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「私の赤とあなたの赤は違う色?」誰もが一度は考える疑問に色覚細胞の研究が意外な発見


私が見ている赤は、他人にも同じような赤として認識されているのか?

私が赤と認識しているものは、別の人にとっては青である可能性はあるのか?

これらは誰もが人生で一度は考える疑問だと言われており、古代から哲学者たちの頭を悩ませてきました。

個々の人が持つ主観的な感覚体験のことを「クオリア」と呼びますが、自分のクオリアと他人のクオリアが同じであるかどうかを証明することは困難だからです。

しかし米国のジョンズ・ホプキンス大学(JHU)で行われた研究により、私たちの網膜に存在する色覚細胞がどのような仕組みで生成されるか、またどんな比率で存在するかが確かめられ、この長年の哲学的疑問の答えとなり得る結果が得られました。

研究者たちは「正常な色覚を持つ人たちの間でも、同じリンゴに対して色が少し違って見える可能性がある」と述べています。

今回はまず実験の背景を解説しつつ、次ページ以降でクオリアに関連する発見を紹介したいと思います。

研究内容の詳細は2024年1月11日に『PLOS BIOLOGY』にて公開されました。

目次

  • 人類の視覚は動物の中でも最高クラス
  • 「赤のクオリア」私とあなたの赤は違う可能性が高い

人類の視覚は動物の中でも最高クラス

あまり知られていませんが、人間は動物界でも最高レベルの視覚を有しています。

約600種の昆虫、鳥、哺乳類、魚、その他の動物の視力を比較した2018年の研究では人間の視力が外れ値と言えるほど高い値であることが示されています。

人間の視力は猫の7倍、ネズミや金魚の40~60倍、ハエや蚊の数百倍に及んでいます。

さらに人間は色覚においてほとんどの哺乳類よりも優れており、何百万色もの色を見分けることが可能です。

「私の赤」と「あなたの赤」は違う可能性が高い 色覚細胞の研究から意外な発見
「私の赤」と「あなたの赤」は違う可能性が高い 色覚細胞の研究から意外な発見 / Credit:安間眼科 . 色覚特性の異常(色覚多様性)とは?

この優れた色覚能力は青(S錐体)・緑(M錐体)・赤(L錐体)を感知する3種類の色覚細胞によってもたらされています。

それぞれの色覚細胞には得意とする色の波長があり、それぞれの反応の強さのミックスによって私たちの脳は多様な色を認識することになります。

一方、イヌの場合には、青と黄色の2種類の色覚細胞しか存在しないため赤と緑を正確に認識することはできません。

またこれまでの研究により、3種類の色覚は、元々1種類だった色覚遺伝子が変異によって重複し、それぞれが異なる青・緑・赤に反応するように進化したことが示されています。

このように、色覚については多くの研究がなされており、生物学の教科書にも多くの記述がみられます。

しかし意外なことに、緑を担当するM錐体と赤を担当するL錐体がどのようなメカニズムで決定されるかといった、基本的な事実は未解明のままでした。

さらにそれぞれの錐体で色を検知するタンパク質(オプシン)の構造やmRNAの構造が非常に良く似ているため、M錐体とL錐体をこれらの要素から区別することも技術的に困難となっていました。

そこで今回ジョンズ・ホプキンス大学の研究者たちは、Mオプシン(緑担当)のmRNAとLオプシン(赤担当)のmRNAを視覚的に区別できる技術を開発し、M錐体とL錐体がどのようなメカニズムで生成されるかを調べることにしました。

「私の赤」と「あなたの赤」は違う可能性が高い 色覚細胞の研究から意外な発見
「私の赤」と「あなたの赤」は違う可能性が高い 色覚細胞の研究から意外な発見 / Credit:Sarah E. Hadyniak et al . Retinoic acid signaling regulates spatiotemporal specification of human green and red cones . PLOS BIOLOGY (2024)

調査にあたってはまず網膜のオルガノイドが作成されました。

オルガノイドとは幹細胞を分化させることで、試験管内部で作られたミニチュアの臓器のことです。

たとえば脳オルガノイドの場合、幹細胞を変化させることで、人間の脳を模倣するミニチュア脳を人工的に培養します。

「目がある人工脳」を作り出すことに成功、視神経もあり光を検知

ただこの網膜オルガノイドはまだ未熟であり、色覚細胞(錐体細胞)は十分に育っていません。

そこで研究者たちはこの網膜オルガノイドがどんな刺激によってM錐体(緑)とL錐体(赤)が生成されるかを調べました。

結果、網膜では先にM錐体が生成されて、その後にL錐体が生成されることが判明。

発生過程は進化を再現するという法則が当てはまるならば、私たちの先祖は赤より緑を先に検知するようになったと考えられます。

さらに60日目までにビタミンAの誘導体(ビタミンA由来)として知られるレチノイン酸と呼ばれる化合物が加わると、M錐体の生成が促進され、L錐体の生成が抑制されることが示されました。

これまで緑担当のM錐体とL錐体はランダムに決定されると考えられていましたが、実際にはレチノイン酸によって比率が制御されていたのです。

(※ランダムの場合、M錐体とL錐体の数はおおむね半々となり個人差も少なくなると考えられます。)

しかしランダムでない場合、M錐体とL錐体の比率は個人によって大きくバラつく可能性があります。

もし個人間でM錐体とL錐体の比率が10倍以上違うといったことが起こる場合、同じ色を見ていても、個人間で脳に伝達される緑と赤の刺激も大きく異なる…つまり「私の赤」と「あなたの赤」が違う色になる可能性がでてきます。

「赤のクオリア」私とあなたの赤は違う可能性が高い

「私の赤」と「あなたの赤」は違うのか?

謎を解明するため研究者たちは、正常な色覚を持つとされている成人男性738人の網膜に対して錐体細胞の比率を網膜電図で測定しました。

(※網膜を含む眼球は死後に提供されたものを使用しました。また男性で調査したのは錐体細胞の色覚遺伝子がX染色体上にあるため、女性だと2種類のX染色体を調べる必要があるぶん複雑になるからです)

「私の赤」と「あなたの赤」は違う可能性が高い 色覚細胞の研究から意外な発見
「私の赤」と「あなたの赤」は違う可能性が高い 色覚細胞の研究から意外な発見 / Credit:Sarah E. Hadyniak et al . Retinoic acid signaling regulates spatiotemporal specification of human green and red cones . PLOS BIOLOGY (2024)

結果、上のグラフの示すようにM錐体に対するL錐体の割合は平均で59.1%となったものの、個人間でもバラツキが非常に大きいことが判明します。

実際、最も比率が低い個人と最も大きい個人の間では、L錐体の比率は5倍以上も差がありました。

(※正規化されると100%を超える値がいくつか出てくるものの、直感的にバラツキの大きさを感じられるグラフです。)

赤を検知するL錐体の比率がここまで大きい場合、脳に届けられる赤の信号が個人間で大きく異なり、同じ赤いリンゴを見ても、赤さの見え方が異なってくる可能性があります。

またバラツキの原因となる遺伝子を調査したところ、レチノイン酸による信号の仲介役となるNR2F2遺伝子のバリエーションに関連していることが示されました。

このことは同じ遺伝子を引いている家族同士ならば比較的「同じ赤」である可能性が高いことを示します。

研究者たちも「正常な視力を持つ人たちも、お互い僅かに異なる色を見ることになる」とし、バラツキにかんしては「もし同じバラツキが腕の長さを決める遺伝子に起きていたら長さの違いに驚くだろう」と述べました。

M錐体とL錐体の生成されるメカニズムを調べる研究から、L錐体の比率の個人差が発見され、長年にわたるクオリアの問題に新たな見解が加わったのは興味深いと言えます。

研究者たちは錐体の生成メカニズムを調べることで将来的に、視覚異常や色覚異常の問題を抱える人々を助けられるだろうと述べています。

全ての画像を見る

参考文献

LAB-GROWN RETINAS EXPLAIN WHY PEOPLE SEE COLORS DOGS CAN’T
https://hub.jhu.edu/2024/01/11/retina-organoids/

元論文

Retinoic acid signaling regulates spatiotemporal specification of human green and red cones
https://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.3002464

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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