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【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.6「別れはいつだって、少し早い」


僕の好きな言葉に、


人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。

しかも一瞬早過ぎず、一瞬遅すぎない時に。


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という言葉がある。哲学者である森信三氏の言葉だ。

最善のタイミングで、必然的に出逢うべき人には出逢う、ということ。


確かに、と思う。


38年とまだ短い人生ではあるが、それでも振り返ると、何度か「ああ、これはマズいな」「ムリだな」と思うようなことがあった。そういう時、確かに、誰かに出逢う。

すっと現れ、手を差し伸べ、ふっと消えていく。不思議だと思う。


だから、自身の経験からも、出逢いは最善のタイミングで訪れる、というのはよくわかる。

そして、自身の経験から、もうひとつ確かなことがある。


それは、「出逢い」は最善だが、

「別れ」はいつだって、少し早い
、ということ。


最善のタイミングだな、と思う別れに遭遇したことがない。

これは僕に限った話ではないだろう。


そして、誰しもが、早い別れに後悔し、うつむく。

loveletter006_sad man

その依頼者もそのひとりだった。


「・・・今さらですけどね。でも、伝えないよりはいいと思って」

そう言うと、自嘲するように口の端をわずかにつりあげた。

口調は力ないが、頬は鋭く引き締まり、肌も嫌味ではない程度に日を浴びており、依頼者の精悍さを際立たせている。また、身体も細身ではあるが、筋肉質であることがネイビーストライプのスーツの上からでも見て取れる。四十代前半の働き盛り。いわゆる、仕事も遊びも全力投球。そんなタイプだ。

そして一言付け加えると、でも、家庭はおろそか

依頼の背景もそこにあった。


「小林さんはおいくつですか?そうですか、37ですか。それならわかると思うんですが、そのくらいの年齢になると、仕事も一通りできるようになって、頼られるし、仕事が楽しくなるじゃないですか。だからっていうわけでもないんですが、家庭のことは、妻のことは全然見てなくて・・・」


そこで言葉を切ると、コーヒーに口をつけ、

「まあ、でも、言い訳ですね。最近に始まったことじゃなく、付き合った当初から、雑に扱ってましたから・・・」

僕の反応を待つことなく、独り言のように、途切れなく話す。


「なんか、向こうが僕のことがすごい好きで。僕はそういう感じじゃなかったんですけど、まあなんか都合もいいんで、ずるずる付き合って、なんとなく結婚してっていう感じなんですよ。だから、結婚してやったんだぞっていう気持ちがあって、雑に扱っちゃって、好きだとか、ありがとうだとか、ほとんど言ったことなくて。・・・だから、なんというか、今さらっていう感じで。でも、今言わないと、もう言う時なくなっちゃうんで・・・」


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依頼者はそこまで言うと、コーヒーカップに手を伸ばしたが、空であることを確認すると、静かに戻した。


最初にメールをもらった時も、そして、直接会ってからも、依頼者は、「妻に、感謝の気持ちを伝えたくて」としか言わなかった。深いこと、細かいことは言わなかった。

でも、なんとなく事情はわかったので、あえて僕も問おうとはしなかった。奥様のことにはあまり触れず、伝えたい気持ちについて深堀りすることに終始した。


話が終わり、帰り支度をしながら、依頼者が

「罰ですかね・・・、これは」

と、僕の方を見ながら、でも、僕ではない誰かに問いかけるように言った。


 


「自分で書くのではなく、代筆を利用する意味ってどんなところでしょう?」

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そう聞かれることがある。

正直なところ、代筆を利用する意味は別にないと思う。下手でもなんでも自分で書くに越したことはないだろう。わざわざお金をかけて、代筆を利用する必要はない。


ただ、ひとつ言えることがある。

照れや躊躇、そういったものに引きずられ、想いを伝えるべき人が、想いを伝えられる距離にいながら伝えられないのであれば、その時は代筆屋という選択肢を検討してもいいと思う。伝えられないくらいなら、代筆でもなんでもいいから、自分の想いを伝えた方がいい。


照れている暇はない。躊躇はいらない。

想いを伝えるべき相手が、想いを伝えられる距離にいることは、当然ではない。


踏み出せないなら、代筆を、僕を、誰かを、頼ればいい。


人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。

しかも一瞬早過ぎず、一瞬遅すぎない時に。


でも、別れは、いつだって早すぎるのだから。


 


<プロフィール>


kobayashisan


小林慎太郎。1979年生まれの東京都出身。

ITベンチャー企業にて会社員として働く傍ら、ラブレター代筆、

プレゼンテーション指導などをおこなう「デンシンワークス」(dsworks.jp)を運営。

●著書


(インプレス社)

これまでの恋文横丁はこちらから


【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆業の日々~ Vol.1”自分勝手”な想い

【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.2「男って…」

【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.3「一目惚れ…」

【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.4「ラブレターを書くコツは…」

【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.5「自分自身への手紙」


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