〜粉体の流体近似とその応用に期待〜

1.  概要
 砂は、熱揺らぎを無視できる大きさの粒子であり、一つひとつは古典力学に従って運動しています。その砂が大量に集まると雪崩や粉塵といった集団運動を起こすようになります。このような砂や粉の集団運動は、生産過程や輸送過程に始まり、土砂災害や黄砂の拡散、火山灰などの降灰、雪崩現象など、産業や防災に関わり、社会全般にとって重要な課題となっています。しかしながら、大量であるが故に古典力学では記述しきれなくなり、どのように集団運動するのか、現在においても理解されていませんでした。
東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻の小林和也氏(研究当時:都立大大学院博士後期課程在籍、現:農工大特任助教)、栗田玲教授らの研究グループは、粉体(砂や粉の総称)のフォースチェーン(注1)とゼラチンの高分子ネットワーク(注2)が類似していることに着目し、物理ゲルを下から流動させた時と、砂が入った容器をひっくり返した時の流動の様子が酷似していることを見出しました。さらに定量的な解析を行なったところ、粉体系と物理ゲルとの間に定量的な類似性があることがわかりました。このように、流体現象の類似性から、砂の落下運動を明らかにすることに成功しました。さらに、流動化した物理ゲルは流体近似が可能なため、粉体の運動は構成要素やフォースチェーンを粗視化した流体近似が可能であることを示しました。この研究は砂の他の集団運動の研究にも応用が可能であり、粉体研究の発展と社会全般へのフィードバックが期待できます。

■本研究成果は、4月15日付でNature Publishing Groupが発行する英文誌Scientific Reportsに発表されました。本研究の一部は、学術振興会科学研究費補助金(基盤B No.20H01874)の支援を受けて行われました。

2. ポイント
1. 砂や粉の集団運動は、産業や防災に関わり、社会全般にとって重要な課題でした。
2. 粉体のフォースチェーンとゼラチンの高分子ネットワークが類似系であることを示しました。
3. 流体現象の類似性から砂の落下運動を明らかにしました。
4. 粉体の運動は構成要素やフォースチェーンを粗視化した流体近似が可能であることを示しました。

3.  研究の背景
 乾いた砂を上から降り注ぐと、水とは異なり、はじめのうちは砂山が形成され、ある角度になると砂が斜面を滑って落ちていきます。このように、砂の集合体である粉体は、固体のような弾性と液体のような流動性のどちらも持っています。砂の流動性は生産過程や輸送過程に始まり、土砂災害や黄砂の拡散、火山灰などの降灰、雪崩現象など、産業や防災に関わり、社会全般にとって重要な課題です。粉体系のマクロな集団運動は通常の流体とは大きく異なり、粉体系の流動特性の特徴として一部の領域が流動化し、残りの領域は固体的な状態を保つという共存状態が形成されることが知られています。課題解決のためには、流動層の形成と流動層の運動がどのように関係しているのか明らかにする必要がありました。これまで、粉体の運動は流体と異なるため、粉体特有な系として粉体のミクロなモデル研究が盛んに行われてきました。そのため、緩和などの局所的な動的性質の理解は進み、流動層の形成についての知見は得られつつある状況です。一方で、マクロな集団運動についてはまだ研究事例も少なく、あまり理解が進んでおらず、どのように記述するのか、全くわかっていませんでした。

4.  研究の詳細
 粉体に力を加えた時、鎖状に力が伝搬します(フォースチェーン)。この力が系全体に広がると自重を支えることが可能です。本研究グループは、砂の入った容器をひっくり返すと、このフォースチェーンが下からちぎれて流動化すると考え、高分子が系全体に広がっているゲルが類似していることに着目しました。ゼラチンのような物理ゲルは、温めると高分子ネットワークが解けて液体的になります(ゾルゲル転移)。そのため、物理ゲルを下から温めると、下からネットワークが解け、流動化すると仮定しました。これは粉体系と同様の仕組みになっているため、同じような集団運動が期待できると考え、実験を行いました。
 図1は、ゼラチンと粉体の重力下での振る舞いの様子を調べる実験系を示しています。ゼラチンの実験では、ゼラチンを固めたゲルを上下2層に並べます。上のゲルの濃度を高くした状態で下から温めると、まず、下のゲルが液体になり、次に上の層のゲルが下から液体になっていきます。上の層の方が重いため、溶けた部分から徐々に落下します。粉体系の実験では、容器に砂を詰めておき、それをひっくり返して測定を行います。周囲を空気や水、詰める角度など条件を変えて測定しました。

 
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202204190126-O1-8PpQ4ZEu
図1 ゼラチンと粉体の重力下での振る舞いの様子を調べる実験系(a) 2層になったゼラチンを下から温める。上の層の方が重い。(b) 砂の詰まった容器をひっくり返して、粉体を落下させる。

 図2は、粉体とゼラチンの重力下での振る舞いの様子を示した観察画像です。(a) は砂が詰まった容器をひっくり返した時の様子です。粉体の落下運動の特徴であるfingerとよばれる指状に落下しています。これにより、落下途中において、fingerの間で新しいfingerが生成されるという特徴がわかりました。後者の新しいfingerの生成は、通常の流体の落下では見られた挙動です。(b)はゼラチンを下から温めた様子を示しています。粉体系と同様に細いfingerが形成され、落下中に新しいfingerが生成されることがわかりました。このことから、粉体系とゲル系の落下挙動が類似していることがわかりました。

 
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202204190126-O2-djw871jV
図2 粉体とゼラチンの重力下での振る舞いの様子 (a) 砂が詰まった容器をひっくり返した時の様子。(b) ゼラチンを下から温めた時の様子。右の画像に行くほど時間経過している。落下挙動が類似している。

 さらに、finger間の距離に相当する特徴的な波長、fingerの成長速度を定量的に測定しました(図3)。粉体系もゲル系も流動層の厚みLに比例していることがわかりました。通常の流体系におけるレイリーテイラー不安定性(注3)の波長は層の厚みに比例することが知られており、この関係は粉体系でも成り立つことがわかりました。これにより流動層の厚みが時間変化する流体系と考えることができることがわかりました。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202204190126-O4-Yq6iW2Au
図 3 (a) 粉体系とゼラチン系の特徴的な波長と流動層の厚みの関係。(b) 特徴的な速度と流動層の厚みの関係。両方の系で様々な条件の結果が流動層の厚みで記述できる。

5.  研究の意義と波及効果
 今回の研究では、流体現象の類似性から砂の落下運動を明らかにし、粉体系の集団運動と物理ゲルの運動の間に定量的な類似性があることを示しました。流動化した物理ゲルは流体近似が可能なため、粉体の運動は構成要素やフォースチェーンを粗視化した流体近似が可能であることを示したことになります。流体系は古くから実験やシミュレーションが盛んに行われており、その知見と粉体の流体近似が組み合わせること(図4)で、他の集団運動の解明につながることが期待されます。社会全般に影響する粉体の集団運動が理解されることで、社会全般へのフィードバックが期待できます。

 
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202204190126-O3-G4n1YOUj

図 4 粉体とゲルとのアナロジーによる粉体系の理解への発展

【用語解説】
(注1) フォースチェーン(Force chain):粉体内部は鎖状に力が伝搬している。
(注2) 高分子ネットワーク:ゲルの内部では、高分子が結合し、高分子がネットワーク状の構造を形成している。
(注3) レイリーテイラー不安定性:軽い流体の上に重い流体があるとき、界面が不安定化し、波打つこと。

【発表論文】
“Key connection between gravitational instability in physical gels and granular media”
Kazuya U. Kobayashi and Rei KuritaScientific Reports (2022)
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-022-10045-x

情報提供元: PRワイヤー
記事名:「 砂はどのように落下しているのか?を解明!