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「故郷に恩返し」活躍誓う=被災地熊本に頑張る姿を―サッカーW杯・谷口選手


 サッカーワールドカップ(W杯)日本代表の谷口彰悟選手(31)は、2016年の熊本地震で故郷が甚大な被害を受けた。「熊本は僕の原点。W杯の舞台に日の丸を付けて出場することで、何か恩返しができれば」。活躍を誓い、試合に臨む。  谷口選手は熊本市出身。兄慶祐さんの影響で幼稚園の頃にサッカーを始め、中学卒業まで地元のチームでプレーした。その後、強豪の熊本県立大津高校に進学し、筑波大に入学するまでの18年間を同県で過ごした。  16年4月の地震では、熊本市も震度6強の揺れに見舞われた。当時、父登志夫さんは出張中で、慶祐さんと姉友季子さんは県内で別々に暮らしていた。実家には母春江さんと祖母だけだった。LINE(ライン)で家族にメッセージを送ると、しばらくして返信があり全員の無事を確認。ひとまず胸をなで下ろした。  だが、度重なる揺れで、家の中は倒れた家具や粉々になった食器などが散乱していた。外壁はひび割れ、中から外が見えるほどだった。家族から送られてきた写真や動画を見て、「もう住めない」と悟った。  避難所で生活する家族を案じ、頻繁に電話をかけたが、両親はJリーグのシーズン真っただ中だった谷口選手を気遣い、「心配せんでいいから。サッカーを頑張りなさい」と繰り返した。  「頑張る姿を見せて安心させたい」「せめて試合の90分間はつらさを忘れてもらいたい」。両親の思いに応えようとサッカーに集中したつもりだが、「はたから見れば、上の空だっただろうな」と振り返った。  地震から約1カ月後、熊本市に戻った谷口選手が目の当たりにしたのは、故郷の変わり果てた姿。ほとんどの家の屋根にブルーシートが掛けられ、小さい頃にサッカーをしたグラウンドの近くの家は倒壊し、実家も更地になっていた。「被害の大きさを改めて感じ、いろいろな感情が込み上げた」と声を詰まらせた。  「震災を経て、家族や友人、応援してくれる人たちに頑張っている姿を見せたいという思いが強くなった」と話す谷口選手。県内のあちこちでサッカーをした思い出がよみがえる。「たくさんの人のおかげで僕は今ここにいる。結果で恩返ししたい」と決意を語った。 (了) 【時事通信社】 〔写真説明〕サッカーW杯代表の谷口彰悟選手の小学生時代(左の赤色ユニホーム)=川崎フロンターレ提供 〔写真説明〕サッカーW杯代表の谷口彰悟選手の幼稚園時代(中央の黄色ビブス)=川崎フロンターレ提供 〔写真説明〕サッカーW杯代表の谷口彰悟選手の小学生時代=川崎フロンターレ提供 〔写真説明〕サッカーW杯代表の谷口彰悟選手の小学生時代(左)=川崎フロンターレ提供
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