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患者が消えた=南北スーダン係争地アビエイ―国境なき医師団


 2011年に南スーダンがスーダンから分離独立した際、境界に位置して帰属国未定のまま残されたアビエイ地区で2月から武力衝突が起きている。地区南部アゴクで10年にわたり医療を続けてきた「国境なき医師団(MSF)」の病院も稼働停止を余儀なくされた。「ゴーストタウンになってしまって患者が来ないから」だ。  2月から今月初めまで「緊急対応コーディネーター」として現地入りしていたMSFの萩原健さん(55)が11日、東京都内で時事通信社に語った。アゴクの医療施設は24時間、救急搬送も引き受ける「地域唯一の総合病院」として機能し、職員450人が働いていた。  衝突発生直後、管制塔もないアゴクの滑走路に着陸した萩原さんら先遣隊4人の食料は、首都ジュバから持ち込んだクッキーのみ。民家に泊まり込み5日間でアゴクに隣接する南スーダン北部一帯を回り、3万~4万人の避難民の現状を調べた。今回の衝突では北へも同規模の住民が逃げた。  乾期の猛暑の中、避難民らは木陰を求め林に集まる。食料はない。木の実を食べていた。トイレも「そこら辺でやっている状態」で、雨期になれば衛生状態は危機的だ。医療支援のはずが、まず食料を確保し、トイレをつくることに追われた。  4カ月かけて、南北双方の避難民への新たな医療支援の拠点をそれぞれ軌道に乗せた。しかし、アゴク一帯は襲撃を恐れ住民が戻らない。衝突で「誰も何も得ていない。真ん中に無人地帯ができただけではないか」と萩原さんは憤る。衝突したのはディンカという同じ民族同士で、対立双方が土地問題など長年の確執を抱えているものの、なぜ今爆発したのか背景には謎も多い。  萩原さんは過去10年、繰り返し南スーダン入りしたベテランだ。ただ、最近は「市場へ行くと子供が武器を持っている。ちょっとしたいさかいで武器を持ち出す」ことが気になっている。  一方、独立から10年で一番の大きな変化は「間違いなく人材」と断言した。「10年前は南スーダン人の医療関係者を見つけられずケニアやウガンダから呼んでいた」と振り返る。しかし、アゴクの病院では南スーダン人の医師らが診察し、450人の職員も南スーダン人だった。再開が果たせず残念でならないが、8月には次の任地ウクライナへ向かう。 【時事通信社】 〔写真説明〕南北スーダンの係争地アビエイについて語る「国境なき医師団(MSF)」の萩原健さん=11日午後、東京都新宿区 〔写真説明〕2月の衝突で焼き討ちされた南北スーダンの係争地アビエイ地区の市場の現場=4月11日、アゴク(Scott Hamilton/MSF提供) 〔写真説明〕南北スーダンの係争地アビエイ地区で新たに「国境なき医師団(MSF)」が開いた病院=4月12日、アビエイ(Scott Hamilton/MSF提供)
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