東京都八王子市から山梨県上野原市へ抜ける狭隘な峠道、


陣馬街道をご存知だろうか?


都県境に跨がるにもかかわらず、


交通量は極めて少なく、知る人も少ない。


都心から至近にある酷道険道から多摩源流の里へ、


ルノー・キャプチャーとともに駆け抜ける。




TEXT:小泉建治(KOIZUMI Kenji) PHOTO:宮門秀行(MIYAKADO Hideyuki)

昭和の残像……ここは本当に東京都なのか?

 関東地方限定のネタで恐縮だが、東京都から山梨県に抜けようというとき、どんなルートが思い浮かぶだろうか? 真っ先に挙げられるのは当然ながら「中央道」で、一般道なら国道20号線「甲州街道」がフツーだろう。国道411号線「青梅街道」や国道413号線「道志みち」はなかなか通な選択だ。




 だがしかし、ここで都道521号線「陣馬街道」を挙げる変態、もとい物好きは果たしてどれだけいるのだろうか。




 陣馬街道とは、甲州裏街道とも呼ばれ、東京都八王子市から都県境の和田峠を越えて神奈川県相模原市に抜ける道である。神奈川県と言っても、そこは東京都と山梨県の間にめり込んだような細長いエリアであり、そのまま進めばすぐに山梨県上野原市に着く。




 今回の舞台は、つまりはそういうことで陣馬街道である。当地である東京都民や山梨県民を含めて一般的にはほとんどその存在すら知られていないマイナーな峠道だ。だがマイナーであればこそ酷道険道っぷりが増すのは言うまでもない。

全行程を通してタイトな道幅が続く陣馬街道だが、とくに東京都側は狭さが顕著だ。バックモニターが表しているとおり、写真はトラックに出くわして延々と後退しているところ。

 中央道を八王子インターチェンジで降り、国道16号線と国道20号線を経て追分交差点を西に向かえば陣馬街道の始まりである。まだ交通量も多く、沿道にはコンビニやらファミリーレストランやらが建ち並び、見慣れた市街地の大通りでしかない。




 圏央道をくぐり、さらに西へ進む。草木の緑色が視界の中に占める割合が徐々に増えてくる。そして左手に陣馬亭という昭和ムード満点の古びた看板が見えると、そこから急に道幅が狭くなり、酷道険道に様変わりする。




 上の写真は、この陣馬亭を過ぎてすぐの場所だが、幅は完全に一車線分しかなく、すれ違いは不可能だ。それでも平気でトラックがやってきたりするから、どちらかがバックするしかない。

 こういう場合、自分に後続車がいなければ筆者はたいてい率先してバックする役を買って出る。と言っても、残念ながら相手を思いやるといった高尚な話ではありませんよ。自分でバックするということは、すれ違う場所を自分で選べるということだ。




 メーカーから拝借した貴重なデモカーであれ、大切な自分の愛車であれ、半端に狭い場所で無理にすれ違いたくない。それに「どちらがバックするべきか」みたいな無言のやり取り(駆け引き?)をしている時間がもったいないと思う性分でもある。サッとバックしてサッとすれ違えれば時間が無駄にならず、相手から感謝されるというオマケもつく。




 いずれにせよしばらくはこんな調子で狭隘な道が続くから、あまりバカでかいクルマでは行かないほうがいいかもしれない。先ほどすれ違ったような4tくらいまでのトラックなら通れないこともないが、よほどこの道に慣れた人でなければ面白さよりも苦痛のほうが勝るはずだ。個人的な感覚では、楽しめるのはBセグメントくらいまで。まさにこの今回の相棒であるルノー・キャプチャーが上限だろう。




 ともあれ、東京都にこんなにも緊張感に溢れる酷道険道があるというだけで、筆者はうれしくてしかたがないのである。

意外と柔軟な道路行政?

今回の旅の伴侶は、ルノー・キャプチャーの最上級グレードであるインテンスで、ショルダーラインを境に色が塗り分けられるツートーンカラーと17インチホイールが特徴だ。

 撮影をはさみつつ40分ほど走り、和田峠に到着する。ここは陣馬山への登山道の入口にもなっていて茶屋や駐車場もあるのだが、この日は平日だったこともあってか閑散としていた。ただしここまでの道中、何度か登山者を見かけたから、多くの人はもっと手前から登り始めるのかも知れない。




 峠そのものは眺望もなく、陣馬山まで歩いて登ればなかなかの絶景が楽しめるそうだが、あくまで酷道険道を走るのが我々の使命なので先を急ぐ。




 神奈川県に入ると道幅が若干広くなり、相変わらずセンターラインはないものの、すれ違いはそれほど困難ではなくなる。とはいえ依然としてブラインドコーナーが続くので油断やカッ飛ばしは禁物だ。

 都県境を越えたので、当然ながら都道ではなく県道となるわけだが、いつも妙に感心してしまうのは、都府県が変わっても県道の数字は変わらないということ。陣馬街道であれば、都道521号線から神奈川県道521号線に、そしてその先で山梨県道521号線となる。




 もちろんわざわざ変えてわかりにくくする必要もないわけだが、「都道だと521号線だったのに神奈川県道になった途端に300号線に......なぜなら神奈川県には別の場所に521号線があるから」なんてことが日本の道路行政ではありそうな気もするわけで、この都道府県を越えた連携はなかなか柔軟で合理的ではないか。




 一方で、中山道は国道17号線なのに並行して走る新大宮バイパスも国道17号線、みたいなのはどうにかしてほしいものだ。

絶景が拝めるのは、ほんの一瞬......

東京都側はうっそうとした森の中を走り続けるが、神奈川県側に抜けるとご覧のような眺望が広がる......ときもたまにある。

 峠に眺望はなかったが、神奈川県側に入って少し進むと雄大な景色が広がる瞬間がある。西に向かって左側には見晴台があり、天気次第では富士山も見える。薄暗い酷道険道を走り続けた先に出会う絶景ほど心躍るものはない。




 ......と思ったのも束の間、すぐにまた道の両脇を木々に阻まれ、薄暗い酷道険道に後戻り。まぁ、だからこその酷道険道なわけで、絶景が続いたら名所として人気が高まり、道路だって整備されて広くなっているはず。そうではないから酷道であり険道なのだ。




 そんなこんなでクネクネと走っているうちに商店や食堂などがチラホラと現れはじめる。そのまま道なりに県道521号線を進めば山梨県上野原市に入るが、県道522号線に逸れて北西に針路を取る。せっかくなのでさらに足を伸ばし、多摩源流の里である小菅村を目指すことにしたのだ。




 なにが「せっかく」なのかというと、小菅村に至る県道18号線「上野原丹波山線」がこれまたすばらしい道だから。ここまで来ておきながら県道18号線を走らない手はないのだ。




 県道522号線を北上し、県道33号線に当たったら上野原方面に戻る形で左折し、すぐに西へ右折すればそれが県道18号線だ。行程の大部分がセンターラインのある二車線道路だから険道とは呼べないかも知れないが、いきなり狭くなったり、直線が続いたかと思えば急に小さく回り込むようなコーナーが出てきたりするから気は抜けない。だが、この緩急の連続こそまさにニッポンのカントリーロードの醍醐味とも言える。

 交通量が少ないのもまた魅力のひとつだ。平日だからではない。週末でも先行車に追いつくことは稀で、渋滞などまずあり得ない。




 小菅村へのアクセスといえば、大月から国道139号線を松姫トンネル経由で北上するルートが最もポピュラーで、東京西部からであれば冒頭で述べた青梅街道が一般的だろう。ワインディングを楽しみたいのなら檜原村を経由して奥多摩周遊道路を通る手もある。




 そんなわけで、この県道18号線はどこから向かうにしても有力な選択肢に入らない。だからこそいつもすいていて気持ちがいい。いわゆる、人に教えたくない道だ。ただし地元住民の大切な生活道路なので、通行に際しては最大限の配慮を心掛けたい。

ほどよくユルい小菅村

多摩源流の地のひとつである小菅村は、なんと言っても素朴な雰囲気が魅力だ。目立った観光施設もなく、いかにも行楽地といった喧噪とは無縁だが、温泉、釣り、キャンプなどを気軽に楽しむことができる。

 多摩源流の地のひとつに数えられる小菅村は、三頭山や奈良倉山や大菩薩嶺に囲まれた山深い谷間に佇み、昭和の風情を色濃く残すこぢんまりとした集落だ。




 山梨県ながら中央道やJR中央本線の沿線エリア───たとえば大月などに行くには険しい松姫峠を越えなければならず、生活圏としては東京都の奥多摩エリアのほうが近しい。ただ、2014年の秋に松姫トンネルが開通したことで大月方面からのアクセスが飛躍的に向上し、ほぼ同時期に立派な道の駅も完成した。




 これといった観光の目玉はないものの、ほどほどに自然と戯れたり、山や川の幸に舌鼓を打ったり、温泉で身体を癒したりといったことが肩肘張らずに楽しめる。村内の案内看板に「何もないけど、いい村だよ」というキャッチフレーズが書かれているが、まさに言い得て妙である。運転という行為じたいを主たる目的としたドライブの行き先としては、なかなか絶妙な存在なのである。

陣馬街道の路面はけっこう荒れているが、そんな状況下でも快適な乗り心地を提供してくれたキャプチャー。なかでも最も貢献度が高かったのが、このルノー名物の超絶シートだったことは間違いない。

 絶妙な存在といえば、ルノー・キャプチャーも然りである。ベースとなったルーテシアほどシュッシュッと向きを変えるわけではないし、かといって本格SUVというわけでもない。だが、ほんの少し見晴らしのいいアイポイントや、ほどよい鷹揚さを併せ持つ身のこなしが、緊張を強いられがちな酷道険道ドライブには実はとても適しているのだ。




 そして本サイトをはじめ、さまざまな自動車専門媒体でもしつこいほど書かれていることだが、こうした長時間に渡るドライブにおいて、その恩恵を感じずにはいられないのがルノー名物の絶品シートである。




 コシがあるのにアタリが柔らかく、ネットリと身体に密着するようなこの感覚は、これだけグローバル化が進んだ現在でも不思議なことにフランス車ならではの味わいであり続けている。とくに目を見張るような飛び道具はないものの、必要な要素はすべて備えている。さしずめ「何もないけど、いいクルマだよ」といったところだ。

無我の境地で走り続ける

山梨県ながらどちらかというと奥多摩の文化圏という印象の強い小菅村だが、どうしても食べたかったということでMカメラマンは昼食に山梨名物のほうとうをチョイス。結果は大当たりだったという。

 昼食は小菅村の渓流で採れたという山女魚の塩焼き定食を選んだが、プリプリしていてあまりにおいしそうだったので写真を撮る前にかぶりついてしまった。よくある話ではある。一方のMカメラマンは山梨の定番であるほうとうをオーダーし、こちらはしっかりと撮影していただいた。




 もちろん両方とも大満足の味だった。よく、「名物に旨いものなし」などと言われるが、まったく賛同できない。よほど店を選ぶセンスがない輩が言っているんじゃないか。日本中、どこに行ったって名物はやっぱり旨い。旨くないのに名物や定番料理になれるわけがない。

 帰りは前述の松姫トンネルを南下すればサクッと中央道に辿り着くのだが、なんだかもったいない気がして再び県道18号線を後戻りした。相変わらず交通量は少なく快適だが、かといって思いのままに飛ばすわけでもなく、ほどほどのペースで淡々と走り続ける。




 このドライバーズハイとでも言うのか、無我の境地に達することができるのも酷道険道の面白さかも知れない。ひたすら薄暗い道が続くことがほとんどで、絶景が望めるのなんてほんの一瞬。




 見通しが悪いからタイヤを鳴らしながらコーナーを攻めるなんてできないし、アクセル全開で胸のすくような加速を楽しむこともできない。そして走っている最中は、いつまでこんな道が続くのかと不安になり、広い道に出られるとホッとする。にもかかわらず、ちょっと時間が経つとまた酷道険道に戻りたくなるのはいったいなんなのだろうか。




 上野原インターチェンジから中央道に乗れば、都内まではあっという間だ。都心から最も近い酷道険道は、しかしその近さを忘れさせるほど情緒に溢れる酷道険道でもあった。

<都心に最も近い酷道険道> 中央道や甲州街道(国道20号線)といった大動脈が充実していることもあり、八王子方面~上野原方面の移動にわざわざ陣馬街道を選ぶ人はほとんどいないと思われる。しかし甲州街道の大垂水峠には週末と休日に125cc以下の2輪車の通行禁止という不可解な措置がとられているから、原付きユーザーには意外と有用な抜け道かもしれない。小菅村へは2014年に開通した松姫トンネルを通るのが最もスムーズだが、県道18号線の気持ちよさも捨てがたい。

ルノー・キャプチャー インテンス


▶全長×全幅×全高:4125×1780×1585mm


▶ホイールベース:2605mm  車両重量:1280kg


▶エンジン形式:直列4気筒DOHCターボ ▶総排気量:1197cc


▶ボア×ストローク:72.2×73.1mm ▶最高出力:87kW(118ps)/5000rpm


▶最大トルク:205Nm/2000rpm ▶トランスミッション:6速DCT


▶サスペンション形式:ⒻマクファーソンストラットⓇトーションビーム


▶ブレーキ:ⒻベンチレーテッドディスクⓇドラム ▶タイヤサイズ:205/55R17


▶車両価格:267万2000円

Vol.1「酷道険道は日本の宝である!【顔振峠から秩父へ(酷道険道:埼玉県)】」はこちら!Vol.2「恐怖! クルマで渡れる驚きの吊り橋!【井川湖、そして接岨峡へ(酷道険道 :静岡県)】」はこちら!Vol.3「フィアット・パンダで本格ダート林道を走ってみる【中津川林道へ(酷道険道:埼玉県)】」はこちら!Vol.4「日本のトンネル技術が敗退!? 険しく長すぎる国道152号線を完全走破!【酷道で南アルプス越え!(酷道険道:静岡県/長野県)】」はこちら!
情報提供元: MotorFan
記事名:「 東京都にもこんな酷道が!【陣馬街道から多摩源流の里へ(酷道険道:東京都/神奈川県/山梨県)】ルノー・キャプチャー