VWゴルフGTI史上もっともハイパフォーマンスなモデル、GTI TCRのキーデバイスは「電子制御油圧式LSD」だ。LSDとは、リミテッド・スリップ・デファレンシャル(Limited Slip Differential)のこと。FFモデルにLSDを使うのは少数派。それでもVWがゴルフGTI TCRに電子制御油圧式LSDを組み込んだ意図と効果を、自動車ジャーナリストの瀨在仁志がテストを通して解き明かす。




TEXT◎瀨在仁志(SEZAI Hitoshi) ILLUSTRATION◎熊谷敏直(KUMAGAI Toshinao) PHOTO◎Motor-Fan FIGURE◎Volkswagen

どうしてデファレンシャル(デフ)が必要なのか? どうしてLimited Slip(差動制限)が有効なのか?

今回テストしたのは、この2台。左ががVWゴルフGTI TCR、右がVWゴルフGTIパフォーマンス。GTI TCRは600台の限定モデルである

 正確な時期は忘れてしまったが、クルマの運転に興味があって、教習所に通う前後のころである。基本の操作に加えて、クルマの機構などを、本やクルマ好きのおじさんたちからいろいろと教えてもらった。その関係でいまではすっかりとこの業界に居座ってしまったわけだが、当時どうしても理解できなかったのが、デファレンシャルギヤだった。

リミテッドスリップデファレンシャル | 中央のベベルギヤはオープンデフと同様。しかしピニオンギヤ軸を包むプレッシャーリングと、その外側に備わるクラッチが機械式LSDのキーデバイスである。いかに差動制限するかという視点ではトルク感応型に分類される

 いまのMotor Fan illustratedのように親切に説明してくれる雑誌があればよかったが、当時はまだ図版も少なく、経験者といっても運転歴も浅い人たちばかり。こちらも運転免許的にいえば2輪しか知らなかったから、話はなかなか進まない。ただレーシングカートに乗っていると、旋回中にリヤを流しながら走行したり、ねじ伏せるような力づくのコーナリングは身体で覚えていた。


 クルマだってハンドルがあって、リヤタイヤを回しているなら、強引に走ってしまえば曲がれるはず。デフの必要性などクルマを運転するまではまったくわからなかった。


 いや、免許を取ってみてもパワーをかけていけば、タイヤはギュルギュルと悲鳴をあげ、コーナーを曲がることができたし、それなりにカウンターの真似事なんかもできた。そう、FRのクルマの場合、リヤのイン側がいとも簡単に空転してしまっていることと、カートで強引にパワードリフトしていることを混同し、クルマを操っている気分になっているだけだったのだ。


 冷静になってクルマの動きを見てみると、ギュルギュルとリヤタイヤがいうものの、カートのようにコーナー出口に向かって鋭く立ち上がっていくのではなく、クルマの動きは至って穏やか。タイヤから煙や悲鳴が上がっていても、速度もGも上がることがなく、空転していただけのことに気づかされた。お恥ずかしいことに速く走っていたつもりは、イン側のタイヤが空転しているに過ぎなかったのだ。

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■差動許容時(上)


左右サイドギヤに著しいトルク差が生じていない状況ではピニオンギヤおよびシャフトには強いストレスがかからず、オープンデファレンシャルギヤとして働く。図では左旋回の状態、左右のサイドギヤとクラッチは回転差をともない差動している。


■差動制限開始(中)


トルク差が大きくなってくるとサイドギヤがピニオンを強く回し、それにともなってピニオンシャフトはデフケースとは逆の回転方向に回ろうとする。するとピニオンシャフトを挟み込むプレッシャーリングが押し広げられクラッチが締結し始める。差動が制限され左右のトルクが適正に配分されるようになる。


■差動制限状態(下)


プレッシャーリングが最大限押し広げられクラッチが完全締結した状態。図に示すようにユニット全体が一体となり同一回転する。差動制限トルク/入力トルクはロック率と呼び、差動制限の指標とする。また、左右間で分配された際の多トルク/少トルクの値をトランスファーレシオと呼び、LSDの効きを表す。


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さまざまクルマのテストを行なってきてその走りに定評のある瀨在仁志氏。試乗テスト当日はゴルフGTI TCRに加えてGTIも試乗。GTI標準仕様はオープンデフ仕様だが今回の車両(GTIパフォーマンス)にはオプションとしてのVAQ(電子制御油圧式LSD)が装着され、システムのOn-Off に加えて両者のセッティングの違いなども同一条件で試すことができた

 当然、パワーは無駄になり速くも走れない。


 自慢げにドリフトを気取っていたのは大きな勘違いだった。デフは左右の回転差を吸収し、パワーをかけすぎると荷重の少ないほう、つまりグリップの小さい方から駆動力は抜けてしまうことを身をもって知ることになった。簡単に言えば片輪が浮いてしまえば、駆動力を伝えることができず、どんなにパワーがあっても生かせない。そのパワーを無駄なく生かすためにデフの機能を制限、つまり『リミテッド・スリップ』なデフ、略してLSDがスポーツモデルにも多く採用されてきた。




 デフケースの中に機械式のクラッチ機能を設けて、イン側との回転差が大きくなると、駒状のシャフトがねじれることで隙間を押しつけてプレートを圧着。力づくで左右の回転差をなくす。つまり、トルクは左右均等に振り分けられてレーシングカート状態になる。もちろんクラッチが介されていることで、実際には直結状態ではないが、機械的に押しつけているぶんだけ、駆動力はもっとも強力なタイプと言える。


 これによってエンジンパワーがグリップの低いイン側から流出することなく、リヤタイヤは両輪が一体になって、最大限の駆動力を発揮してくれる。タイヤのグリップ力ギリギリまで攻め込むことができるから、限界を超える境界線を行ったり来たりさせることで、大きく滑らせればカウンター方向に向きを変えていくことができ、真のパワーオーバーステアやドリフトといった姿勢を作りこむことができるのだ。




 作り込むというのにも意味がある。いま書いたのは旋回姿勢ができてからの話で、その前の状態では話がちょっと違う。旋回に向けてステアリングを切り込んでいったとき、コーナーに合わせてスロットルを開けていくと、普通のデフならリヤへの駆動力は左右の回転差に応じてトルクが伝達され旋回軌跡を描けるが、LSDで回転差を抑制しているから、駆動力に無駄はないが、旋回軌跡は描けない。リヤタイヤが同じ回転数で回ってしまうので、真っ直ぐに行こうとする力が働いてしまうのだ。


 いわゆるプッシュアンダーステア状態となってしまう。そのためにステアリングの操作量やタイミングに合わせてパワーを上手に伝えないといけない。向きを変えた後のコントロール性は良くなる半面、向きを変えることは逆に難しくなってしまうのが、このLSDの泣き所。まさに作り込む作業が必要なのだ。

GOLF GTI:電子制御油圧LSD OFF 次ページのGTI TCR 電子制御油圧LSD ONと比較してほしい

 それでもFRの場合は、まだフロントとリヤタイヤが個々に仕事を分け合っているから、慣れてしまえばそんなに大きな問題ではない。LSD効果の恩恵の方が大きく、スポーツモデルにとっては得がたいアイテムといえる。だがこれがFFになったら話は別だ。FFはご存じのとおり、駆動力と旋回力のふたつの作業を前輪だけで行なっている。曲がりながら、加速したり減速したりを同時に行なっている。


 当然ハイパワーFFモデルになるとFR同様に旋回中にパワーをかけていくと、ノーマルデフの場合は、イン側のタイヤからトルクは流出してしまう。もっともFRと違ってフロントタイヤには荷重が多くかかっているから、滑りが生じるポイントは遅くなるものの、攻め込んでいけばいずれは駆動ロスは発生する。


 LSDを採用すれば、イン側の接地性が失われそうになると、左右の回転差は抑制されトルクは均等に振り分けられる。しかし、ステアリングは切っている状態だから、機械的に回転差をなくしてしまうと、急に直進状態へと戻ろうとしてステアリングには大きな反力が生まれてしまう。いわゆるトルクステアであり、強いキックバック状態だ。


 曲がりたいのはドライバーの意思だから、大きな力にかなうぶんだけステアリングを押さえ込まなければいけないし、速く走りたいからさらにパワーをかければフロントは暴れ出す。曲がる力と駆動力を同時に生かすために、左右輪の回転差はなくなり、イン側のタイヤにも無理な力がかかってしまう。物理的にもドライバー的にも無茶である。低μ路でなければFFの機械式LSDは成立しにくいのだ。 

VWゴルフGTI TCR(FF/7DCTT) 全長×全幅×全高:4275mm×1800mm×1465mm ホイールベース:2635mm 車重:1420kg 車両本体価格:509万8000円

 そこで回転差を吸収しつつパワーの流出を防ぐことを重要視して、生まれたのが回転差応答型のビスカスカップリングタイプや、左右輪のトルク差で機能するトルクセンシングタイプ。曲がる性能とトルクの流出を抑えることができる優れものである。ただ、ビスカスタイプは回転差が生じて初めてシリコーンオイルをマルチプレートが剪断し、その粘性でトルクを伝えるので、タイムロスや駆動ロスが大きい。一方、トルクセンシングタイプは、タイヤが路面に接地している限りは理想的な駆動力配分や旋回力を生むが、インリフトしてしまうと、ノーマルデフのようにトルクが流出してしまう。




 これを何とかできないものか、というよりあってもおかしくなかった電子制御LSDの登場となる。

電子制御油圧式フロントデファレンシャルロック | コーナーイン側のタイヤの空転を検知すると、デフ内部のクラッチを締結し、駆動トルクをイン側からアウト側へ再分配する。左右輪の投句配分をホイールの回転数、車速などの状況に応じて0-100%の範囲で制御する

実機の様子。下から眺めたところ。外付けであることがわかる

 ゴルフGTI TCR に採用されている電子制御LSDの機能について検証してみた。


 ベースとなったゴルフGTI はすでに横滑り防止装置であるESCの拡張機能を用いてフロントタイヤイン側の滑りに応じてブレーキ介入させる電子制御デファレンシャルロック『XDS』を採用しているが、GTI TCRはデフ自体の機能を制限する、電子制御油圧式フロントデファレンシャルロック機構を持つ。


 この機能は、フロントデフを介して左右の駆動輪の間にクラッチ機能を持つマルチプレートを組み合わせ、片輪に滑りが生じると電子制御により油圧で締結力をコントロールし、駆動力を最大限に発揮させる仕組みだ。


『XDS』がブレーキ制御に頼る疑似LSD機能であるのに対し、TCRの電子制御油圧式フロントデファレンシャルロック機構は、駆動力自体を機械的にコントロールする本格派である。




 ゴルフGTI TCRの電子制御油圧式LSDもマルチプレートを電気的に圧着させてパワーを両輪に振り分けるという意味では機械式と考え方は同じ。いっぽう、接地性に合わせてプレートの圧着力をコントロールしてトルクを左右に振り分けるという意味では、トルクセンシングデフの考え方とよく似ている。つまり、FFスポーツモデルにとっては、駆動力と旋回力を両立させることが重要で、機械式のLSDとトルクセンシングタイプの考え方を生かした電子制御LSDはいま、もっとも進んだデバイスに違いない。

高圧のオイルでクラッチを制御、差動制限する

(左)非作動状態。ドライブシャフト(青)は中空シャフト(赤)に締結されていないのでフリー、とはいえクラッチパック内でいくばくかの抵抗は生じているだろう。デフはオープン状態で左右輪のトルク差は生じていない。(中)ハーフロック状態。旋回初期~旋回中に荷重抜けなどに陥り左輪にトルクを伝えきれない際、油圧を高め始めてLSD 効果を発揮、右輪のトルクが高まり旋回性能を向上させる。(右)フルロック状態。トルクは外輪側に最大限振り分けられ、駆動力が大幅に高まる。コーナー脱出時などに大きく効果を発揮する

GOLF GTI TCR:電子制御油圧LSD ON 前ページのGTI 電子制御油圧LSD OFFと比較してほしい

 実際にゴルフGTI TCRでインフォテイメントシステムからスポーツモードを選んで試乗した印象を伝えると、ステアリングを切った方向にグイグイと引っぱっていってくれる走りの良さは、ステアリングと格闘しながらサーキットを走っていたときとは隔世の感がある。正にオン・ザ・レールの走りは見違えるほど動きが素直で、速い。トルクステアも抑えられていて実に扱いやすい。これならFFスポーツモデルのLSDとして効果的である。




 今度は、ノーマルデフ状態に近いモードを選んでワインディングを走行してみると、スタートダッシュでステアリングが左右にとられると同時に、スリップコントロールのサインが点滅し、290psのパワーを前輪だけで支える事への限界を教えてくれて、LSD効果も薄い。


 もちろんこの電子制御デバイスのおかげで、旋回中にパワーをかけていくと、空転しそうになる内輪にブレーキをかけて、LSD機能を満たそうとはするが、コーナーでペースを上げていこうとすると、ブレーキのフェード臭が強くなる。


 エンジンパワーが犠牲になり、操っている印象も薄いし、進行方向にノーズは向いてくれてはいるものの、グイグイと引っぱっていくとまでは言えない。安定感は高くラインとレース性はよいものの、サーキット走行を行なうと、きっと旋回速度を規制されてしまうことにストレスを感じてしまうはずだ。パワーを押さえ込む減算制御ではなく、パワーを生かし駆動力を最大限生み出しすことこそがLSD効果への期待というものだ。。

 パワーをかけて、ステアリングやスロットルワークでコーナーは抜けたいのは、FFに限らずスポーツモデルの醍醐味だ。ブレーキ制御はオフにした上で、インフォテイメントシステムから、デファレンシャルロックを選び出し、モード違いで走ったのが上の写真、上下2カット。上が電子制御デファレンシャル効果を最大限発揮させたスポーツモード。下がノーマルデフに近い状態だ。駆動力が適正に伝達されている上のカットと、ノーマルデフに近い下のカットでは、まずステアリングの切れ角が違うことわかる。


 下のコーナリング状態は、旋回速度を合わせてステアリングを切り込んでいってはいるものの、旋回姿勢に入ると同時にイン側の接地感が減少し、トルクが抜け始める。さらにパワーをかけていこうとしてもイン側のリフト量は収まらないから、トルクはさらに流失して速度は上がらない。同時に空転しているぶんだけ旋回力は落ちるから、ステアリングを切り込み旋回力と駆動力とのバランスをとっている。そのため、舵角は下のカットに比べて拳半分ぐらい多くなっているのがわかる。駆動力が増加していないから、一度傾いたボディは大きいままとなっている。


 いっぽう、上のカットでは、旋回速度に合わせてステアリングを切り込んでいっても、初期のロール量は同じものの、イン側からのトルクの流出は感じにくい。一度はリフト気味にはなってタイヤのグリップ力は落ちた物の、滑りが生じようとしたところ、空転しそうになったところをセンシングして油圧でクラッチプレートを圧着。イン側の空転を押さえ込むことによって、前輪の駆動力を復元して旋回力をキープした。 


 体感的にはパワーをかけていっても駆動方向の滑り感は感じられないどころか、グイッと引っぱっていこうとする。結果、旋回外方向に働いていた力が、進行方向の力に打ち消されてボディの傾きも収まってくれている。まさに、駆動力の高さによって姿勢を安定させている結果がこの2枚のカットの違いなのだ。




 つまり、電子制御LSDは、機械式LSDのように左右輪の回転軌跡を考慮せず、力ずくで直結状態を作ったり、ビスカスLSDやのように回転差は生かしてくれているものの、タイムラグや駆動ロスが大きいのとは異なって、タイヤの性能を上手に引き出してくれていることがわかった。もっとも現状トルセンLSDのように日々進化しているものもあるし、ESCの拡張機能もより高度化している。なによりもFFのシャシー自体が接地性を上げていることでLSD自体の要求シーンが減ってきていることも確かだ。

 ゆえに今後FFスポーツモデルの駆動力コントロール技術がどこに落ちついていくかはまだまだ未知数である半面、より緻密な制御が要求されていくに違いないから、次の一手は実に興味深い。4輪でクルマが動いている限りデフの進化は止まらない。改めて奥が深いことを知り、知れば知るほどその違いを掘り下げていってみたくなった。




 また、タイヤの限界もあることから、LSDを装着したからといって、FFが4WDのように強力な駆動力を得られるものではない。あくまでもタイヤの性能低下分を補うことこそが目的だから、過度な期待感は禁物。


 いままで捨てていたトルクを無駄なく拾い上げる作業こそがLSDの仕事だから、いうなれば排気エネルギーを再利用したターボシステムみたいなもの。環境対応としてダウンサイジングターボができたように、駆動ロスを最小限に抑えて燃費効率を上げるなど、LSDの利用価値はスポーツドライビングアイテムばかりでなく、次世代車両に向けて再認識され大きく進化するときが来るかもしれない。これからも注意深く、その機能を追っていきたいと思った。



VWゴルフGTI TCR(FF/7DCTT)


全長×全幅×全高:4275mm×1800mm×1465mm


ホイールベース:2635mm


車重:1420kg




サスペンション:


F|マクファーソンストラット式


R|4リンク式




タイヤ&ホイール:235/35R19




駆動方式:FF


エンジン形式:水冷直列4気筒DOHC16バルブ


型式:DNU型(EA888)




最小回転半径:5.7m




排気量:1984cc


ボア×ストローク:82.5×92.8mm


圧縮比:9.3


最高出力:290ps(213kW)/5400-6500rpm


最大トルク:380Nm/1950-5300rpm




燃料供給:筒内燃料直接噴射(DI)


燃料:プレミアム


燃料タンク:50ℓ


燃費:


WLTCモード燃費 12.7km/ℓ


市街地モード 9.2km/ℓ


郊外モード 12.8km/ℓ


高速道路モード 15.1km/ℓ


トランスミッション:7速DCT




車両本体価格:509万8000円
情報提供元: MotorFan
記事名:「 VWゴルフGTI TCR 最新のLSDの効果をテスト! ハイパワーFFスポーツで効果絶大。標準仕様GTIを比較してみる