誌名: Frontiers in Nutrition
論文タイトル:Fasting inhibits excitatory synaptic input on paraventricular oxytocin neurons via neuropeptide Y and Y1 receptor, inducing rebound hyperphagia and weight gain.
著者:Lei Wang 123, Shigetomo Suyama 3, Samantha A. Lee 3, Yoichi Ueta, Yutaka Seino 2, Geoffrey W.G. Sharp and Toshihiko Yada 123
所属:1 岐阜大学関係者、2 関西電力医学研究所関係者、 3 自治医科大学関係者
DOI: 10.3389/fnut.2022.994827
【用語解説】
1) ヒステリシス:
履歴現象。変化を与えるものの変化状態がもとに戻っても、変化を与えられるものは同じ状態にもどらずに別の変化を示す特性。
2) 室傍核:
視床下部の二次摂食中枢のひとつ。弓状核からの神経情報をシナプス神経伝達により受け取り、摂食・代謝などの生体機能を調節している。数種類の神経細胞が存在し、その1つがオキシトシン神経で、これが活性化されると摂食抑制を起こす。
3) 興奮性シナプス後電流(EPSC):
神経細胞間の情報伝達はシナプスを介する。送り手側の細胞のシナプス前部から興奮性神経伝達物質のグルタミン酸が放出され、受け手側細胞のシナプス後部のイオンチャネル型受容体が活性化し陽イオン流入がおこる。イオン流入により生じる電流を興奮性シナプス後電流という。
4) 弓状核:
視床下部の一次摂食中枢。真っ先に全身代謝情報を感知して、シナプス神経伝達により二次摂食中枢に情報を送る。
【研究者プロフィール】
・Lei Wang、王磊:
2022.7〜 岐阜大学大学院医学系研究科 糖尿病・内分泌代謝内科学/膠原病・免疫内科学 医学研究員
2020.4〜 関西電力医学研究所 統合生理学研究センター 医学研究員
〜2020.3 自治医科大学 生理学講座統合生理学部門 大学院生
・Shigetomo Suyama, 須山成朝:
2018.4〜 慶應義塾大学 医学部生理学教室1 特任助教
〜2018.3 自治医科大学 生理学講座統合生理学部門 助教
・Toshihiko Yada、矢田俊彦:
2022.4〜 岐阜大学大学院医学系研究科 糖尿病・内分泌代謝内科学/膠原病・免疫内科学 客員教授
2018.4〜 関西電力医学研究所 統合生理学研究センター センター長
〜2018.3 自治医科大学 生理学講座統合生理学部門 教授
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