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実際にデング熱ウイルスに「被験者を感染」させて新薬の効果を検証!


医学に身を捧げてくれました。

米国に本社を置くジョンソン・エンド・ジョンソン(ヤンセン)によって、デング熱に対して予防と治療の両方の効果が期待される新薬「JNJ-1802」の有効性を確かめるため、人間の被験者を使った実験が行われました。

実験では、長期保存状態にあった、1970年代にインドネシアで発生したデング熱株由来のウイルス(DENV-3)が被験者たちに注射され、人為的な感染が起こされました。

ただ感染した被験者たちのうち新薬「JNJ-1802」を与えられたのは半数だけであり、残りの半数の被験者たちにはプラセボ(偽薬)が投与され、比較が行われました。

新薬「JNJ-1802」はデング熱の治療や予防にどの程度効果があったのでしょうか?

今回はまず最初のページでデング熱の爆発的な感染拡大、2ページ目ではデング熱ウイルスが持つ「ワクチン殺し」と言える厄介な性質を解説し、3ページで新薬「JNJ-1802」の試験で行われた人間を使った実験を紹介したいと思います。

研究内容の詳細は2023年10月20日に『ジョンソン・エンド・ジョンソン(ヤンセン)』から発表された報告書にて公開されています。

目次

  • 世界人口の半数がデング熱の危機に晒されている
  • ワクチン接種が重症化の原因になってしまうメカニズム
  • 検証のため被験者たちにデング熱ウイルスに感染してもらう

世界人口の半数がデング熱の危機に晒されている

遠くない将来、日本もデング熱の流行する地域に含まれるかもしれません
Credit:WHO

デング熱は蚊(ネッタイシマカ)を媒介にしたウイルスによって引き起こされ、毎年3億9000万人が感染し、そのうちの4分の1にあたる1億人が発症しています。

症状はウイルス株によってさまざまであり、軽度のインフルエンザに似た症状しか起こさない場合もありますが、発症者の5%は重症デング熱と呼ばれる危険な状態に陥ってしまします。

重症デング熱の患者に対してに病院でのケアが行われた場合、死亡率は2~5%であるとされていますが、治療せず放置した場合の死亡率は15%に達することが知られています。

(※適切な治療に加えて「早期発見」が行われた場合、死亡率は1%未満に低下させることが可能です)

また現在、気候変動の影響によってネッタイシマカの生息地の急激な拡大が起きており、世界人口の半分にあたる40億人が暮らす地域に重なりつつあります。

(※過去50年間でデング熱の発生率は30倍に増加しており、地域によってはここ数年で患者数が何倍も増加したことが報告されています)

そのためデング熱は2019年にWHO(世界保健機関)によって、最も健康に脅威となるトップ10の1つに指定されました。

しかし残念なことに、現時点においてデング熱 / 重症デング熱に対して特異的な治療薬(専用の薬)は存在せず、開発されたワクチンの効果も限定的で、逆に害となってしまう場合もありました。

ワクチン接種が重症化の原因になってしまうメカニズム

なぜワクチンを打ったのに重症化しやすくなったのでしょう?
Credit:Canva . ナゾロジー編集部

2015年以降、フィリピンではサノフィ社が開発したデング熱ワクチン「デングワクシア(Dengvaxia)」が73万人以上の子供たちに接種され、史上初のデング熱ワクチンを大規模に採用した国となりました。

低緯度に位置するフィリピンではデング熱の蔓延が深刻であり、子供たちの命を守るために、早急な対応が求められていたからです。

しかし後になって、サノフィ社のワクチンは、過去にデング熱に感染した人には追加の予防効果を発揮したものの、感染したことがない人(幼い子供など)が接種してしまうと、感染したときに通常よりも深刻な症状を引き起こすことが判明します。

「ワクチン接種が重症化の原因になる」というと、今の時代は陰謀論めいた印象を受ける人もいるでしょう。

新型コロナウイルスのワクチンでは重症化を防ぐ効果があり、京都大学が行った研究では、日本におけるワクチン接種によって死亡率が97%以上減少したことが実証されました。

なのになぜサノフィ社のデング熱ワクチンは、重症化の原因となってしまったのでしょうか?

原因はデング熱ウイルスの持つ「ワクチン殺し」とも言える特殊な性質にありました。

デング熱ウイルスには4種類のタイプ「1型、2型、3型、4型」が存在することが知られています。

インフルエンザウイルスにも大きくA型・B型・C型があるように、同じデング熱ウイルスにもいくつかのサブタイプ(亜種)が存在しているのです。

またインフルエンザの特定の型に感染するとその型に対する免疫が得られるように、デング熱ウイルスのある型に感染して回復した人も免疫を獲得し、同じ型にはかかりにくくなります。

問題はここからです。

サノフィ社のワクチンは、デング熱ウイルスの持つ奇妙な特性によって接種した子供を中心に悪影響が現れてしまいました
Credit:Canva . ナゾロジー編集部

デング熱ウイルスには1つの型に感染して免疫を得ると、残りの型のいずれかに感染した場合でも重症化しやすくなるという、極めて厄介な性質があるのです。

重症化する原因は「抗体依存性感染増強」と考えられています。

何やら難しそうな用語ですが、中身は簡単です。

抗体依存性感染増強とは体を守るはずの抗体が、人間の細胞やウイルスの想定外の部分に結合して構造を変化させ、結果的にウイルスが細胞に入りやすくなってしまう現象です。

免疫システムはさまざまな病原体に対応した多種多様な抗体を作る能力があります。

しかしその設計能力は万能ではなく、一生懸命に設計したはずの抗体が「敵を利する」存在になってしまうこともあるのです。

大阪大学で行われた研究でも、エアロゾルなどを介した新型コロナウイルスの「普通の」感染によって、体内でウイルス感染を促進する抗体が作られてしまう可能性が示されました。

幸いなことに、新型コロナウイルスのワクチンを接種したことで抗体依存性感染増強が起こり重症化してしまったという報告は確認されていません。

しかしデング熱ウイルスは免疫システムに対抗するためか、抗体依存性感染増強が起こりやすいように進化しており、1つの型に対する免疫が別の型の重症化を手引きするようになっているのです。

その結果、デング熱ウイルスに対する全面的な免疫を手に入れるには4種類全ての型に最低でも1度ずつかり、抗体依存性感染増強による重症化の危険を少なくとも3回乗り越えなければなりません。

サノフォ社のデング熱ワクチンは、この仕組みに引っかかってしまいました。

ワクチンを接種することが「最初の感染」となり、子供たちの体内では以降の本物の感染を重症化させる「敵を利する抗体」が作られてしまったのです。

ではジョンソン・エンド・ジョンソンはこの問題をどのように回避したのでしょうか?

検証のため被験者たちにデング熱ウイルスに感染してもらう

毒性が低いウイルスを使って当初はワクチンを作ろうとしていましたが、失敗して長期保存されていました
Credit:CENTER FOR IMMUNIZATION RCredit:

味方であるはずの免疫システムを、敵を呼び込むスパイに変貌させるデング熱ウイルスにどう対抗するか?

研究者たちは解決策としてワクチンの代りに抗ウイルス薬に活路を見いだしました。

ウイルスが細胞に感染して自己複製して増殖する過程を辿るには、必ず起こらなければならない生理学的な反応が存在します。

自動車工場で「とりあえず動く車」を作る場合、邪魔されてもなんとかなる工程と、邪魔されたら絶対に車が動かなくなってしまう工程が存在するのと同じです。

とりあえず動く車を作る場合、塗装・安全装置・カーナビなどの作成が邪魔されてもなんとかなります。

しかしエンジンを車体にはめ込む過程を邪魔されると、他がどんなに完璧でも車は動かせる状態にはなりません。

そこで研究者たちはデング熱ウイルスが自分をコピーするのに絶対に必要な2つのタンパク質の相互作用を邪魔できる化合物を探索しました。

するとマウスを使った動物実験によって「JNJ-1802」と呼ばれる化合物が、ウイルスにとって必須なNS3-NS4B相互作用を遮断できることが判明します。

自動車製造で例えるならば、「JNJ-1802」は完成したエンジンを車体に収めるために使うクレーンが動かないように固めてしまうコンクリートのような存在だったのです。

ただ「JNJ-1802」を薬として承認を受けるには、人間の被験者を使った試験が必須です。

新型コロナウイルスの場合、感染者が膨大な数に及んだため、新薬の調査は投与後に通常の社会生活を送る被験者を観察するだけ十分でした。

たとえば新型コロナウイルスのワクチンの有効性を試すには、一定数の健康な人に試作ワクチンを投与して感染拡大を待ち、ワクチンを投与していないグループとの差を調べれば、その効果を迅速に確認することができました。

また治療薬の場合も患者の確保は比較的簡単でした。

しかし蚊からヒトへ感染するデング熱ウイルスの場合には、同じように調べてはコストがかかります。

そこで研究者たちは1970年代にインドネシアで発生したデング熱株由来のウイルス(DENV-3)を人間の被験者に直接注射することにしました。

1970年代にインドネシアで発生したデング熱は比較的弱毒で主に発疹を引き起こします。

発疹は非常に深刻な痒みを伴う全身性のもので5~12日間続きますが、命にかかわることはありません。

実験薬が与えられたグループではデング熱の症状が大きく表れにくくなっていました
Credit:Canva . ナゾロジー編集部

研究ではまず被験者たちは2つのグループにわけられ、5日間にわたり一方は「JNJ-1802」そしてもう一方は「プラセボ(偽薬)」を服用した後に、デング熱ウイルスを含む注射を受けました。

その後、2つのグループは21日間にわたり「JNJ-1802」あるいは「プラセボ(偽薬)」を摂取し続けました。

すると運よく「JNJ-1802」を配られたグループでは容量に応じて効果を発揮し、最も多くの容量を摂取した10人のうち6人には感染の兆候がみられず、残りの4人のうち症状を発症したのは3人のみでした。

また重要な点として「JNJ-1802」の重大な副作用は認められませんでした。

この結果は、適切な量の「JNJ-1802」を前もって服用しておくとデング熱ウイルスに対する治療だけでなく、予防薬としても期待できることを示します。

欠点のあるワクチンが裏切りの可能性のある指導教官ならば、「JNJ-1802」は絶対に裏切らず敵の急所のみを攻撃し続ける戦闘ロボットと例えることもできるでしょう。

ワクチンと違って長期的な予防効果は見込めませんが、パンデミックのピークの少し前の段階で人々の手元に「JNJ-1802」があれば、ピークの山を低くし、医療機関のパンクを防ぐ助けになるはずです。

またマウス実験では「JNJ-1802」はデング熱ウイルスの4つの型全てに対してウイルス増殖を阻害する効果が示されおり、ワクチンのような免疫の裏切り(抗体依存性感染増強)が起こることはありませんでした。

研究者たちは現在、ラテンアメリカとアジアの10カ国で2000人近くの被験者を募集し、第2相の臨床試験が進行中であると述べています。

さらに現在多くの研究室では抗体依存性感染増強を起こさないワクチンの開発も進められており、上手くいけば長期的な防御を提供するワクチンと、短期的な予防と治療の両方を担当する「JNJ-1802」の2つを使って、デング熱ウイルスに対抗できるようになるでしょう。

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参考文献

Janssen Announces Promising Antiviral Activity Against Dengue in a Phase 2a Human Challenge Model https://www.jnj.com/janssen-announces-promising-antiviral-activity-against-dengue-in-a-phase-2a-human-challenge-model

元論文

Blocking NS3–NS4B interaction inhibits dengue virus in non-human primates https://www.nature.com/articles/s41586-023-05790-6
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