ヒュルルル……バーン、バーン、バーン! この音を聞いただけで「あ、花火だ!」と、誰しもスイッチが入り、一気にテンションが上がるのではないでしょうか。夜空を艶やかに彩る大輪は夏の風物詩。浴衣(ゆかた)に団扇(うちわ)、出店(でみせ)……。恋人、友達、家族と美しい夏の思い出になりそうです。

そう、花火シーズン到来に際し、江戸っ子も大好きだった花火をネタにした噺(はなし)を今回はご紹介。ただし、大勢の人が集まるところはなにかと危険がつきもの。落語「たが屋」では、あっと驚く冷や汗が出そうな"落ち"が待っています。


「たまや~」「かぎや~」のかけ声の由来は……

江戸時代、花火は「鍵屋」と「玉屋」の二大花火屋が技を競い合っていました。今も、花火が上がると見物客から「たまや~」「かぎや~」とかけ声が上がるのは、その縁(えにし)からですね。

玉屋は鍵屋から暖簾(のれん)分けして独立した店ながら、語呂のよさと腕のよさから、「たまや」のほうが「かぎや」より、かけ声は多かったそうです。

ところが、玉屋は火事を起こし、天保14(1843)年に取りつぶしになってしまいました。

そんな玉屋をあわれんでか、花火を上げるのが鍵屋だけになっても「たまや」のかけ声のほうが多く、今も花火と言えば「たまや」の声がかかるようになったということです。

『橋の上玉屋玉屋の声ばかりなぜに鍵屋といわぬ情(錠)なし』という川柳もあるほどです。


江戸時代、花火は年中行事だった

安永年間(1772~1881)、隅田川の川開き(5月28日)に催される花火大会で、両国橋の周辺は黒山の人だかり。押し合いへし合い、揉み合いながら人々は花火を見物していました。

そこへ、身分の高そうな侍が、伴の侍を二人従え、馬に乗って橋を渡ろうとします。

「寄れ寄れ、寄れいっ」

「おい、馬だ、馬だ、そっちへ寄ってくれっ」

「寄れないよ。もう欄干(らんかん)だから、これ以上は寄れないよ」

「もっと寄れよ、欄干の外へはみ出して」

「冗談言うねえ、川へ落っこちらあ」

群衆は必死になって馬をよけようとしますが、一行はそんなことにはかまわず人混みの中を割って入ってきます。こうなると群衆はばたばたと将棋(しょうぎ)倒しになります。……迷惑な話ですね。そうして、逆の方向からやって来たのがたが屋です。

隅田川にかかる両国橋


「たががゆるむ」「たががはずれる」とは……

たが屋とは、桶(おけ)や樽(たる)のたが(木片を締める竹)がゆるんだ際に、締め直したり、新しいたがに交換して歩いた職人のこと。今も「たががゆるむ」「たががはずれる」というような言いまわしがありますね。

仕事を終え、道具箱を抱えて両国橋にさしかかってきたたが屋、花火を失念していたことに気づくも、後の祭り。もう引き返すことはできません。そうして両国橋の真ん中で、侍一行とたが屋が鉢(はち)合わせしてしまいます。

「寄れ寄れ、寄れと申すに……」と、侍が言うのに、たが屋は「へえ、すいません」。

寄れと言われても、大層な人混みの中、道具箱をかついでおり、たが屋も身動きが取れません。

「ええ、寄れ、寄らんか」

しびれを切らした伴侍(ともざむらい)はたが屋の胸を突き、その拍子に、道具箱の中のたががはずれてしまったのです。さらに馬上の侍の笠の縁(ふち)に当たり、笠をはじき飛ばしてしまいます。

「無礼者!」

「へえ、ご勘弁ください」

「いいや、ならぬ。この無礼者め。ただちに屋敷に同道いたせ」

侍はたが屋をお手打ちにでもしかねない剣幕です。「家には目の見えない母親がいるので、どうかご勘弁を……」とたが屋が許しを乞い、周りの見物人もたが屋に加勢するも、侍は容赦しません。

樽(たる)に締められたたが


違う意味で“涼”を感じられるブラックな落ち

ここで開き直ったたが屋、江戸っ子の啖呵(たんか)を切り、

「斬(き)るなら、斬ってみやがれっ」

瞬時、馬上の侍はその勢いにたじろぐも、「斬り捨ていっ」と言い放ちます。

しかし、伴侍が刀を抜くも、ふだん内職に追われて刀の手入れまで手がまわらず、腕も刀もすっかりさびついてしまっていたのです。

一方のたが屋は、いつも桶の底をひっぱたいているから腕っ節は強い。あっさりと刀を奪い、伴侍を次々斬り倒してしまったのです。

そうして、馬上の侍が馬を降りて槍を構え、双方、睨(にら)み合い。隙を見て侍が槍を一気に突き出しますが、たが屋は俊敏にひょいとかわし、その槍をつかんでしまったのです。

仕方がないので、侍は槍をはなします(「やりっぱなし」とはこのこと)。

槍をつかまれた侍が刀の柄に手をかけた瞬間、たが屋が斬りこみ、勢いあまって侍の首が、中天へぴゅーぅと上がります。これを見ていた見物人、

「上がった、上がった………たぁがや―」

夜空に上がる花火になぞらえた落語の演目ですが、違う意味で“ブラックな涼”を感じた方も多いのではないでしょうか。

──「火事と喧嘩(けんか)は江戸の華」。

夜空に咲く花火、炸裂(さくれつ)する花火の音……が聞こえてきそうですが、これから全国各地で花火大会が開催されます。花火を夏の思い出にするためにも、しっかりと心の「たが」を締めて、マナーと節度を心がけたいものです。

※明日から3日連続で「全国の花火大会特集」を予定しています。どうぞお楽しみに!

「上がった、上がった………たぁがや―」 

情報提供元: tenki.jpサプリ
記事名:「 ブラックな落ち――納涼落語「たが屋」