【幻の兵器】日中戦争で中国軍が戦車と誤認したキャタピラを持つ鉄道用装甲車「九五式装甲軌道車」
九五式装甲軌道車は1935年(昭和10年)から開発された兵器で、試作は陸軍ではなく東京瓦斯電気工業が担当した。陸軍技術本部第二部部長の松井命中将が発案し、具体的な開発作業は担当官の深山少佐が行ったとされているが、部長発案というのは名目上のことに過ぎない可能性がある。さておき、九五式装甲軌道車はいささか特殊な目的を持つ車両だったため、当初から軌道(レール)上も軌道の外も走行可能である事を前提に開発された。そのうえ、軌道外では高い不整地走行能力を要求されたため、開発当初から装軌(キャタピラ)式車輌となることも決まっていた。
通常は軌道上に障害物が無いという前提で列車を運行させるが、戦場ではそのような前提は意味をなさない。また、ブレーキを解除した無人車両を暴走させ、軍用列車にぶつける突放(とっぽう)戦術も警戒しなければならなかった。そこで、戦地で鉄道を運行する際には装甲を施したトロッコなどを先行させ、あらかじめ軌道上の安全を確保するのが常識だったが、それでは軌道とその限られた周辺を偵察するのみで、沿線に潜む敵を発見することは困難だった。
そのため、軌道上と軌道外の両方を走行し、さらに不整地踏破能力をも有した偵察車両が必要だったのである。当時、日本軍は九○式と九一式広軌牽引車という軌道上と軌道外の両方を走行可能な装輪(タイヤ)式車輌を装備しており、また他国にも同様の車両はかなり存在している。日本の広軌牽引車も含め、これらの装輪式軌道車の大半は路上走行用のタイヤを軌道走行用の鉄輪と交換することで、路上と軌道上の両方を走行可能としていた。
だが、軌道上を走る装軌式車輌の例は少なく、さらに実用化された例は極めて少ないのだ。また、装輪式軌道車ではタイヤと鉄輪を交換したが、九五式装甲軌道車では軌道上走行用の特殊キャタピラ等を必要としなかった。実際、駆動関係の開発には大きな困難が予想されており、開発当初は実現不可能とさえ考えられていた。だが、関係者全員の創意と努力によって難問を克服し、世界にも例を見ない独創的な車両を開発したのである。
九五式装甲軌道車はキャタピラと別個に軌道走行用の鉄輪を備えており、軌道外を走行する時は鉄輪を車内に格納していたのである。そして、車内からの操作で車体下部に収納されている鉄輪を下ろすと、直ちに軌道上の走行が可能となった。しかも、軌道上から軌道外へ、あるいはその反対の切り替えも極めて迅速で、わずか40から60秒で軌道上から軌道外へ出る事が可能だったとされている。同様に軌道外から軌道上への切り替えも速やかに行うことができ、車外からの誘導がある場合は1から3分で作業を完了した。
そのうえ、軌道上の速度は時速72キロに達しており、また出力に余裕があったので九一式貨車を牽引することもできた。また必要に応じて車輪の間隔を変化させることが可能で、異なる四種類のレールゲージ(軌道の幅)に対応することができた。具体的にはビルマをはじめとする当時のイギリス植民地で使用されていた1000ミリ狭軌、日本で採用した1067ミリ軌道、国際標準軌とされていて満鉄も採用した1435ミリ軌道、そしてロシア広軌である1524ミリ軌道の四種類である。このため、九五式装甲軌道車は中国以外でも問題なく使用可能で、狭軌の鉄道が敷設されていたビルマでも少数が活躍している。
車体そのものは九五式軽戦車よりひとまわり大きく、とりあえず小銃弾に耐えうる装甲防御力を備えていた。非常に使い勝手のよい戦闘車輌だったが、固有の武装をもたないため攻撃力は極めて不足していた。車体には銃眼が設けてあり、そこから乗員がライフルや機関銃を射撃することになっていたのである。というのも九五式装甲軌道車は主に工兵機材を開発する陸軍技術本部第二部の所轄であり、車両及び銃器火砲弾薬を開発する陸軍技術本部第一部の協力が得られなかったのだ。確かに、もし九五式装甲軌道車が重機関銃などを装備していたなら、より完成度の高い兵器となっていたことは間違いない。しかし、開発目的からも九五式装甲軌道車は火力をそれほど重視していなかったのである。
戦場において、中国軍は九五式装甲軌道車を戦車と誤認することが多く、しばしば大きな心理的効果を生んだ。たとえば、日中戦争時に九五式装甲軌道車が前方に中国軍の装甲列車を発見し、軌道外へ出て側面に回りこんだところ、敵は突然出現した「戦車」に驚いて列車を捨てて逃げ走った。結局、九五式装甲軌道車が敵の装甲列車を捕獲したというのだ。最終的に、九五式装甲軌道車は56両が完成、中国大陸を中心に各地でアジアの各地で活躍した。また、戦後に米軍が九五式装甲軌道車を本国に持ち帰った他、中国の北京軍事博物館にもが展示されているという。
(隔週日曜日に掲載)
■九五式装甲軌道車データ
重量:自重8.7t
乗員:6名(筆者注:実際は3〜4人だったのではないか?)
寸法:全長4.53m、全幅2.50m、全高2.54m(軌道上)/2.45m(軌道外)
動力:空冷4サイクル6気筒ガソリン84馬力
装甲:(車体)前面8mm、側面・後面6mm-4mm (砲塔)前面6mm、側面・後面6mm
武装:本文参照
最大速度:軌道上(単車)72km/h 軌道上(列車牽引)40km/h 道路上30km/h 路外20km/h
【記事提供:リアルライブ】
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