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【連載】ヨガと日常をつなぐ1冊 Vol.4 刹那をつないでいく旅



ヨガをすることがポピュラーなことになった今、その教えを日常に取り入れたいと考えている方も多いでしょう。専門書を手に取るのもいいですが、書店に並ぶ本の中にもヨガのエッセンスが詰まったものがあります。そこでヨガスクールの講師としてインストラクターを養成している筆者が、ヨガの教えをより身近に感じてもらえる1冊をご紹介します。第4回は「愛する人と生きる人生」をテーマにしたエッセイです。


「これからも、二人でずっと旅を続けていきたい。彼と一緒に生きる事が、私にとっての旅なのだ」

出典:荒木陽子 エッセイスト

写真というアートで人生を体現する

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2年前の2017年の秋は「芸術の秋」と称し、いくつかの展覧会に出かけました。その中でも特に印象に残っている展覧会があります。東京都写真美術館で行われていた荒木経惟写真展『センチメンタルな旅1971−2017』です。



若い頃に写真というアートに興味を持ち、よく展覧会へ出かけていました。最近はめっきり行かなくなってしまっていたので、久々に写真作品を間近に鑑賞する機会はとても良い体験でした。

美術館に行くと、併設されているミュージアムショップに立ち寄るのも楽しみですね。今回荒木さんの写真展を観にいった際に立ち寄ったショップで、20代の頃に読んだ、荒木さんの奥さんである荒木陽子さんのエッセイ集『愛情生活』を見つけ手に取りました。



僕自身の若い頃がなんだか懐かしいなという思いの中、この展覧会自体が陽子さんとの関係性やその影響力がテーマなので、もう一度この本を読んでみようと思ったのです。

今回の展覧会のタイトルになっている『センチメンタルな旅』とは、荒木さんのデビュー作であり、1971年に1000部限定で自費出版の写真集として発表されました。



荒木さんと陽子さんの新婚旅行をテーマとした写真は、今やアートの世界では伝説となり、そのワンカットである、柳川の川下りの船の中で小動物にように横たわり、うたた寝をしている陽子さんの無防備かつ儚いイメージはとても有名です。
この写真集の序文が展覧会の壁の一面を飾ります。その中で荒木さんは「写真の本質とは私小説である」と明言し、その後自身を“私写真家”であると宣言しています。

愛する人と生きる人生=旅

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電通のタイピストだった陽子さん22歳、同じく電通のカメラマンであった荒木さん27歳。2人の出会いは冬の終わり頃だったといいます。



陽子さんのエッセイである『愛情生活』は2人が出会い、愛を育み結婚をしてからの夫婦生活が描かれています。レストランでの食事や旅行の思い出などが回想され、およそ10年間の間に書かれた文章は2人の22年分の記憶から構成されています。

この間荒木さんは電通のカメラマンからフリーランスとなり、そして日本を代表する写真家アラーキーへと変貌を遂げますが、陽子さんから見る夫婦の日常は淡々としていて、どこまでも穏やかな暮らしが続くのであろうなと予感させます。



カメラを持たないはずの陽子さんですが、彼女の記憶から紡ぎだされた文章は、細かいディテールに溢れているのが魅力的で、特に旅行の回想記を読んでいると、まるで僕が家族としてその場に居合わせたかのような臨場感を覚えるのです。

陽子さんが、荒木さんと共に歩む人生を「旅」と称していることに僕は人生の本質を感じます。ヨガの教えでは、人間を馬車のユニットに例えていて、4頭の馬が感覚器官、車体が肉体と触覚、手綱が心、手綱を握る御者が知性、車主が魂であるとされています。そして馬車そのものは今世を旅する魂の乗り物であり、自己実現という今世の旅の目的地を目指すのだといいます。
「陽子によって写真家となった」と豪語する荒木さん。そして、その活動を支え、かつ荒木さんの被写体として、今をも彼に最もインスピレーションを与え続けているファムファタール(運命の女)として存在し続けた陽子さん。



陽子さんのお母様は「荒木さんが世界的に有名な写真家になると解っていたのか」と尋ね、陽子さんは以下のように答えています。

「有名になるかどうかは解らなかったけど、この人と一緒にいれば、私は幸せになる、と思ったわ」

今をつなぎ止めるのではなく“今をきちんと生きる”こと

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仲睦まじい2人の発言から、彼らが自分たちの運命に従い、直観を信じて結ばれたのだなと感じます。しかし、いつまでも続くはずの「愛情生活」ですが、最後のエッセイから2年後の1990年に陽子さんは子宮肉腫によってこの世を去られます。



その軌跡が荒木さんの写真集『センチメンタルな旅、冬の旅』として発表されました。新婚旅行での写真集を“私写真家宣言”として発表してから20数年後、妻の死をも作品としてハイアートに昇華する荒木さんは、全身で写真家を体現しているのだなと思います。

写真集『センチメンタルな旅』の序文で荒木さんは「日常の淡々と過ぎ去っていく順序になにかを感じています」としたためています。その言葉が彼のどの写真作品よりもセンチメンタルだなと感じます。
以前の僕は写真を撮影する行為とは、一瞬一瞬の刹那をつなぎ合わせていく作業のように考えていたのだと思います。うたかたの今をつなぎ止めておきたいという強迫観念が写真作品に惹かれていた20代の頃に強くあったのです。



しかし、ヨガと出逢い、今この瞬間を丁寧に生きることの大切さを学んだことで、肉体は朽ちたとしても魂の存在は永遠であると知りました。今をつなぎ止めることは不可能であり、今にしか存在することはできないのだという真実を受け入れることで、過ぎ去る瞬間を追い求める衝動は消え去りました。

今ここにきちんと存在することが、一瞬一瞬をつないでいくことになり、その点の連続で線を描くことが、“人生という旅そのもの”だと、この『愛情生活』を読み終えた時に改めて思ったのです。

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