数々のカテゴリーでチャンピオンに輝き、


レース界きっての頭脳派として知られるミハエル・クルム。


世界中を飛び回る彼がどうしても乗りたかった一台、


ルーテシア・ルノー・スポールへのテストドライブが実現した。




PHOTO●宮門秀行(MIYAKADO Hideyuki)/平野 陽(HIRANO Akio)

とにかく驚いた、それが第一印象だ

 とにかく驚いた。それがルーテシアR.S.に試乗した直後の率直な感想だ。どこを取ってもレベルが高い。正直に言って私はコンパクトFFスポーツにはあまり詳しくないため、果たしてルーテシアR.S.だけが突出しているのか、それとも最近のこのカテゴリーのクルマたちがみんな優れているのか、正確には判断できない。だが少なくともルーテシアR.S.が「一流のスポーツカー」であることは間違いない。自分が10代の頃にこのクルマに出会えていたらどんなに幸せだったろうか?




 まず実物を目にして目に止まったのは特徴的なフロントマスクだ。F1をイメージしたというが、なるほどスポーティで迫力に満ちているし、ほかの何にも似ていない。どうしてほかのメーカーはやらないのだろう?




 こうしたレーシングマシンのモチーフをエクステリアに採り入れているのは、ほかにはフェラーリくらいだろうか。かつてメルセデスのSLRやSLKもF1のような形のノーズだったと記憶しているけれど、せっかくお金を掛けてモータースポーツに参戦しているのだから、もっと積極的に活用すればいいのにと思う。

サーキット走行を熟知した人間が作っている

 シートは相変わらずサポート性に優れ、ドライビングポジションにも文句はない。比較的長身の私は、こうしたコンパクトなクルマで満足できるポジションを得られた試しがなかったのだが、かつて先代ルーテシアR.S.に試乗した際、小さいボディサイズながら妥協なくポジションを合わせることができて感心した覚えがある。その美点は健在だった。座り心地はともかく、ポジションに関する問題はとてもシンプルで、前後の調整代を大きく取ってくれればいいだけ。それが出来ていないクルマが多すぎるのだ。




 ポジションが決まると、それだけでクルマに対する印象がグッと良くなる。そしてドライビングに対するモチベーションが湧いてくる。




 6速MTに代わって採用されたという6速DCTだが、スポーツモードやレースモードにおける変速スピードは明らかに速い。レーシングマシンに慣れた私でも、ほとんど不満のないレベルだ。1000万円以上のスーパースポーツでも、これより遅い例を私はいくらでも知っている。




 非常に気に入ったのは、パドル操作に対してメーター内のギヤポジション表示が即座に反応してくれる点だ。どういうことか? パドルを引いても、物理的にトランスミッションが変速されるまでにはどうしたってタイムラグが発生する。そして多くのクルマの場合、実際に変速を終えてからメーター表示が切り替わる。だから自分が入力したコマンドが受け付けられたのかどうかパドル操作の直後にはわからず、不安になって何度かパドルを引き直してしまう場合があるのだ。




 ルーテシアR.S.の場合、パドル操作と同時に表示が切り替わるから、受け付けられたことが視覚的にすぐにわかる。だから安心して実際の変速を待つことが出来るのだ。




 ほんの一瞬の出来事だが、こうした些細な部分の煮詰め方の違いが、スポーツカーとしての完成度を大きく左右する。このパドルシフトのマネージメントひとつ取っても、ルーテシアR.S.はサーキット走行というものを熟知した人間が仕上げたであろうと想像できるのだ。




 ただ、レッドゾーン手前でシフトアップを促すブザー音は必要ないだろう。メーター内で点滅するフラッシュだけで十分ではないか。あまりスポーツ走行に慣れていない人を同乗させた場合、無用な緊張感を与えてしまうかも知れない。

FFではないようなナチュラルなハンドリング

 ハンドリングは、まるでFFではないようなナチュラルさだ。そしてR.S.デフの働きが見事と言うほかない。FF車の場合、通常は一度アンダーステアが顔を出したら、そこからステアリングを切り足したところで、だらしなく外へ膨らんでいくだけ。ところがコイツの場合、切り足せばグイグイ曲がっていくのだから驚くしかない。しかも作動が極めてスムーズだから、自分のコントロールをジャマされたような気には一切ならないのだ。




 ABSのセッティングも絶妙で、ロックとリリースの間隔が短いからストレスがない。そして、スポーツモードでは多少のロックを許容するから、ドライバー側も相応にコントロールしなければならなくなる。それがサーキット走行にはとても具合がいい。




 これら電子デバイスの高度なマネージメントが、ルーテシアR.S.の走りのクオリティを大きく押し上げている。電子制御の介入に否定的な昔ながらのスポーツカー好きの人には、とにかく一度乗ってみてほしい。確かに後輪駆動であれば、電子デバイスの助けを借りることなくリヤのトラクションをコントロールするのは大きな楽しみかもしれない。でも前輪駆動の場合、フロントがホイールスピンしてアンダーステアが出続けるのは苦痛でしかない。いらぬストレスを軽減してくれるのだから、電子デバイスはポジティブな存在と考えるべきだ。

タイトなコーナーではポルシェ911よりも速い

 電子デバイスの出来の良さばかりを強調してしまったが、ルーテシアR.S.そのものが持つコーナリング性能も相当に高い。試乗したコース内のいくつかのコーナーでは、現行ポルシェ911よりも速いコーナリングスピードを見せた場面もあった。ポルシェより速い、と言うと驚かれるかもしれないが、実はニュルブルクリンク北コースのような高速サーキットでも、ツイスティなセクションでコンパクトスポーツがスーパースポーツを追い立てる場面は珍しくない。日本に多く見られるタイトなワインディングにおいてルーテシアR.S.の敵になり得るのは、私の知る範囲においてはロータス・エリーゼSくらいである。




 ひとつ残念だったのは、私がとても楽しみにしていたR.S.モニターが日本仕様には用意されていないこと。Gセンサーやストップウォッチなど、どれもサーキット走行にとても有用な機能だからだ。一刻も早く対応できるよう、奮起を期待したい。

あなたには本当にこれ以上のパワーが必要か?

 それさえあれば、もう完璧だ。スーパースポーツと言っても差し支えない。もしも200psのコンパクトスポーツであることを理由に、500psや600psのスーパースポーツよりも劣ると考えている人がいるとすれば、試乗した後にもう一度意見を聞きたい。あなたは本当にこれ以上のパワーが欲しいか、と。




 ルーテシアR.S.のパワーとグリップは、高度にバランスが取れている。私はこれ以上のパワーはいらない。また、初めて乗るクルマに慣れるためにはある程度の時間が必要となるが、ルーテシアR.S.にはすぐに慣れることができた。それだけ完成度が高いということだ。




 この出来の良さで、価格は約300万円。お買い得……というより、何か作り手に感謝してしまいそうな気持ちだ。ルーテシアR.S.は、我々クルマ好きに向けたルノーからのプレゼントなのだろう。(まとめ:編集部)




※本記事は「ルノー・ルーテシアR.S.のすべて」から転載したものです。




MICHAEL KRUMM

ミハエル・クルム


ドイツ出身。フォーミュラフォード、フォーミュラオペル・ロータス、全日本F3、JGTCおよびスーパーGTなど、数々のカテゴリーでチャンピオンを獲得。2011年にはFIA-GT1にてチャンピオンに輝いている。2012年よりスーパーGTに復帰。現在はNISMOのアンバサダーを務め、GT-Rの開発を担うなど多忙な日々を送っている。


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今年で生誕20周年を迎えたルノー・カングーを徹底解剖する一冊。日本とフランスで徹底的に走り込んだ試乗レポートや、フランス郵政公社「ラ・ポスト」の本物の配達人へのインタビュー、そしてこれまで日本で販売されたカングーを限定車も含めてすべて紹介するなど、カングー好きの知識欲を満足させる盛りだくさんの内容になっています。




発売:2018年7月5日(木)


定価:907円+税

情報提供元: MotorFan
記事名:「 ミハエル・クルムも納得! ルノー・ルーテシアR.S.は本気のスーパースポーツである