「支配神学」と黙示録の夢【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】
なお、DominionismのDominion(支配)の名称は、欽定訳聖書の創世記1章26節の『神は言われた。「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう」』から来ている。訳となる支配という言葉は、元々どちらかというと管理という意味合いが強いと言われる場合があるが、支配神学においては「支配」という意味をそのまま受け取る形で解釈している。支配神学という名称は、当事者達が使用している訳でないが、神権統治と独特な黙示録思想を組み合わせたキリスト教保守・右派を指すときに、この名称が使われる場合が多い。
本稿では主に、この「支配神学」が軍に及ぼす影響、特に2011年に発覚した核兵器オペレーターに対する、国教分離の原理に反していることが問題となった研修資料の事例を取り上げていく。
■「支配神学」の支配率についての感覚
本支配神学かそれに連なる神学系統に従事している軍人らの率は、正確な統計こそないものの、キリスト教徒の軍人のうち28~34%がいわゆる「支配神学」の教派に属していると見られている。匿名のキリスト教従軍司祭の発言によると、キリスト教徒のうち84%ほどが(プロテスタント)福音派で、その1/3ほどが支配神学を信じていると状況のようだ。
この他にも、国教分離の徹底を訴える団体によれば、軍隊の階層を「槍」として捉えると、切っ先に近ければ近いほど支配神学か、それに似ている教派を信じる軍人の率が高くなる傾向にあると言われている。よって、「血を見る可能性が高い」「いざという時の負担が多い」と考えられる特殊部隊や空軍の戦闘機乗り、核兵器オペレーターなどが支配神学に傾倒している可能性が高くなる。元デルタフォースで、様々な特殊作戦に参加したある元陸軍中将はある意味この典型例で、「キリスト教的な戦士を育てる」などと国教分離の原則から見たら大いに問題のある発言を度々行い、退役後は支配神学に偏っている団体のスポークスマンをしていることなどが見られる。
軍の中には、数個の超宗派キリスト教の団体がある。これらは国防省などから公費を得て、積極的に宣教活動をしている。国教分離を訴える側からすれば問題ではあるが、しぶとくその活動を続けていることから、宗教が未だに強い影響力を及ぼしている。
■「支配神学」における大まかな考え
支配神学や、それに連なる信仰は主に「黙示録・終末論(世界の終わり)」についての考えと、積極的な教化が主な特徴と見られる。なお、終末論の特徴として「千年王国」の考えがあり、これは大まかに以下の4つに分かれる。
・後患難・前千年王国説:患難時代が生じた後、キリストが再臨する。再臨後、千年の神の王国が君臨し、最後の審判が起き、永遠の楽園が訪れるという考え。初代教会時代ではこの考えが支配的だったと見られる。一部福音派や「原理主義」的教派がこの立場を取る。
・前患難・前千年王国説:事実上、キリストの再臨が二回起きるとする。キリストが一回再臨し、その時点で敬虔なキリスト教徒を楽園へと導く(「携挙」と呼ぶ)。これの後、患難時代(七年ほどと言われる)が訪れて、キリストが携挙された人達と共に再臨する。二度目の再臨で、キリストとその軍勢が反キリストと患難時代を以てしても改心できなかった人々を滅ぼし、千年王国が成された後、最後の審判が訪れ、楽園に導かれる。こちらも一部福音派や「原理主義」的教派がこの立場を取る。
・後千年王国説:千年の王国がどこかの時点で生じた後に、キリストの再臨と、最後の審判がほぼ同時に起きるとする考え。支配神学を基底とする一部福音派はこの立場を取る。
・無千年王国説:千年王国なるものは比喩表現であるのか、再臨と最後の審判前に何か具体的な状態になることを特に信じていない立場。考えによっては、教会や敬虔的な立場そのものが神の王国という見方もある。主流のカトリックや正教会、プロテスタント教会はこの立場を取っている。(カトリックや正教会の場合は、明確に立場を宣言していないものの、神学的には無千年王国に寄っていると見られる)
ここで、前千年王国説と後千年王国説の違いを述べようと思う。前千年王国説の場合は、基本的に再臨は突然おきることであるため、なるべく多くの人を敬虔なキリスト教徒にすることでより多くの人を救えるとしつつ、人の手によって何かできる訳でないため、どちらかというと受動的な立場である。しかし、後千年王国説の場合は、明確に千年王国が達成された後に再臨が起きるとするため、積極的にこの千年王国が訪れることを願っている。そして、この千年王国が神権統治を基本とする考えであるため、いわゆる国教分離の考えなどを棄却して、なるべく社会全てを彼らの考えるキリスト教に変えようとする他、この期間で「悪」に対して徐々に勝つという考えから、積極的に戦う姿勢が生まれる。悪を滅することをなるべく早く行い、それによって再臨を誘発させるという考えも生まれる。
■核オペレーターの研修資料
2011年(その時点で、似たような研修資料を20年間ほど使用していたとのこと)、国教分離に反するとして、匿名的に外部団体に告発されて発覚した問題がある。キリスト教の道徳論をほぼ独占的に使用して、これに基づいて核ミサイル将校としての心構えを説き、聖オーガスティニウスの「正戦論」などを通じて、軍務に忠実であるべきということを行っていることが問題となった。道徳的であるからこそ、ミサイルの発射ボタンを押すのを躊躇すべからず、という形での教え方であったため、この研修を受けた軍人からは「イエスは核を愛している(Jesus Loves Nukes)講義」と称されるぐらいキリスト教的な教えに偏っていて、核オペレーターの仕事は尊いと説いた。このほかにも、キリストは核を望んでいるとも読み取れるようなプレゼンテーションであったため、支配神学における積極的な再臨の誘発が起きるからあまり気にしないようにというメッセージとして受け止められると考えられる。
上記の他、ナチスドイツのミサイルプログラムの主任で(よって、ロケット製造の過程で奴隷労働を使用したことを認識しながら問題にしなかったなど)、戦後アメリカに渡ったフォン・ブラウンを道徳的なロールモデルとして、ミサイル技術をアメリカにもってきたのはその国が聖書に基づいた国だからであるなどとして、道徳論としては非常に穴がある引用などで、核ミサイルの道徳性を説く等の問題も見られた。
この研修資料は、広島および長崎にも言及して、あれ(原子爆弾の投下)は悲しいけど致し方ないということも強調されている。「原爆の投下と比べても、それよりひどい通常爆弾による空襲を日本は受けたこともあり、原爆投下で死者数が抑制された」「ドイツも日本も核兵器を持っていたら使用していたはず」と断言する文章などもあった。
軍の核ミサイルオペレーターに対して、その任務の道徳性を宗教思想で説くのは国教分離に反することが比較的はっきりしているが、このようなものがまかり通るのがアメリカ軍内の宗教勢力の強さを物語っていると見られる。このほかに、積極的に再臨、よって終末が訪れることで楽園が近くなる明確な信仰があるため、これと大量破壊兵器との距離が近いことは、なかなか危ない状況である。日本から見ても宗教の危うさが必ずしも過去のものではないと考えるべきであるかもしれない。
地経学アナリスト 宮城宏豪
幼少期から主にイギリスを中心として海外滞在をした後、英国での工学修士課程半ばで帰国。日本では経済学部へ転じ、卒業論文はアフリカのローデシア(現ジンバブエ)の軍事支出と経済発展の関係性について分析。大学卒業後は国内大手信託銀行に入社。実業之日本社に転職後、経営企画と編集(マンガを含む)を担当している。これまで積み上げてきた知識をもとに、日々国内外のオープンソース情報を読み解き、実業之日本社やフィスコなどが共同で開催している「フィスコ世界金融経済シナリオ分析会議」では、地経学アナリストとしても活躍している。
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