中露原子力協定が目指すもの【実業之日本フォーラム】
経済発展を続ける中国にとって所要の発電量を確保することは、国家として至上命題である。1990年を100とした場合の中国の発電電力量は2019年には1200%にも上った。2017年の統計データによると、発電電力量の68%が石炭発電、3%が天然ガスによるものである。2021年4月に気候変動サミットのテレビ会議に出席した習近平主席は、中国はCO2の排出量を2030年までにピークアウトさせ2060年までに実質ゼロとすると述べている。
2021年3月30日に中国国務院新聞弁公室は、2020年の中国再生可能エネルギーによる発電量は2兆2,200億キロワットであり、社会全体の使用電力量に占める割合は29.5%であったと公表した。また、水力、風力、太陽光及びバイオマスという再生可能エネルギーによる発電設備容量は世界の3分の1を占めるとしている。さらに、世界の水力発電所建設の70%、風力発電設備生産量の50%、太陽光発電設備の製造工程50%以上を中国が占めるとして、中国の再生可能エネルギー技術の高さを誇っている。中国の第13次5か年計画(2016~2020)における非化石エネルギー(揚水発電、原子力を含む)割合の目標値は39%である。しかしながら、2020年の原発発電量の4.9%に再生可能エネルギーの29.5%を加えても34.4%であり、目標値には届いていない。習近平の二酸化炭素排出量2030年ピークアウト、2060年実質ゼロの目標を達成するには長い道のりがある。
2019年末の、中国における原子力発電所の数は47基、発電量は3,481億3,000キロワットであった。中国は2030年には総発電量の8%を原子力発電で賄うとしている。このためには、少なくともあと30基の原子力発電所が必要である。日本電気事業連合会によれば、2017年現在世界で449基の商業炉が存在し、これらが必要とするウランの総量は年間約6万2,825トンUである。2035年には最大約9万トンUに増加すると見積もられている。2019年世界最大の生産国はカザフスタンであり、5位にウズベキスタン、7位にロシアとなっている。中国にとって、ロシアとの原子力協定は、ロシアとの関係の深いこれらの国との緊密化を含め、今後増加するウランを確保する意味合いがあると思われる。
中露原子力協定は、軍事的観点からも見逃せない。今回着工した遼寧省葫芦島は中国で唯一の原子力潜水艦建造所が所在する。米海軍情報部の資料によれば、中国海軍は2020年時点で、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦4隻と攻撃型原子力潜水艦6隻を保有している。
米海軍情報部の分析によれば、過去15年間で中国が建造した原子力潜水艦は12隻である。弾道ミサイル搭載原子力潜水艦「晋」級6隻(2隻は未就役)、攻撃型原子力潜水艦「商」級6隻である。駆逐艦やフリゲート等の建造スピードに比較すると極めて遅い。米海軍は中国4隻目の空母は原子力推進と推定していたが、中国政府は同計画を停止している模様である。いっぽう米海軍は2021年現在、建造中を含む空母11隻、潜水艦84隻の全てが原子力推進である。
原子力機関建造のコストは高いものの、長期間燃料の補給を要しない空母及び潜水艦の運用上のメリットは計り知れない。それにもかかわらず中国海軍が原子力潜水艦の数を増やさないことや、原子力空母の建造を停止したことは、船舶用原子炉の製造に何らかの課題を抱えている可能性がある。今回着工した原子力発電所は加圧水型原子炉であり、船舶用原子炉と同じタイプである。中露原子力協定をつうじてロシアの原子力機関関連の技術習得を目指しているのではないかと考えられる。
中露の原子力協力は毛沢東時代にさかのぼる。当初は旧ソ連が核及び弾道ミサイル関連の技術を供与した。その後1960年代に中ソ対立が生起し、旧ソ連の科学者は全て引き上げたが、供与された技術を使い、中国独自で1964年には初めて弾道ミサイルの発射試験に成功、同年核実験に成功し核保有国となった。中国の核兵器には旧ソ連の技術力が必要不可欠であった。両国は、1996年に「戦略的パートナーシップ」を表明してから、2001年には「中露善隣友好協力」を締結し関係を深めた。2005年以降「平和の使命」と称する共同訓練を開始、次第に訓練内容を高度化している。2018年のボストーク演習には中露が合同の部隊を編成したことが伝えられている。2020年12月には、中露の戦略爆撃機が日本海及び東シナ海において共同パトロールを実施している。中露両国は、米国との対立という共通の環境下において、多くのレベルで協力を深めつつある。今回着工式に出席したプーチン大統領は、現在の中露関係を、「歴史上最も良好」と評価している。
中国とロシアは日本の隣国であるとともに、歴史問題や領土問題という解決の難しい問題を抱えている。同盟国であるアメリカは両国を明確に脅威として位置付けているが、日本にとって両国が協力して日本に対抗するような事態は悪夢であり、両国を同一に扱うような政策はとれない。中露関係も一見盤石なように見えるが、両国は4,000Kmを超える国境を接し、国境の島を巡って軍事衝突した歴史もある。力を付けつつある隣国に対するロシアの警戒感は根深いものがある。中露両国に対しては、それぞれの国が相手に持つ警戒感と両国が日本に対して持つ期待感を巧みに利用するしたたかな外交が求められる。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
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写真:新華社/アフロ
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