すべてのクルマを電気自動車(BEV)に変えていくことが必ずしもカーボンニュートラルへの近道ではない。目的はあくまでもカーボンニュートラルであって、BEVの普及ではない。二酸化炭素(CO2)を中心とする温室効果ガスの排出量を実質的にゼロにすることだ。そこで、トヨタがトライしているひとつが水素(H2)を直接エンジンで燃焼させるH2エンジンだ。豊田章男社長自らハンドルを握って、その可能性を証明した富士24時間レースを取材した。


TEXT &PHOTO◎世良耕太(SERA Kota)PHOTO◎TOYOTA

トヨタ自動車の豊田章男社長がチームオーナーを務め、MORIZOとしてドライバーを務めるROOKIE Racingは、5月22日〜23日に富士スピードウェイで開催された『2021 Powered by Hankook 第3戦 NAPAC 富士 SUPER TEC 24時間レース』に水素エンジンを搭載した車両で参戦した。マシン名は「ORC ROOKIE Corolla H2コンセプト」だ。レースの主催者であるSTOが参加を認めた、メーカー開発車両が属するST-Qクラスでの参戦で、井口卓人、佐々木雅弘、MORIZO(豊田章男)、松井孝充、石浦宏明、小林可夢偉が交代でドライブした。

豊田章男社長は、自工会会長の立場からも再三「カーボンニュートラルの選択肢を増やしてほしい」と提言している。今回の水素エンジン車による24時間レース参戦も、その一環だ。レースにはTV、新聞など多くのメディアが取材に詰めかけた。カーボンニュートラルに対する注目の高さとともに豊田社長の強い発信力が窺えた。

ORC ROOKIE Corolla H2コンセプトはトヨタ自動車が開発を進める水素エンジンを搭載している。カーボンニュートラルに向けた選択肢のひとつとして、水素エンジンを鍛えるのが参戦の狙いだ。豊田章男社長はレーススタート(22日15時)直前に行なわれた記者会見で次のように話した。




「政府からカーボンニュートラル(を目指す)ということが発表されて以降、自工会会長の私から、『順番を間違えないでほしい』『カーボンニュートラルの選択肢を増やしてほしい』と、ずっと言って参りました。電動化のなかですべてがBEV(電気自動車)になったら、日本では100万人の雇用が失われると申し上げた。そんななかで、モータースポーツの場で選択肢のひとつを実証実験できる場が訪れたと思っています」

政府が掲げた目的はあくまでもカーボンニュートラルであって、BEVの普及ではない。二酸化炭素(CO2)を中心とする温室効果ガスの排出量を実質的にゼロにすることだ。このまま温室効果ガスの排出を続けていたのでは地球の平均気温は上昇を続け、海面の熱膨張や氷河が溶けることによって海面が上昇したり(災害につながる恐れがある)、感染症の発生範囲が広がったり、異常気象が頻発したり、穀物の生産が大幅に減少したりし、地球規模で環境に悪影響を与え、各地が経済的な損失に見舞われることになる。

そうならないようにするためにカーボンニュートラルの取り組みは欠かせないのだが、解決策はBEVを普及させることだけではない。いろんな技術のなかから、地域やタイミング、その地域のエネルギー環境に合った最適なソリューションを探していくことが必要で、それがトヨタのスタンスである。水素エンジンも選択肢のひとつだ。実証実験の場にモータースポーツを選んだのは、開発のスピードが速いからだ。GAZOO Racing Company Presidentの佐藤恒治氏は次のようにコメントした。

もっとも1コーナーに近いピットを使用した。ピットロードからクルマを外に出しやすいからだ。まず、ピットインしたら、タイヤ交換やドライバー交代などの燃料充填以外の作業をピットロード上で行なう。その後、エンジンをかけて自走で走り出す。通常ならそのままコースに戻るだが、、今回は、一度、コースの外のパドックエリアに出て水素充填作業を行なった。

「これだけ過酷な環境はなかなかありません。自分は量産車両の開発をずっとやってきましたが、モータースポーツをやってみて一番感じるのは、時間軸の速さです。この時間軸の速さは、将来の技術をいち早くたぐり寄せるために一番必要なことだと思います。このスピード感のなかに身を置いて、将来の技術を手の内化していくスピードを上げていく。課題を早く見つけ、解決のサイクルを早くする。それが、技術を進化させていくための一番大事なポイントです」

ORC ROOKIE Corolla H2コンセプトは、カローラ・スポーツがベース。パワートレーンはGRヤリスのものを流用している。駆動は4WDだ。現状では水素の燃焼に最適化させた設計変更は行なっていないという。出力はガソリンエンジン同等(GRヤリスのG16E-GTS型1.6ℓ直3ターボは272ps)が当面の目標だ。

水素エンジンを搭載する車両はカローラ・スポーツがベースだが、パワートレーンはGRヤリスをベースとしており、4WDだ。エンジンはラリー競技への参戦を視野に開発したG16E-GTS型の1.6ℓ直列3気筒ターボを積んでいる。液体のガソリンではなく気体の水素を噴くための直噴インジェクター(デンソー製)と燃料供給系、高圧水素タンクの搭載が、ガソリンエンジン仕様との主な違いだ。燃料電池車(FCEV)のトヨタMIRAIは水素と空気中の酸素を反応させて発電した電気でモーターを駆動するのに対し、「水素カローラ」はガソリンの代わりに水素をエンジン内で燃焼させて動力を発生させる。

水素タンクはMIRAIのものを流用。水素エンジンのキモのひとつ、直噴インジェクターはデンソーが開発する。
水素燃料電池車のMIRAIが搭載する水素タンクのレイアウト。MIRAIではサイズの異なる大・中・小のタンク計3本が搭載されているが、今回の参戦車両では計4本が搭載されている。

「いまある技術を応用すれば水素エンジンを作れる」(佐藤氏)ことを示すのがコンセプトなので、水素の燃焼に最適化させた設計変更は行なっていないという。オリジナルのG16E-GTSは200kW(272ps)の最高出力を発生する。「ガソリンエンジンと同等の出力を目指す」(エンジン開発担当者)のが当面の目標で、初レースの段階で「だいぶ近いところまで来ている」とのことだった。




水素カローラは、安全性を担保する観点からリヤアクスルと前席の間に70MPaの高圧水素タンクを4本搭載する。MIRAIは大中小3本の水素タンクを搭載するが、水素カローラはこのうち中(貯蔵容積52ℓ)を2本、スペースの関係から中をベースに短くしたタンクを2本搭載。総容積は180ℓだ。MIRAIのタンク貯蔵容積は141ℓで、有効水素搭載量は約5.6kgである。計算上、水素カローラの有効水素搭載量は約7.1kgになる。

24時間の走行に備えて水素トレーラーを4台設置した。

水素カローラはレース中、全長4.563kmのコースで11〜13周ごとに給油ならぬ“給水素”を行なった。設備の都合上ピットで行なうわけにはいかず、ピットレーン出口の切れ目からいったんパドック側に迂回し、そこに設けた水素ステーションで給水素を行ない、コースに戻る動きを繰り返した。水素充填の設備は街なかにある移動式水素ステーションそのものである。これを2基設置。24時間の走行に備えて水素トレーラーを4台設置した。

福島県浪江町に作られた「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、東芝エネルギーシステムズ、東北電力、岩谷産業は、再生可能エネルギーの導入拡大を見据え、ディマンドリスポンスとしての水素活用事業モデルと水素販売事業モデルの確立を目指した技術開発事業に取り組んでいる。(PHOTO○NEDO)
2018年7月から建設が進められていたFH2H。2020年2月末に完成し、稼働している。FH2Rでは、18万m2の敷地内に設置した20MWの太陽光発電の電力を用いて、世界最大級となる10MWの水素製造装置で水の電気分解を行ない、毎時1,200Nm3(定格運転時)の水素を製造し、貯蔵・供給できる。(PHOTO○NEDO)

水素は福島県浪江町の「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」で製造されたグリーン水素を準備した。再生可能エネルギー(のひとつである太陽光発電)で水を電気分解して製造するため、製造過程でCO2は発生しない。エンジンでの燃焼時はごく微量のエンジンオイル燃焼分を除きCO2は発生せず、水(H2O)が生成されるのみである。

水素ステーションを2基設置したのは、シミュレーションの結果、(水素ステーションで行なう)差圧充填法では2段階にわけたほうが早く充填できることがわかったからだ。1回の充填時間は2段階合わせて5〜6分だった。水素カローラは24時間レースを無事完走し、1634km(358周)を走った。給水素の回数は35回で、水素充填に要した時間は約4時間。深夜に約4時間をガレージで過ごしたのは、水素エンジンに関連するトラブルではなく、電気系だった。

レース中のベストラップは2分4秒059だった。2020年のスーパー耐久を戦ったGRヤリスのおよそ10秒落ちである。水素カローラは高圧水素タンクの搭載に加え、各種計測機器を積んだことにより、GRヤリスより約200kg重くなったという。10秒落ちの内訳は重量とエンジンパワーだ。軽量化とパワーアップも今後の課題だが、航続距離も課題で、これについては水素搭載量の観点と燃費向上の観点で検証していくとしている。

24時間で358周走行。総合49位。ベストラップは2分04秒059(佐々木雅弘選手)だった。

水素だからなのか、ベースがG16Eだからなのか、ピンポイント指摘することはできないが、水素カローラが野太い「いい音」がしていたのは確かだ。井口卓人選手は、「言われなければ水素で走っていることはわかりませんし、言われても信じられません。すごい挑戦をしているにもかかわらず、普通の感覚で乗ることができる」と、水素エンジンの印象を語った。

ORC ROOKIE Corolla H2コンセプトによる水素エンジンの挑戦は、「未来のカーボンニュートラル社会に向けた選択肢を広げるための第一歩。これをレースの場で、みなさんの目の前で示すことができた」と、豊田社長はレース後の記者会見で話した。「未来を作るためには目標値や規制ではなく、意志ある情熱と行動が必要。そして(自動車業界で働く)550万人の会社を超えた取り組みこそが10年後、20年後の景色を変えていく」と続けた。




水素カローラはスーパー耐久シリーズの今後のレースにも参戦する予定で、水素エンジンは随時バージョンアップしていく方針だ。

情報提供元: MotorFan
記事名:「 H2(水素)エンジンの可能性 24時間レースでトヨタ&豊田章男社長が示した「カーボンニュートラルへの選択肢」の意味を考える